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第30話 社畜、本気の交渉

背筋を伸ばし、凛としてこちらを見据えるリザベッタ。

”矜持は捨てない”といったところか。

引きずり出したのか――それとも、引きずり出されたのか。

さて、どうでる、リザベッタ…




王太子殿下が膝の上で両手を組んだ。


「君の出した条件だが……」


私はごくりと唾を飲んだ。


「銀太は認めよう。君に与えた猫だ」


銀太の入った籠を掴む指にギュっと力を入れた。

よし。

銀太確保。

王太子殿下から視線を外さない。


「だが、二つ目の条件は飲めない」


王太子殿下がきっぱりと言った。


「婚約は……そう簡単に白紙にはならない。それは分かっているはずだ」


やはり…

想定はしていた。

けど、本当の交渉はこれからだ。

銀太さえ戻ってくれば、私に怖いものはない。

じっくりと交渉しましょうか、王太子殿下。

使えない上司から何度も譲歩を引き出した経験は伊達ではない。

中間管理職、小久保恵子を嘗めるな。


「ええ、それは十分に」


「では、どうする。取り下げるか?」


「まさか」


私は笑みを浮かべた。


「撤回ではなく、”再検討する”でどうでしょうか」


王太子殿下がどういうことだと視線で問う。


「婚約発表を前に逃げ出したのです。このまま何の咎めもせずにいれば、王太子殿下も私も非難は免れない。違いますか?」


「そうだな」


「ですから、再検討という形をとります」


「…再検討ね…」


「ええ」


王太子殿下がリザベッタと私の名を呼んだ。

問いただすような声色。


「それだけではあるまい?」


王太子殿下の口元に浮かぶ不敵な笑み。

これは…

バレている。

鋭いな。

今までのような相手(じょうし)への対応では通用しない。

気を引き締めた。


「本音を言え」


逃げ道を塞ぐような声音だった。

沈黙が落ちた。

馬車の揺れと、車輪の音だけがやけに大きく聞こえる。

逃げることはできる。

誤魔化すこともできる。


けど――


それでは意味がない。

ここで言えなければ、もう二度とこの席には座れない。

私は、ゆっくりと息を吸った。


「本音…ですか…」


「交渉の場についたのだろう?」


本心を射抜くような視線と圧。

気を抜くと飲まれそうになる。


「ぶにゃぁ」


重苦しい空気の中、銀太が鳴いた。

緊張が緩む。

銀太~。

やっぱり、お前は最高の猫よ。

気を取り直す。

そうだ、交渉することを引き出したのだ。

まだ終わってない。

飲まれるな。

誤魔化したところで見抜かれる。

なら……


「私は窮屈な王太子妃になりたくはない。万が一、王太子妃になるとしても、私は囲われるつもりはありません。私の人生は私のものです。また、王太子妃としての義務、制限、権限、それらをすべて見直したい」


「最初からそれを言えばよかったものを」


「言って聞いてもらえましたか?」


「……なるほど、確かに一理ある」


王太子殿下が目を細めた。


「王太子妃としてではなく、一人の人間として条件を出しているのか」


さあ、どうでる、王太子殿下。


「すぐに答えは出さない」


一拍の間を置いて


「だが――無視はしない」


言質を取った瞬間だった。

気を緩めるな。

この王太子殿下は一筋縄ではいかない。

悔しいが優秀だ。


「結論が出るまで、私は逃げも隠れもしません。ただ、従うつもりもありませんが」


興味をそそられるといった表情を浮かべる王太子殿下は


「……面白い」


と言った。

その瞬間、空気が変わった。

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