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第27話 猫は罠に弱い

お給料日である。

しかも、仕事は半日の日。

朝からハンスさんもアンナさんもどこか浮き立っていた。

かく言う私もワクワクしていた。

こっそりと折り畳まれたチラシを開く。


”猫専門店開店。

猫のおもちゃや猫が喜ぶ商品があります。

お買い上げの方には開店記念品差し上げます。

          猫のお店:cat trap


ふふふ。

絶対に行かねば。

お給料日のご褒美には最高だ。

銀太に何を買って帰ろうかな…

名前も洒落ている。

魅力的な罠(cat trap)―まさにその通り!

何があるんだろう?

キャットタワー、面白い爪とぎ、キャットフード…

楽しみ過ぎて考えただけでも頬が緩む。

ヤバい。

落着け、私。

深呼吸だ、冷静になれ。

……うん?

ちょっと待て。

猫専門店開店···

出来すぎていないか?

店名のcat trap…

露骨すぎないか?

……まさか、ね。

罠じゃないといいきれるのか?

逃亡中の身。猜疑心が沸いても仕方ない。


「アンナさん、猫の専門店ができたの知ってます?」


「ああ、あそこね。猫専門店なんて面白い商売を考え付くもんだね」


「評判いいらしいぞ」


ハンスさんがいう。


「そうなんですか?」


「女の店主が猫好きで、始めたんだと。そういえば、リザちゃん、猫飼ってるんだっけ?」


「ええ」


「なら、行ってみなよ。喜ぶとおもうぞ」


ハンスさんの言い方からして、店に行ったみたいだな。

聞くところによれば、怪しいところはなさそうだ。

……考えすぎか?

私ひとりを探すために我が家や王城がわざわざお金を使って、猫専門店を出す理由はあるのか?

ないような気がする。

費用対効果が悪すぎる。

捕まえるなら、お店の周りに常時人が居なきゃならない。

そんなの嫌でも人目につく。

今日はお店の近くを偵察するだけに留めておいた方がいいな。

念には念を入れても損にはならない。

うん。

今日は遠くからみるだけにしよう。

店の外にも、通りにも、見張りらしき気配はない。

少なくとも、私の目には。




カラン、カラン。

来客を告げるドアベルが鳴る。

栗色の髪をしたちょっとふくよかな中年女性が顔を向けた。


「あら、いらっしゃい」


「こんにちは」


気づけば、足が向く場所になっていた。

猫友達もできました。

あはは······天国。

けど、ちゃんと要心もしていた。

注意一秒、怪我一生。

来店するときは、変装をしている。

引っ詰め髪に眼鏡、地味な服装。

リザベッタではなく、元の私、小久保恵子だ。

初めて訪れた時、膝から崩れ落ちるかと思うほど感激した。

キャットキューブ、麻を使った爪磨ぎ、端切れで作られた玩具、小魚を干したオヤツ、キャットニップ等々……

貢ぎ先となったのはいうまでもない。

しかも、ここにも猫がいた。

店主、ミレーヌさんの飼い猫で名前はジルちゃん。

茶白猫のジルちゃんはボス猫かというほどの貫禄。巨大な体つきはモフり甲斐がある。

ジルちゃんにご挨拶。

見た目によらない柔らかな毛並みにうっとりとさせられた。

ミレーヌさんが仕切られた店奥から出てきた。


「ちょうど良いところに来てくれたわ」


「何か?」


「リザちゃんから頼まれてたものができたの。これでいいの?」


ミレーヌさんが商品棚の立てかけていた木箱を取り出した。

漁で捕った魚を入れる"とろ箱"に似せて作られている。とろ箱との違いは長い方の一部が途中から少し低く作られているところだ。底は一枚板になっている。深さもちょうどいい。


「バッチリです」


「聞いていいかしら、これは何?」


「猫専用のトイレです」


この世界、猫のトイレがない。外でさせるか、室内で垂れ流し。家の中だと後始末が大変で、臭い問題も発生する。

だから作った。


「トイレ?」


「はい。ここに粘土を少し混ぜた砂を入れます。用が済んだらスコップで汚れた部分を取って捨て、砂が少なくなったら足す。猫も砂かけができるし、屋内での問題も解決できると思います。臭いに関しては消臭効果のある植物を周りに置けばいいかなと」


ミレーヌさんの目がキラリと光った。


「リザちゃん、これ、作成してうちで販売していいかしら?もちろん、アイデア料は払うわ」


ミレーヌさんは正しく商売人だった。

臨時収入。

顔がにやける。

ならばと、アイデアを追加した。


「トイレを囲む壁を作れば、砂の散らばりも防げますよ」


「そうね」


ミレーヌさんは何やら考え込むそぶりを見せた。

思考中に申し訳ないが、銀太が待っているのでトイレを持って帰りたい。


「ミレーヌさん、これのお代はいくらですか?」


私の声に引き戻されたミレーヌさんは


「お代はいいわ。商品アイデアを貰ったもの」


「いいんですか?」


「ええ。いま、持ちやすいように紐を掛けりわね。ちょっと待ってて」


「ありがとうございます」


タダ!

欲しかったから依頼しただけなのに、瓢箪から駒?棚から牡丹餅?

私はほくほくだ。

客足が途絶えた静かな店内。

ジルをじゃらしながらミレーヌさんを待つ。

…あれ、遅くない?

声かけたほうがいいか?

そう思っていた時、奥からミレーヌさんが出てきた。

紐を掛けられた猫トイレと紙袋を持っている。


「お待たせ。これ、気持ちだから受け取って」


「そんな…悪いです。トイレをタダにしてもらったんですから、受け取れません」


「いいの、いいの。遠慮しないで」


結構、強引に押し付けられた。

返すと角が立ちそうだな…


「ありがとうございます」


私は荷物を手にcat trapを出た。

午後の陽射しの中、いつもの道をいつものように歩いて帰る。

…うん?

違和感を感じた。

……何かがおかしい。

足を止め、振り返る。

街の喧噪。

平民の大人に子ども。

別に怪しいと思われる人影は無かった。

数歩歩いて、再度振り返る。

やはり、怪しい人物はいなかった。

気のせいか…… 

部屋に帰り、紙袋をテーブルに置くと、トイレを設置した。

さっそく銀太がクンクンと匂いを嗅ぎ、中に入る。

気にいたようで、ほっとした。

何をくれたんだろう?

紙袋を開けた。

中に入っていたのは……

金の鎖にルビーのペンダントトップのカラーとベルベットに金細工が付けられたカラー…

……見覚えがある。

一気に血の気が引いた。

カーテンを細く開けて外を確認する。

夕暮れに染まった建物の周囲を逃げ場を塞ぐように兵士たちが立っていた。




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