第35話 一度きりの救い
席に戻り、机に頭を付ける。
玉砕した。
見もせずにあしらわれたり、頭ごなしに否定されたなら、こんちくしょう!と反発して、こんなにも落ち込まない。
理路整然と説明されたらぐうの音もでない。
己の未熟さを気づかされ凹む。
「どうした、リザちゃん」
余りにも落ち込んだ姿にハンスさんが声をかけてきた。
「ちょっと自分に…」
「ははぁん。店主にやられたな」
顔を上げた。
「あのひとはな、一見、好々爺然としてるが、根っからの商売人なんだよ。生半可なことじゃ首を縦にふらないんだよ」
「はい。実感中です」
ハンスさんが子供にするようにポンポンと軽く私の頭を叩いた。
「で、何をダメ出しされたんだ?」
「ブラウンさんのご遺族への支援金です。酷く困窮していて…」
「まだ小さい子どももいたんだよな」
しんみりとした声音だった。
頷いた。
無いよりはマシな程度のお金。
無力だ。
せめてもう少しあれば···
御香典というしきたりはないし、いや、御香典貰ったら、御香典返ししなきゃならないから意味はないな。
はあっ···
クラウドファンディングなんて、この世界にはないし······!
ガバっと立ち上がる。
「おおっ!?」
急に立ち上がったため、ハンスさんが仰け反った。
「危ねぇな、頭突きは勘弁してくれ」
すみません。
私も頭突きして、ハンスさんを気絶させたくはないです。
「あ、あの···」
私は思いつきをハンスさんに話した。
商会で働く人にブラウンさん家族の窮状を伝えて、支援金を集められないかと。
「支援金ねぇ···」
ハンスさんが渋る。
「したくともできない奴には負担になるぞ」
確かに集めて回るとしたら、そういう人には負担になるし、周りから何かいわれるかもしれない。
「箱を置いて、入れて貰うようにすればどうでしょうか」
「まぁ、それなら···」
「やらせて下さい。お願いします」
頭を下げた。
ハンスさんははぁーっと息をつくと、仕方ねぇなと呟いた。
やった。
長年勤めているハンスさんがポールさんに許可を貰ってくれた。
許可と一緒に条件を付けられた。
設置はこれ一回。設置期限は明日の昼まで。
集まったお金は二人以上で集計し、責任を持って持っていくこと。
集まったお金を記載した書面を作成し、受領書を見せること。
シビアだなと思う反面、店主としての責任を垣間見た。
いつまでも募金箱を設置していると防犯面で悪いこと。募金は善意であり、強要するものではない。何回も行うのは募金する側の負担になるから一回のみ。集まったお金を掠め取らないように二人以上での確認。きちんと届けたことを確認するための受領書。
モラルリスクを考えれば最もだった。
早速、箱を作り商会のあまり目立たないようにして出入口付近に置く。
目立たせたかったが、商会の顔である出入口では体裁が悪いうえにポールさんの許可を得ることが難しいだろうと言われたので仕方ない。
置かせて貰えるだけ良しとするか。
私はお昼休みを利用して、商会で働く人に支援をお願いした。
快く応じてくれる人やそそくさといなくなる人、聞くだけの人と様々だった。
最初に入れてくれたのはアンナさんだった。
「少しで悪いけどね」
そう言いながら、銅貨を二枚、箱に落とした。
小さな音がした。
アンナさんからあとで聞いた話だが、ポールさんがこっそりと募金箱にお金を入れていたと。
少しだけ、胸の奥が温かくなった。
理想と現実は違う。
けれど、現実の中にも、手を伸ばしてくれる人はいる。
こういう人が上司だったら、あの世界で社畜として仕事をこなしてもやり甲斐はあったかもな。
「これは···」
エリーゼさんに持参したお給料とお見舞い金が入った袋を渡す。
驚いた表情のエリーゼさん。
「商会の皆からの気持ちだ。大変だろうが、頑張れよ」
同行したハンスさんが、エリーゼさんを励ますように声をかける。
「······」
エリーゼさんは袋を握りしめて嗚咽を漏らした。
その手は、骨ばって細かった。
袋を抱えるようにして、何度も何度も頭を下げる。
私の涙腺も緩みそうになる。
「なぁなぁ、お姉ちゃん、母ちゃんなんで泣いてるんだ?あのオジサンがイジメたのか?」
トミーがスカートの裾を引っ張って聞いてきた。
「お、オジサン···」
精神にカウンターを受けたハンスが固まった。
小さい子からしたら三十過ぎは立派なおじさんだ。
エリーゼさんが涙を拭うと慌ててトミーにいう。
「違うのよ。お母さん、嬉しかったの」
「変〜」
「そうだね」
と私も同意した。
リリが頭を擦り付けてきた。
"ありがとう"と言っているみたいで、感動しかけたが、トミーの
「リリが、オヤツはないのかって言ってる」
す、すみません。
気が付きませんでした。
申しわけございませんと心の中で謝った。
長居は身体に障るだろうからと、ハンスさんとブラウンさんの家を辞した。
夕暮れの街。
街灯に灯が灯っている。
「良かったな」
「はい」
「···これで持ち直してくれるといいがな」
ポツリと言ったハンスの言葉に私は俯いた。
支援できるのはこれ一回きり。
何カ月も暮らしていける額じゃない。
善意は、ありがたい。
けれど、善意だけでは続かない。
けど、私個人でできるのはこれが限界。
なら、どうする?
暮れる街並みを俯いて歩いた。




