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第23話 悪役令嬢の新生活は不穏な噂つき

私はカーテンを開けた。

両腕を上に挙げて、体を伸ばした。

窓の外は今日もいい天気だ。

―自由な空だ。


「みゃぁ」


銀太が朝ごはんを催促して鳴く。


「はいはい。いまあげるよ~」


この世界にキャットフードはない。

魚と野菜を煮た手作りキャットフードを台座の付いたお皿に盛った。

座って待っている銀太の前に置く。

銀太はがつがつと食べだした。

小さな台所と居間。

四畳半程度のベッドルーム。

これがいまの私の部屋だ。

この狭さが落ち着く。

大家さんは年配のご夫婦。

面倒見がいいらしく、何も持ってなかった私にあれこれ世話を焼いてくれた。

孫のように世話を焼かれ、そのまま甘えている。

紅茶を入れ、買い置きのパンを齧る。

質素な食事だが、私はこれで満足だ。

公爵家の食事は朝から重すぎた。

生成りの組紐で長い髪を一つに括り、濃紺の質素なドレスに着替えた。


「さて、銀太。行ってくるからお留守番、よろしく」


銀太の頭を撫でて、私は慣れ親しんだ地味なお局ルックで仕事に向かった。



商会に着くと、雇用主に挨拶をして机に座った。

さて、帳簿をつけるか。

これまた大家さんの紹介でありついた事務仕事。大家さんには足を向けて寝れない。

長年勤めていた人が、急な病で亡くなり困っていたらしい。

帳簿つけはできるかと聞かれたので、見せてもらった。

……亡くなった後に適当に処理をしていたと伺える帳簿に眩暈がした。

帳簿…なぜこうなる?

いや、どうしてこうなった?

貸方と借方反対だろう!

ここ、計算間違い!

その日のうちに採用が決まった。

ありがたい。


「おはよう」


「おはようございます」


商会で働く人が続々と出勤してきた。

熊に似たハンスさんは仕入れ担当


「リザちゃん、いつも早いね」


それに返すのは肝っ玉母さんといった体のアンヌさん。


「あんたが遅いのよ」


「違いない」


職場に笑いが流れた。

好きだな、この雰囲気。

残業もないし最高です、はい。

ここではリザベッタではなくリザと名乗っている。

どこから足が付くか分からないので慎重には慎重を重ねた。


「ところで、聞いたかい?リザちゃん」


アンヌさんが声をかけてきた。


「何をですか?」


「王太子殿下の婚約発表が延期になったことだよ」


「えっ?延期?」


私が居なくなったんだから、中止の間違いでは?


「おお、それな。聞いた、聞いた」


「何でも、お相手のリザベッタ様がご病気になられたとかで、エヴァンス公爵様が延期を申し出たらしいわよ」


父よ。

正直に申告しろ。

虚偽申告は痛い目にあうぞ。


「俺が聞いたのと違うな?」


「どう違うのさ」


「お相手の方が誘拐されたらしい」


誘拐されてないし。

自分で出奔したんだし。


「それで、王太子殿下が自ら指揮を取って、探されているって話だ」


「んまぁ、王太子殿下自ら。愛されてるねぇ…羨ましい話だよ」


手が止まった。

一瞬だけ、空気が遠のいた。

羨ましくない。

恐ろしい。

ともすれば、震えそうになる声で尋ねた。


「探しているって……それは、本当に?」


「おおよ。そのうち触書を出すって話だ」


指名手配…

私は凶悪犯か!

やめてください。

探すなんて無駄なことです。

王太子殿下、人件費および経費の削減してください。





大理石の床、金箔をふんだんに使った装飾。

広い部屋には精緻な彫刻が数体飾られ、高い天井からはシャンデリアが吊り下げられていた。

部屋の中央に設けられた大きな会議用のテーブルと数脚の椅子。

いま、この部屋には王太子レオナード、宰相と側近たちがいた。

張り詰めた空気が漂う。

本来ならレオナードと共に同席するはずの人物は不在。


「病ではない」


レオナードが静かに口を開いた。


「リザベッタは消えた」


(自分の意志で)


側近たちが息を飲む。

宰相が一度目を瞑り、息とともに目を開けた


「リザベッタ嬢は国益上、失えぬ人材だ。探せ」


「…宰相」


レオナードが幾分低い声音で遮る。


「お前は言い分は分かる…それも一理あるだろう。……だが…」


一瞬の沈黙。


「それだけではない…探し出す」


レオナードの瞳が底光りした。


「…何があってもな」



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