第29話 猫質解放へ 捕まったのではなく、交渉の席に着く
手を取るのが当然と差し出された手。
寸の間、瞳を閉じる。
次に瞳を開けたとき、その手を取らずに立ち上がった。
意地だ。
顔を上げ、堂々と王太子殿下の顔を見た。
私は悪いことはしていない。
権利を行使したまでだ。
噴水の飛沫が、月の光を浴びてキラキラと反射していた。
王太子殿下がふと笑う。
失礼な。
伸ばされた手が銀太が入った籠を掴む。
「な。なにするのよ」
「大切なものを持っただけだが?」
「いい、銀太は私の猫よ」
「許可しない」
一蹴に伏された。
銀太を猫質に取られたと知る。
何てこと。
汚い…
これが一国を背負って立とうとする王太子殿下のすることか?
ギリギリと睨みつけた。
王太子殿下が踵を返すとすたすたと歩き始めた。
猫泥棒に礼儀や尊敬など不要。
「ぎ、銀太をかえしなさいよ」
「エヴァンス邸に着いたならな」
「帰るものですか」
「この猫は帰るといっている」
「はぁ?言ってないし!」
幻聴じゃない、それ。
言い争う二人の姿が月明かりに浮かぶ。
「銀太を返せ」
「銀太というのか?」
「そ、そうよ」
「由来は?」
「…前…知っている子ににてたのよ…」
銀次を思い出して声が低くなった。
「…良い名だ」
「そ、そう?」
「ああ」
「ありがとう。でも、銀太は返して!」
無視かい!
王太子殿下が乗ってきたのであろう馬車が目に入る。
乗ったら強制送還決定だ。
自然に足が止まった。
王太子殿下が振り返る。
手には銀太が入った籠。
侍従が馬車の扉を開けて待つ。
王太子殿下は馬車の座席に籠を置いた。
自分で乗れということだ。
選べ―と言っている。
ギリっと奥歯を噛んだ。
数分――睨み合った末。
馬車へと歩いていく。
王太子殿下の出した手を一瞥したが取らない。
胸を張り、乗り込む。
銀太の籠を膝に載せる。
二度と離すものか。
馬車が走り出す。
カラカラと車輪の回る音が聞こえた。
王太子殿下と二人きりの車内。
緊張感が張り詰めていた。
一つ、深呼吸をして、切り出した。
「確認してよろしいでしょうか」
王太子殿下から目を逸らさずに聞いた。
「私は罪人として、取り扱われますか?」
「どう思う?」
「さあ···私の命運など掌の上では?」
「そうだな」
王太子殿下が脚を組む。
薄く笑みを浮かべてはいるが、何を考えているか分からない。
王族特有の表情に苛つく。
落ち着け。
感情に飲まれるな。
小さく息を吐いた。
「もし、罪人でないなら……条件を出します」
馬車が大きく揺れた。
「···聞こう」
王太子殿下の顔の前で、指を二本立てた。
「一つめ、銀太の所有権および養育権は私にある。二つめ、 婚約については白紙に戻し、再交渉とする。以上です」
「捕まった立場で、よく言う」
「それは違います」
「捕まってないと言うのか、貴方は」
「ええ」
私は腹に力を入れた。
王太子殿下の鋭い視線を跳ね返すように顔を合わせた。
「捕まったんじゃありません。交渉に応じただけです」
「そうか···」
そう、私は交渉の椅子に座っただけだ。
諦めはしない。
諦めるつもりもない。
諦めは愚か者のすることだ。
―まだ終わってない。
チャンスがある限り、足掻いて、足掻いて、足掻きまくってやる。




