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第31話 面白い女

レオナードの思惑



自室の椅子に深く腰掛けた。


(逃げたのではない。あれは――選んだのだ)


静かに息を吐いた。

思い通りにならない。

だが、不快ではない。

むしろ――


「面白い」


罠を仕掛けた日々を思い出す。

cat trap...罠を仕掛ける。

見え見えの店名。

よくもまあ、付けたものだと自分でも思う。

店には女官長を退任した者を配置した。

直ぐには掛からないだろうと思っていたが、やはり掛からなかった。

じりじりと罠にかかるのを待つ日々。

不思議な提案をしてきた娘がいると一報がある。

詳細な報告をさせた。

リザベッタを知っている者ならまず、見逃すだろう似ても似つかない容姿。

だが、才能は隠せなかった。

すぐさま、物事を見る視点、保管管理や確認方法、発想の着目点などが普通の平民にしては深すぎないかに注視し、もしそうなら居場所を突き止めるように指示をした。

結果は―

リザベッタが無類の猫好きだったことがこんなところで役立つとは…

思わず笑ってしまった。

素直に捕まるはずもなく、見事な逃走劇。

軍略を考えさてもいいかもしれんな。

不利な状況でも一歩も引かず、対等に話してくる胆力。

交渉時の鋭く見据える瞳。

お飾りでは嫌だと、自分の人生は自分で決めると言い切った。

感じたことのないゾクゾクとするような高揚感。

退屈しない予想外の存在。

議論してみたくなる存在。

面白いー

そのためには……


卓上の書類を読んだ宰相の眉根に皺が寄った。

気難しい顔が一層気難しくなる。

そうだろうな。

リザベッタがマリエッタに持たせた書付。

この国の誰が思いつくだろう。

一つ間違えば、国庫の破綻を招く改革案。

だが、うまく回せば、国民生活が一気に向上する。

諸刃の剣ともいえる。


「殿下、あの令嬢は良薬にも劇薬にもなることはお分かりですか」


「無論だ」


「宰相の立場から申し上げますと、賛成は致しかねます」


「以前は賛成したと記憶するが?」


「あの時は、でございます」


組んだ両手に顎を乗せ、宰相を見据えた。


「お前の杞憂は理解する。だが、手放すのは惜しい人材だ」


「確かに手放すのは惜しいかと…しかし、この条件は飲めません」


宰相の手にはあの日リザベッタが出した二つ目の条件が書かれている。

王太子妃、王妃に求められるのは王への従順と対諸国への親善使者としての役目。

確かにお飾りだが、それも重要な役目だ。


「殿下、再度、申し上げます。あの令嬢は危険です」


「分かっている」


「制御できません」


「違うな」


笑いが漏れそうになる。


「扱い方を誤らなければ、問題はない。切り札もある」


「切り札とは?」


あの女は猫のためなら動く。

込み上げてくる笑いを抑えることはできず、声が漏れた。

訝し気に宰相がこちらを伺う。


「私の部屋にいる」


「はぁ?」


「白紙には戻さない。再検討していると見せかける」


「条件はどうなさいます?」


「検討する」


宰相の眉間の皺が一層深くる。


「検討するが、主導権は渡さぬ。よいな」


「御心のままに……」





「お、お前は……どれだけ私に……」


言葉にならず、父は顔を覆った。

鬱陶しい。

連れ戻されてから毎日泣かれている。

そのうち、脱水症状で倒れるんじゃないか、父よ。

水分は摂ったほうがいいぞ。

部屋の隅に控えている使用人は私を怯えた目の見ている。

何をしでかすかわからない、次はどんな無茶をやらかすのかとびくびくしているのだ。


「…婚約も…このままでは…ううっ…どうするんだー、リザベッタっっ」


わーっと泣き出し、ソファに突っ伏した。


「どうもなりはしないわよ」


爽やかな顔しているが、あの王太子殿下の腹は真っ黒だ。

対峙してよく分かった。

油断はできない。


「エヴァンス公爵家の行く末は、どうなると」


「さあ?現状では分かりかねます」


「つ、冷たい…なんて冷たい娘なんだーっ…」


冷たくて結構。

婚約するよりはマシだ。

厳しい監視の目もある。

気づかれないように配置したのだろうが、まる分かりだ。

あれは、ただの使用人の目ではない。

王太子殿下の差向た手合いだ、きっと。

いまだおいおいと泣き続けている父にため息が出た。

いい加減泣き止まないと過呼吸症候群を起こすぞ。


「…白紙にはなりませんよ」


「ヒック、なぜ、言い切れる」


「馬車の中で話し合った結果、再検討ということで合意しましたから」


「再検討……再検討…」


うわーんとまた泣き出した。

もう、知らん。

私は匙を投げる。

窓辺を見た。

陽だまりで銀太が寝ている。

ささくれだった心が癒されていく。

いま、逃げ場はない。

だが、明日は?

人間なんて、何一つ未来のことは分からない。

今日は無理でも、明日はできるかもしれない。


「旦那様、王城よりお使者が参っております」


家令の声に泣いていたはずの父がもの凄い勢いで居住いを正した。


「直ぐに行く」


父の後ろ姿を見送りながら、グッと両手を握った。

暫くしたのち、真っ青を通り越し、真っ白な顔色をした父がよろよろと戻ってきた。

既にノックは諦めた。


「リ、リザベッタ…エヴァンス家は…エヴァンス家は…」


伝えたいことがあるとき要点を明確に。

父が握りしめている書状を乱暴に捥ぎ取った。

書状に記されている内容を一読した私はわなわなと震えだした。



今回の件につき、リザベッタ フォン エヴァンス嬢は王太子妃としての資質にいささかの疑問が生じた。故に、王太子殿下との婚約は一旦白紙に戻し、再検討とする。

ついては、再検討にあたり、下記の条件を満たすべし。


財を一切使わず、国民の生活を安定させること。

期限は半年。

その間は、一切の制約はない。

ただし、態と条件を満たされなかった判断した場合は、愛猫である銀太を没収する。また、このような提案をした王太子レオナードにも咎があるとし、レオナードの飼い猫アルを城外へ放逐とする。


銀太とアルちゃんは関係ないだろうが!

……上等じゃない。

王太子殿下は、リザベッタの中に隠れている小久保恵子を分かっていない。

無茶ぶりされ続けた中間管理職の根性を舐めるな。

闘争心に火が付いた。

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