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第36話 仕組みという答え

部屋に戻り、食卓の椅子に崩れ落ちるように座った。

稼ぎ手がいなくなり困っているのはブラウンさん一家だけじゃない。

募金をお願いしているときに誰かが言っていた。

同じような家庭がいくつもあるんだと。

もう、考えるのも疲れたな…


「ぶにゃん、ぶにゃん」


銀太がご飯茶碗の前に座って鳴いている。

分かっている。

ご飯だよね。

でもちょっと待って…

動きたくないんだ…

そんな私に銀太が不機嫌な表情でジッと圧をかけてくる。

太い前足で床をタシタシと叩く。

はい、分かりました。

用意させていただきます、下僕ですから。

重い体をのろのろと動かして、銀太のご飯を用意する。

ご飯を出すと、銀太はガツガツと食べだした。

ぽっちゃりボデイ。

丸くて、重そうで、西瓜みたいで、どうしようもなく可愛い。


「銀太~疲れちゃったよ~」


テーブルに突っ伏して、小久保恵子の時と同じように弱音を吐く。

精神的、肉体的に疲れたとき、私は猫を相手に愚痴や弱音を吐いていた。

銀太は銀次と同じように”我関せず”と言った態でご飯を食べていた。

”猫相手に何を”という人がいるが、ただ聞いて欲しいだけだ。

答えなんて、求めてない。

訳知り顔で横からぐちゃぐちゃ言われたくないだけだ。

食べ終わった銀太が満足げに顔を洗っているのボーっと見ていた。

銀太がテーブルに飛び乗り、前足で私の頭を叩く。

元気出せといっている?

うん。元気出すよ。


”その日の苦労はその日一日で十分である”


という言葉が浮かんだ。

そうだな、明日考えようか……




雇用主は基本、従業員に対しては賃金を払い、老後や万が一の時のことにまで責任は負わない。

これがこの社会の常識。

それを覆すとなるとすぐには不可能だ。

いい案が浮かばないまま日々が過ぎていった。


「あっ、お姉ちゃん、見っけ」


不意に聞き覚えのある声して、振り返った。


「どうしたの?」


「へへっ、リリと母ちゃんに頼まれたおつかいなんだ」


籠を持ったトミーが威張っていう。

元気そうで良かった。

リリも元気かなと視線を向けて、リリの姿に固まった。

な、なんですと!

リリはベスト型のハーネスを付けていた。


「ト、トミー、リリが付けているのって…」


「いいだろう。母ちゃんが作ってくれたんだ」


「エリーゼさんが?」


「うん、母ちゃん縫物が得意なんだって。体が良くなったら縫物の仕事をするんだって言ってた」


良かった。

ちゃんと、前を向いてくれたんだ。


「そっか。良かったね」


「うん、あっ、お姉ちゃんのとこにもリリみたいな猫いる?」


「いるよ。なんで知っているの?」


「父ちゃんが言ってた。リリとおんなじ丸々した猫だって。猫がいたら、母ちゃんがこれを渡せって」


トミーが籠から紙袋を取り出してた。

受け取って中を見る。

中にはベスト型のハーネスが入っていた。


「これ、貰っていいの?」


声が弾んだ。


「何か知らねえけど、お礼?って言ってた」


めちゃくちゃ嬉しい。

明日への活力剤を貰った気分だ。


「お母さんにありがとう。すごく嬉しいって伝えて」


「わかった」


トミーとリリに手を振って別れた。

頑張る。

諦めが悪いのが小久保恵子だ。

もう一度、初めから考え直してみる。

私は家路への足を速めた。




テーブルの側にある椅子に腕組みをして座って、目を瞑った。

思い出せ。

何のための保険会社勤めだ。

無駄に試験は受けてないだろ、小久保恵子。

社会保障だけか?

なにかあるだろう…

雇用主は当てにできない。

なら個人で用意するしかない。

けど、大金は一度に用意はできない。

どうする?

頭の中で捩じり鉢巻きをした小久保恵子が片っ端から本を捲っていた。

積みあがる本。

たまに、役に立たないと床に本を叩きつけている。

よれよれになった小久保恵子が、どや顔で本の一ページを突き付けてきた。

相互扶助―

それだ!

なぜ思いつかなかったんだろう。

ひとりで支えられないのなら、みんなで支えればいい。

一度きりの善意ではなく、繰り返し、継続できる仕組み。

すごい勢いで頭の中で点と点が繋がっていく。

仕組みは?

負担にならない少額ずつを出し合う。

万が一のときにはそこから支援金をだす。

個人の負担を全員で分担して助け合う。

ーそうか。

保険だ。

保険ならできる。

私は紙に思いつくままに書き始めた。

毎月少額の掛金。

対象者は商会で働く人とその家族。

支払い条件。

加入時の条件。

支払われないケースの整理と事例。

不正の防止と確認方法。

支払査定は誰が?

管理は?

窓口は?

まて、まて。

一気にやるには基盤がない。

先ずは小さく。

小さく始めて、試すんだ。

最初は完璧じゃなくてもいい。

この仕組みがちゃんと回るか、それを確認すればいい。

カリカリという音と銀太のフガフガという寝息を耳にしながら、ペンを走らせる。

―いける。

これなら、いける。

私は一秒でも惜しいと猛然としてペンを走らせ続けていた。

気づけば、窓の外は白み始めていた。

最後の文字を書き終え、ペンを置いた。


「できた…」


息を吐く。

身体から力が抜けた。

震える指で紙を押さえる。

書いた文字を指でなぞった。

これは、単なる思い付きじゃないー

仕組みだ。

皆で誰かを支え、誰かは皆を支えるための仕組み。

これなら…これなら…


「変えられる」


震えながら小さく呟いた言葉。

誰にも届いていない。

まだ、何も動いていない。

けど―

これからだ。

これから、何かが確かに動き出す予感がした。


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