第25話 すれ違う影
銀太がすり寄っていたのは――
見覚えのある外套。
胸元の紋章。
見慣れた後ろ姿。
……嘘でしょ。
心臓が跳ねた。
顔を上げたその人物と、視線がかすめた。
――王太子殿下。
咄嗟に背を向ける。
何事もなかったかのように人混みに紛れた。
銀太を置いていくわけにも行かず、木の陰に隠れて様子を伺った。
銀太ーっ、よりにもよってどうして元凶に近づくかな。
「お前は……」
王太子殿下が銀太に気が付いた。
銀太を抱き上げる。
終わった―
木の幹にぎゅっと爪を立てた。
「……よく似ているな」
本猫ですから。
「殿下、その猫は?」
側近が声をかけた。
「迷い猫か、カラーをつけているな…」
銀太をじっと見る王太子殿下。
「お預かりしましょう」
「ああ…そうしてくれ」
側近が銀太を受け取った。
王太子殿下は銀太をひと撫ですると
「引き取りが無ければ、城へ連れて帰る」
ちょっと待ったーっ。
王城へ連れて帰る?
誘拐反対!
このままだと銀太が連れていかれてしまう。
奪還しなければ。
私の銀太だ。
けど、いま出ていけば一巻の終わりだ。
どうする……?
迷っているうちに側近が馬車の方へと銀太を連れて行った。
私は流していた前髪を戻し、額を覆った。
目元が隠れる。
いつものように後ろの髪を一つに縛る。
これだけでも印象は変わるはずだ。
服も平民が着る質素なドレス。
一見してリザベッタだとはわからないだろう。
念のため、姿勢もやや前かがみにする。
「あ、あの…猫を見かけませんでしたか?」
幾分低めの声音近くの護衛の兵士に尋ねた。
「猫?」
「はい…脱、いえ、家から飛び出して…」
「…いや、見なかったぞ」
確認もせず、投げやりな回答。
その態度にこめかみがピクリと動く。
まず、確認するのが基本だ。
それを…
人目がないところに呼び出して指導したい。
王太子殿下にも
「部下の指導不足です。指導カリキュラムはどうなっているの!」
と言いたい。
…我慢だ…
「でも、こっちの方に走って行ったんですが…」
「知らん、知らん。早くあっちへ行け」
面倒だという態度がありありで、追い払おうとする。
税金で暮らしているくせに、なんていう態度!
リザベッタ名でチクってやろうか。
「何を騒いでいる」
揉めているのに気づき、侍従らしき人物が問う。
「はっ、何でも…」
こいつ、有耶無耶にする気だ。
銀太がかかっているんだ、そうはさせない。
声を大きくし、
「猫をみませんでしたかとお聞きしていたんです」
兵士が苦々し気に私を見るが、知るか。
「猫か…」
「はい」
「その猫の特徴は?」
「銀色の毛並みで黒の縞模様。口元は白いです。体系はずんぐりむっくりで手足は太いです」
「少しそこで待て」
おお、話の分かる侍従じゃないか。
うん、この人は出世する。
この兵士はヒラ止まり決定だ。
侍従が何かを手に戻ってきた。
あの…銀太は?
「お前が探している猫が付けていたのはこれか?」
金の鎖にルビーのペンダントトップがついたものを見せられた。
兵士が目を見張った。
「違います」
「では、こちらか?」
ベルベットに金細工が付けられたものを見せられる。
…おい
私は危険を冒してここにいるんだ。
金の斧銀の斧をやっている暇はないんだ。
「違います。あの子のは生成りの組紐です」
「試すようなことをしてすまなかった。いま、連れてくるのでここで待っていなさい」
慎重な飼い主確認には賛成だが、方法がいまいちだと思う。
いつもあんな確認方法してるなら、ちょっと考えた方がいい。
保管管理が大変だ。
侍従が銀太を連れて来てくれた。
銀太ー
「寿命が縮まったじゃない……」
私は腕の中の銀太をしっかりと抱いた。
「もう逃がさないように」
「はい。ありがとうございました。…あの…」
「何か?」
「いつもあのように確認されているのですか?」
「いや」
違うんかい。
なら、いいか。
「どうかしたのか?」
「いえ、高価なものを無造作に出してこられたので、保管管理が大変そうだなと思っただけです。確認するなら、猫の特徴だけで済みますから」
「あれらは王太子殿下がさる令嬢の飼い猫へと用意されたもので、王太子殿下が飼い主の確認のために出されたものだ」
王太子殿下、やめなはれそんな無駄は。
「そうですか…本当にありがとうございました」
私は頭を下げ、その場を後にした。
侍従がレオナードに保護していた猫は無事飼い主の元に戻ったことを告げた。
飼い主の女性の後ろ姿を見送る。
その後ろ姿がほんの少しリザベッタに似ているような気がした。
(…いや、まさかな)
レオナードが馬車へ戻る。
侍従が女性が去っていった方向ををじっと見ていた。
(…保管管理が大変そうだなと思っただけです。確認するなら、猫の特徴だけで済みます……まるで…あの方のような考え方だ…)




