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第39話 不満と不安

銀太のお腹に顔を埋める。

銀太の嫌な表情が目に浮かんだ。

ごめん…

もう少し、このままでいさせて。


「でもさぁ、掛金払ってたんだろ?」


「そうらしいぞ」


「たった一か月足りないだけで払わねえって……」


商会の裏で耳にした会話が耳の奥で聞こえた。

納得できない気持ちも分かる。

分かるから凹む…


「聞いたか?払わなかったらしいぞ」


「え、掛金払ってたのに?」


「条件がどうとか言われたらしい」


「後からそんなこと言われてもなぁ」


ちゃんと説明した。

やっぱり、後回しにせずに、はやく支援制度の内容を書いたものを置いておけば良かった。

ハンスさんやアンナさんは気にするなと言ってくれたけど、それは無理だ。

ベッドに寝転んで腕で顔を隠した。

誰も悪くはない。

沈んだ気持ちのまま、目を閉じた。

あれから制度への疑念は聞くことはなかった。

落ち着いてくれたのかと、安堵した。

商会の届け物をした帰り、パンを買いに立ち寄った店先で、声が聞こえた。


「あの共済ってやつ、危ねえらしいぞ」


「条件つけて払わねえんだと」


「最初だけ甘いこと言って、金集めるつもりじゃねえの?」


「俺は悪い制度だとは思わねえよ。でも……自分の家族だったらって考えるとなぁ」


隠れるように店の影に入った。


「俺も入ってるけどよ……もし、あと数日足りなかったらって考えると怖ぇな」


完璧じゃないのは分かっていた。

あの世界では、保険なんて当たり前に存在していた。

だから、できると思った。

けど、違った。

制度だけ持ってきても駄目なんだ。

信用も、理解も、積み重ねもない場所で、形だけ真似しても。

あの世界のように収支相当の原則や大数の法則を使用して、算出できていればと思う。

だけど、この世界にそれらはない。

思いつきだけで始めたこの制度―

間違ってたんだろうか…




「悪いが、俺は抜ける」


加入名簿を前に、職人の男が言った。


「……理由を聞いても?」


「理由も何も、怖ぇんだよ」


男は視線を逸らした。


「あと少し足りねぇだけで、金が出ねぇんだろ?もし、俺が死んだ時、女房やガキが同じ目に遭ったらと思うとな……」


責めるような口調じゃなかった。

むしろ、怯えているように見えた。

私は引き止める言葉が出なかった。

加入名簿から、名前が一つ、また一つと消えていった。

半数いた加入者は、いま三分の一にまで減った。

これ以上、加入者が減っていったら制度の維持は厳しくなる。

このままでは、制度そのものが立ち行かなくなる。

あの時、いくらかでも支払っていたら良かったのか…

いや、間違ってはいない。

……それなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。


「元気だしな」


アンナさんが声をかけてくれた。


「リザちゃんは、間違っちゃぁいないよ」


「……」


「そんな暗い顔してたら、運が逃げてくよ。言いたい奴にはいわせときな」


「でも」


「残っている加入者は、この制度が必要だってわかってるんだ。あたしだってそうだよ。だから顔をお上げ」


「は…い…」


泣きそうになった。

家に帰ると、銀太がいつものように足元に擦り寄ってきた。

私はしゃがみ込み、その丸い身体を抱きしめた。

銀太の”うにゃん”と鳴いた声が、


「まだ、大丈夫」


そう言っている気がした。

そうだ。

――まだ、終わらせるわけにはいかない。



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