第33話 ブラウン家の現実
ブラウンさんの死から七日目。
弔問に訪れるには、ちょうどいい頃合いだった。
あの子とリリが気になった。
手ぶらで訪問するわけにはいかないと、お菓子とリリのおやつを手土産にする。
商会から歩いて二十分弱。
職人さんたちが住む一角があった。
下町のような雰囲気。
石や木材で建てられた家が立ち並び、道では子供たちがはしゃいでいる。
一階が店になっている建物も点在していた。
石造りの建物の階段を昇る。
西側の設けられた窓からは西日が射しこみ、廊下に窓枠の影を落としていた。
二階の突き当りがブラウンさんの一家の部屋だった。
「ごめんください。ワイトニング商会のリザと言います。ブラウンさんはいらっしゃいますか?」
ドアをノックして、声をかけた。
弱弱しい声がして、ギギッという音と共にドアが開いた。
「あっ、お姉ちゃん」
「こんにちは」
「トミー、お客様に入って貰って」
部屋の奥から女性の声がした。
ブラウンさんの子はトミーっていうんだ。
「お姉ちゃん、どうぞ」
「お邪魔します」
ベッドから起き上がった女性の顔色は青白く、窶れていて、具合が悪い事がすぐに分かった。
「お見苦し姿で申し訳ありません」
「いえ、具合が悪いところをこちらこそお伺いしてすみません」
「せっかく来ていただいたのに、何も差し上げられず…」
「母ちゃん、おやつは?俺、お腹空いた」
「…ごめんね…」
「トミー、お土産にお菓子を持ってきたの。食べる?」
「いいのか?」
「いいですよね、お母さん」
申し訳なさそうにトミーの母親が頷いた。
お菓子をテーブルに置き、トミーに食べさせた。
リリはどこに……
部屋の隅で蹲っているリリを見つける。
毛が逆立ち割れている。毛艶も悪い。
丸々と太っているんじゃなかった?
「ねえ、リリにもおやつあげていいかな?」
「うん、いいよ。リリもおやつ久しぶりだよな」
ーその言い方は。
胸の奥がひやりとした。
急いでリリの器に持ってきたおやつを入れ、リリの前に持っていく。
リリがガツガツと貪るように食べ始めた。
失礼だと分かってはいるが、そっと台所に目を向けた。
ジャガイモが二つ。
人参が一本。
萎びた葉物野菜。
それだけだった。
これって……
トミーの前で話すことじゃない。
「ねえ、トミー。お願いがあるの」
「なに?」
「おつかい、頼めるかな?」
「いいよ」
トミーにお金を渡し、パンと卵、ミルクのお使いを頼んだ。
トミーの足音が遠ざかるのを待って、私はエリーゼさんの側へ寄った。
「初めまして。リザといいます。生前ブラウンさんとは猫を通じて親しくさせていただいていました」
ブラウンさんの奥さんはエリーゼさんといった。
「そうですか…あの人はリリ相手にお酒を一杯飲むのが、毎日の日課で……」
エリーゼさんの目から涙が零れた。
いい旦那さんだったんだろうな。
エリーゼさんは涙を拭うと、
「もうお気づきでしょう。あの人がいなくなったいま、明日食べていくことも、この部屋の家賃を払うこともできないのを…」
ブラウンさんの収入で生活していたことが分かった。
そのブラウンさんがいなくなり、これからの生活の目途が立たないと。
「トミーは教会の施設に預けます。私は……この身体でも、何とかすればお金にはなります……リリはこのままおいていくことになるでしょう」
これが働き手を失った家の現実。
生活するお金がないということ。
「体さえ元に戻れば…トミーと貧しくても暮らしていけるのに…」
諦め、疲れ果てたた表情。
気づけば、私は財布の中身をすべて取り出していた。
「これ、当座の生活資金です」
エリーゼさんが首を横に振る。
「受け取れません。いただいても返せませんから」
「エリーゼさんへのお金じゃありません。トミーとリリちゃんにです」
「それは屁理屈です」
「屁理屈でもなんでもいいです。お金は……何とかします」
「何とかって…リザさん、無理です。あなたに迷惑がかかります。どうぞ、私たち親子のことはお気になさらないで」
エリーゼさんの申し出を無視して、私は部屋を出た。
エリーゼさんだけじゃない。
私が知らないだけで似たのような状況に追い込まれた家庭は一件だけじゃないはずだ。
これが元の世界だったら…
少なくとも制度があった。
そう、制度が。
小久保恵子、考えろ。
無駄に資格を持っているわけじゃないだろ。
大がかりなものでなくてもいい。
何かあるはずだ。
私は頭をフル回転させた。
――考えろ。
このまま終わらせるな。
私は奥歯を噛み締めた。




