第28話 包囲網と悪あがき
―外で足音がした。
囲まれた!
どこから潜伏先が漏れた?
「犯人に告ぐ。君は完全に囲まれている。観念して、大人しく出てきなさい!」
頭の中で拡声器を持った刑事が浮かぶ。
「あなたの大切な猫は、そんなことを望んでいないはずだ」
刑事に次いで、母が銀次を抱きながら訴えている。
「恵子ちゃん、聞こえる?銀次も心配しているわ。出てきて頂戴」
――銀次?
二度と会えないはずの銀次がいる……
「姉貴、銀次が心配して七キロに痩せたぞ。銀次を安心させてやれよ」
母と弟の周りで、何を言っていいかわからずスマホをググっている父。
なぜ、全員いる。
脳内でドラマが勝手に再生される。
ぶん、と頭を振った。
違う!
冷静になれ。
銀次はいない。
いま、私と一緒にいるのは銀太だ。
囲まれたからといっても捕まったわけじゃない。
相手も突入のタイミングを計っているだろう。
けど、ぐずぐずしてはいられないことも確かだ。
どうするか……
いや、違う。
どう動く?
私は一度部屋から出て、四方を伺った。
正確な状況を把握するために家を中心とした兵士たちの配置を紙に記した。
裏口が手薄になっている。
入り口が最も警戒が強い。
左は隣家と接しているため、通路が狭い。大柄な兵士は入れないため、きっと出入り口で待ち構えているのだろう。
右は空き地。兵士たちの待機所と化していた。
野次馬が集まってきている。
マズいな……
普通は手薄な裏口から逃げるのがセオリーだ。
でも引っかかる。
これではまるで、”こちらから逃げれますよ”と言っているみたいに私の目には映った。
誘導されている。
裏口に×を付けた。
正面突破…捕獲確定だ。
左に行けば、挟み撃ち。
右を目指せば、虎穴に入る。
崖っぷちに追いこまれた。
進退維谷
捕まるしかないのか……
この自由を捨てて……
一矢を報いもせず、無抵抗に捕まる…?
嫌と言えず、
上司のミスを押し付けられ、言われるままに仕事をしていた日々。
終わらない仕事に残業を費やした日。
…元に戻るのか?
拒否だ!
考えろ、リザベッタ。
考えろ、小久保恵子。
図目をもう一度見る。
……
やるだけやる!
それで捕まるなら本望だ。
手早く仕掛けを作った。
銀太を籠に入れ、ありったけの資金を身につける。
緊張に胸が張り裂けそうだった。
過度の緊張は失敗を生む。
落着け…
大きく深呼吸をした。
戦闘開始!
ガッシャーン
窓ガラスが割れる音に集まった兵士たちが顔を上げた。
「逃がすな!踏み込め!!」
正面に待機していた兵士たちが建物になだれ込んだ。
少なくなった兵士たちと野次馬。
野次馬の頭上めがけて、へそくりのコインをばら撒いた。
「え…金だ。金が降ってきた!」
「ほ、本当だ!!」
野次馬たちが一気に騒ぎ出す。
「お、お前たち落着け!騒ぐな!」
残りの兵士たちが野次馬を制御しようと向かって行く。
生まれた隙に銀太を抱えた籠を持って闇の中に走り出した。
薄暗い街中を全力で疾走する。
息が苦しい。
だけど足を止めるわけにはいかない。
足を止めれば、そこで終わる。
一歩でも遠くに。
いまにも止まりそうな足を叱咤して走る。
月明かりの中広場の噴水が見えた。
ここまでくれば、少しは安全だ。
息を整えるために足を止め、ハアハアとせわしなく息をした。
肺が痛い。
玉のような汗が額を流れ落ちる。
周囲は噴水の水音だけ。
――さっきまでの喧騒が嘘みたいに静かだった。
人の気配はない。
石造りの噴水の石の上に銀太を入れた籠を置き、隣に座った。
柔らかな夜風がいている。
火照った身体に気持ちがいい。
ガラスを割ってごめんなさいと独り言ちる。
良くしてくれた老夫婦に後足で砂をかけるような真似をしたことが心に痛い。
落ち着いたらガラス代と何かを贈ろう。
へそくりが減ったのは痛いが、それでもまだ余裕はある。
国境付近にでも行くしかないのかなぁ…
そんなことをぼんやりと考えた。
足元に影が射す。
顔を顰めた。
夜風に乗って漂う香り。
ああ…
捕まるのか。
私の時間が終わった―
白い手袋をした手が差し伸べられた。




