第16話 悪役令嬢、なぜか王太子殿下と婚約する
悪あがきと言われようが、私はあがいた。
あがきまくった。
なのに……
現状。
正式な婚約発表の一歩手前。
王妃教育は明日から始まり、周囲は暗黙の了解レベル。
対応
九十七パーセント、打つ手なし。
残り三パーセントも、もはや風前の灯火。
ひとはこれを詰んだという。
「おめでとうございます、リザベッタ様」
「ご婚約、おめでとうございます」
会う人、会う人が、私に口々に祝福という名の呪いを吐く。
なにがめでたい。
私は喪中だ。
廊下を歩けば、視線が集まる。
ひそひそ声。
扇子で口元を隠して囁く令嬢たち。
「もう決まりですって」
「王太子妃様ね……」
聞こえてる。
全部、聞こえてる。
「うらやましいですわ」
なら、代わってやろうか?
いますぐに。
ああ、完全にやさぐれている。
荒みっぷりが半端ない。
小久保恵子だったら、すれ違う同僚が「ひっ!」という悲鳴と共に壁に張り付くレベルだ。
腹黒王太子殿下め……!
どうしてくれようか……
私は机に肘を付き、ズキズキとするこめかみを押さえた。
―マリエッタの心情ー
先日、嬉しいことがあった。
リザベッタ様が王太子殿下の婚約者に内定された。
もうすぐ発表される。
そのおこぼれなのか、私にも良いことがあった。
王太子殿下にリザベッタ様を推したのが評価されたのか、私は王太子殿下からリザベッタ様の補佐役を頂いた。
学園を卒業しても補佐役でいられたら食卓は安泰よ。
白いパンの並ぶ日々。
嬉しい。
そのためには献身的に仕えなきゃ。
リザベッタ様は深いお考えがあるのか、言葉が足りないことがある。それが言い方がキツいと受け取られる。
どうも頭がいいからか、言葉や説明を省く癖があるみたい。
だから、そこを補っていくのが、私の役目の一つ。
フォローは任せてくださいね、リザベッタ様。
マリエッタはリザベッタ様の味方です。
偶にズレたことをおっしゃるけど、きっと、すべて計算の上での行動なのよね。
私にはまだ追いつけない領域だわ。
追いつくように頑張らなきゃ。
さあ、これから王太子妃教育、引いては王妃教育が始まる。
リザベッタ様、マリエッタは応援します。
どんどん外堀が埋められていく。
教師は私に敬語を使い始め、
使用人は明らかに距離を縮めてくる。
「未来の王太子妃様」として扱われる日常。
やめて。
その呼び方、やめて。
逃げ場がない。
大阪冬の陣で外堀を埋められた大阪城よりも酷い。
真田信繁も真っ青だ。
最近では、私に催眠暗示をかけているのではないかと疑っている。
ポツリと呟いた。
「このまま婚約したら、私の自由がなくなる…」
言った瞬間、横からすっと声が入る。
「自分ひとりの自由もいいですよね。でも、誰かを幸せにする自由や、二人で幸せになる自由もあると思うんです」
マリエッタだった。
「……そうね……」
一瞬、言葉に詰まる。
正論だ。
完全に正論。
誰かと食卓を囲む生活。
一人じゃない帰り道。
それは、それで——
少しだけ、悪くないと思ってしまった。
そういう自由もあるのは確かだけどね。
それでも。
三十五年も独りでいると、縛られること自体に違和感があるのよ。
恋愛体質でもなければ、結婚願望もとっくに枯れた。
猫と酒があれば、それだけで幸せなの。
まだ、若いマリエッタにはわからない感覚だろうけど。
そりゃさ、こう毎日、毎日、言われ続けていると、
”……もうこのまま、乗っかっちゃってもいいか”
そんな考えが、頭をよぎる。
猫は二匹いる。
酒だって、もうすぐ飲める。
しかも極上品が。
生活も安定。
将来も保証されている。
旦那は王族。
となれば、悪くない。
むしろ勝ち組だ。
少しの窮屈さを我慢さえすれば……
けれど、それは選んだ人生じゃない。
駄目だ。
そこが、一番大事なところだろう。
反論もせず、言われるまま働く毎日。
人目を気にして、我慢する日々。
そこに“選択”はなかった。
だから、こちらに来た日に決めたはずだ。
整った顔。完璧な身分。恵まれた環境。
……全部いらない。
欲しいのは、自由に帰れて、猫と酒がある生活。
それだけだ。
逃げる。
猫を連れて。
この人生ごと、捨ててやる。




