第20話 婚約確定→逃亡決意
部屋の壁に掛けた手作りカレンダー。
本日欄に×を書き込む。
Xデーまであと、何日だ…?
逃げれるのか…?
腕の中の銀太は、今や私の精神安定剤だ。
婚約発表が止まらない……
ロマンティックどころか、悪夢が止まらない。
そういえば、昔、ロマンティックが止まらないって曲があったな…
暫し、現実逃避。
……
着々と進む婚約発表。
国内の主だった貴族、各国大使には招待状は発送済み。
パーティー会場は設営済み。
食材、酒類の手配完了。
ドレスも仕上がり、王城からはティアラも届いた。
―あとは、当日を待つだけの状況。
文字通り、八方塞がりだ。
「入るぞ、リザベッタ!」
入ってからいうな、父。
もはや、注意する気も失せた。
顔色が良いな…
つやつやしているではないか。
私は夜も眠れず、げっそりとしているというのに。
「顔色が悪いな。いかんぞ、婚約発表の近いというのに」
だからだ。
親なら気づけ!
「あと、十四日足らずか…感慨深いな……」
何が感慨深い。
私は無感動だ。
時間を止めることができるなら止めている。
イラつくのでさっさと出て行って欲しい。
「何か、用ですか?」
声が尖ってもしかたない。
「別にない。顔を見に来た」
は?
ない…
何しに来やがった!
ないなら来るな!!
かまってちゃんは猫だけで十分だ。
父よ、私は介護職員ではない。
額に青筋が浮かびそうだ。
察してか、父が出て行った。
削られる……神経が削られる……
もうどこにも安息地はない…
王太子妃教育も思い出した。
遠い目で窓の外を見た。
王太子妃教育も一段…
いや、三段はギアが上がったと思う。
インドア派の小久保恵子。ダンス教育の翌日は全身筋肉痛。乗馬をすればお尻と内腿が死んだ。
ならば、座学はどうかというと、なぜか、見慣れた決裁箱が置かれていた。
ご丁寧にも中には書類が入っている。
···何これ?
嫌な予感しかない。
同席していたマリエッタに聞いた。
「これ、間違って置かれてない?」
「間違いでは、ありません。リザベッタ様の改革案が評価されたんです」
マリエッタが自分ごとのように胸を張って言う。
···滅茶苦茶、嫌な予感。
「宰相様が提案されたリザベッタ様が確認されてから、最終決裁に回されるのがいいだろうと仰られました」
うん、それ、最終決裁前承認って、ヤツ···
何かあった時に責任を押し付けられるのね。
中間管理職時代を思い出す。
おい、私はまだ学生だ。王城勤めの官僚でもないし、王族でもない。
王太子妃教育に仕事をぶち込むって、どういうこと!?
「宰相···」
呪詛めいた呟きを漏らす。
「私、鼻が高いです。リザベッタ様、不肖、マリエッタ、精一杯協力しますね」
···マリエッタ
もう何もしないでいいから···
アンタはパンの事だけ考えてなさい。
王太子妃教育の他に事務仕事。
二十四時間働けますか?
働けるわけがない。
休みもなしで働くと死ぬぞ、人間。
……
ふと頭に浮かんだ。
小林多喜二作、蟹工船。
まさに、あれだ!
労働改善に立ち上がった労働者たちが、悪徳雇用主の策略と権力を盾に潰されたあの話とそっくりじゃない。地獄のような王侯貴族生活と王太子との婚約に対する抵抗は敗北し、王太子妃教育という残酷な仕打ちを受けている。
主人公に自分を重ねて、泣けた。
笑えない話だった。
あの話、労働者たちは「もう一度!」と、再度の反撃を誓い希望を残してたな···
ソファに寝ている銀太が、おっさんのような可愛い寝息を立てている姿が目に入った。
…猫は自由だ。
羨ましい。
それに比べて、私はどうだ?
……社畜に戻るのか。
――希望を捨てて。
冗談じゃない。
もう一度だ。
もう一度、計画を立て直す!
銀太を連れて――
婚約も、貴族社会も全部捨てて逃げ切ってやる!!




