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第37話 小口共済スタート

朝陽が、眠っていない目に刺さった。

銀太を抱いて、頭を撫でる。

勝負しないといけないときの験担ぎ。

銀太が鼻チューをしてくれた。


「よし、行って来る」


私は草案を手に家を出た。



昼休み。

ブラウンさんへの募金集計額とご家族へ手渡した旨の報告会を開いた。

参加は自由。

商会に勤めている人の半分弱くらいが参加した。

ハンスさんが家族の状況と募金を無事に渡したことを説明。

募金額が一クローネ七十一リンギルになっていたことを告げると驚きの声が上がった。

みんなそんなに集まるとは思っていなかったのが分かった。

報告が終わり、席を立ち始める人たちに


「すみません。もう少し聞いて欲しいことがあります。三分だけお時間をください」


以前観ていた刑事ドラマの台詞を思い出した。

時間を区切ることで、聞いてみるかと思わせる。

上手い言い方だなと感心して観ていた。

何を言い出すんだと怪訝な表情を浮かべて座り直す人たちを前に語りかけるように話し出した。


「今回は皆さんのご厚意により、ブラウンさんのご遺族は助かりました。けれども、これはたまたま支援できた幸運な事例です。支援を受けれない人たちの方が多いです」


頷くひと、眉を顰める人と様々だ。


「その分まで、俺たちが面倒見ろってのか?」


誰かが言った。


「無理だ。知らねえ奴になんか俺はしないぞ」


「いいえ。違います。支援しろと言っているんじゃないです」


「じゃあ、何をいいたいんだ?」


「万が一のことがあった時の仕組みを作りたいんです」


「はあっ?なんだいそりゃ?」


「聞いたことがねぇぞ」


「新しい仕組みです。いまから説明しますので、聞いてください」


「聞いたところ何になるんだ?暇じゃないんだ。俺は行くぞ」


一人の職人さんの言葉に、そうだよなと言い何人かが席を立とうとした。


「まあ、待てよ。もう少し聞いてからでもいいんじゃないか」


ハンスさんが引き留めてくれた。


「ありがとうございます。この仕組みは、毎月決まった金額、二リンギルを積み立てていき、万が一のときは積み立てた中から制度で決まった支援金を遺族に支払うといものです。これにより、今回のような明日の生活にも困る人たちを支えることができます」


「一リンギルっていうが、一年で二十四リンギルだ。それっぽちで何が支援だよ」


「一人ではそうですが、十人集まれば二クローネ四十リンギルになります」


「さっきもいったけどよ、なんで他の奴の家族を支援しなきゃならないんだよ」


「集めた金がちゃんと渡るって保証もないよな」


「もらえなきゃ出し損じゃねえか」


「支払わねえ奴にも支援はいくのか?なら俺は支払わねえ」


反発の声。

目に見えない商品を売るんだ。

反発は当たり前だ。

むしろ、それが普通の反応だ。

最後のは愚問だな。

払わない奴に支払うわけはない。

私は声を上げている人たちを見回した。


「そういわれるのも当然です」


前の職場で教わったことがある。否定しないで受け入れつつ、保険は安心を買う商品であることを説明して納得してもらえば加入の促進につながると。


「一人で支えるのは限界があります。重い荷物も、分けて持てば軽くなる。それと同じで、お金を出し合って、備え、支える。これがこの仕組みの基本です。いつ、万が一の事があるかわかりません。その”万が一があったときのために安心を買う”と思ってください。また、当たり前ですが、お金を出さないひとは対象外です」


「使わなかったらどうするんだよ。出し損だよな」


痛いところついてきたな。

でも大丈夫。

ちゃんと考えてきた。


「五年に一度、積立に応じて、一部をお返しします。加入された方は名簿に名前を記載しておきます。これで管理しますので、加入されてない方に支払うことはありません」


「でもなぁ……」


「どうもいまいち、信用ならねえというか…」


「戻ってきたとしても少しだろう?損だよな」


「そうだよなぁ…」


この場の空気の流れが嫌な感じになっていく。

これだけ説得しても無理なのか?

届かないのか?

説明不足?

もっと納得できる説明はない?

歯がゆさに奥歯を噛んだ。

その時だった。


「あたしはいいと思うよ」


アンナさんが声を上げてくれた。


「考えてご覧よ。リザちゃんが言っていただろ、安心を買うんだって」


「そうだな。それに少しは戻ってくるんだろう?女房に内緒で小遣いができるってわけだ」


「ありゃ、よく考えればそうだね」


ハンスさんに同意するアンナさん。

部屋を覆っていた空気が軽くなった。

応援してくれているんだ。

ありがとうございます。


「直ぐに意思をしめさなくてもいいんだろ?」


「は、はい」


「なら、今日はここまでだな」


ハンスさんが終わりを告げた。

席を立つと同時にハンスさんが


「俺は入るから、名前書いといてくれよ」


と言ってくれた。

それを境にアンナさんや何人かの人が口々に


「あたしも頼むよ」


「二人が入るんじゃなぁ…俺も入っておくか」


「じゃあ、俺も」


「俺もな」


人が引いたあと、ポールさんが苦笑交じりにこちらへ来た。


「ずいぶん大きなことを始めたね、リザちゃん」


「す、すみません。勝手なことを……」


「いや」


ポールさんは加入者名簿を見下ろした。


「商売っていうのはね、最初に笑われるくらいが丁度いいんだ」


そう言って、机の上に二リンギルを置いた。


「私も入れておいてくれるかい?」


その日、商会の四分の一近い名前が加入者名簿に記された。

小さな一歩だった。

けれど――確かに、動き出した。


共済内容

掛金 本人月二リンギル 

   家族の場合月一リンギル

加入者範囲 商会の使用人または家族

受取人 加入者の配偶者または子ども

支払金 本人二クローネ三十リンギル

    家族一クローネ

    加入者が怪我や病気で二十日以上仕事ができないとき四十リンギル

    (配偶者および子供は対象外)

支払条件 加入後三か月を経過していること

     毎月掛金の支払いがされていること

     故意に起こした事故、重大な過失については支払わない

還付金  五年に一度、加入年数に応じて一時金を支払う

加入条件 病気にかかっていないこと

     怪我をしていないこと

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