最強種族
翔んだ。
跳んだかも知れないが。
どちらも同じ事だが。
景色はない。無数の色が混ざって後ろへ流れた。
手が滑る。
やたら肌触りの良いスライム種の体表を掴み続ける事は叶わず、両手が空を払う。
スライム種が私の体を保持していなければ宙を舞っただろう。私が。
息が止まる。
顔に強風が叩き付けられたからだ。
一瞬の様で永遠でもあった。
ふと気付くと、スライム種の後頭部が目に付いた。
『到着しました』
文字が見えた。
身体がふわふわするし、全体的に痛い。
力を込め過ぎて動かし辛い手足を軋ませながらスライム種の背中から降りる。
気が付けば爪が全て伸びきっていた。
はあふうと呼吸を噛み締めていると、真横にソラさんが着弾した。
地面が罅割れる。
スライム種もそうだが、保護種の耐久性も異常だ。
「あれが暴力装置ですか?」
ソラさんが、心なしか弾んだ声でそう言った。
爪を納めながらソラさんの視線を辿ると、形容し難い何かがあった。
朽ちかけている、のだろうか?
印象としては灰色の石材。だけど、小刻みに動いている。
不規則ではないけれど、どこか病的な振動。
大枠では人型の範疇だが、人としてはパーツが不足している。
頭部は大きく崩壊して顔が存在しない。
二本の腕は先端が擦り切れたのかやや短く、胸部も所々欠けている。
腹部に至っては大きな穴が三つも貫通しているが、下半身は比較的状態が良い。
とは言え足先は完全に欠落していて、見るからに不安定な立ち姿だ。
あの小刻みに震えているのはバランスを取るためなのかも知れない。
あれが暴力装置か。
想像していたよりもずっと見窄らしい。
特別拘束はされておらず、周囲には何かの残骸が打ち捨てられている。
と、次の瞬間。
暴力装置はそこにいなかった。
ばん、と大きな音が響く。
いつの間にか数歩歩み出ていたソラさんと、その前にいるスライム種。
そして暴力装置が短い腕でスライム種と押し合いをしている。
よく見るとスライム種の右手が裂ける様に弾けている。
スライム種が押し負けた?
『拘束の破壊及び認識偽装の存在を確認しました。解析完了までその場を動かないで下さい』
スライム種の体に、無数の文字列が走った。
体表を縦横無尽に回遊するそれらの文字列は、次の瞬間には別の文字列に変化した。
『速やかに距離を取って下さい。一定範囲内の生体反応を追尾し続けます』
変化した文字列見て、即座に行動したのはソラさんだった。
ひょいと私を担ぐと、猛然と走り出す。
ブレる視界でスライム種と暴力装置が遠くなり、腹と首と頭に不規則な衝撃が連続した。
私は吐いた。吐いた私に構わずソラさんが走る。
汚い飛沫が放つ綺麗な輝きを見ながら、スライム種は私に配慮して走ってくれていたのだなと、何とも呑気な思考が溢れ出た。
舌を噛み歯と歯が音を鳴らし不快感と共に何度も吐瀉物が撒き散らされる。
視界がぐわぐわと回り、ソラさんの声が聞こえた。
何を言っているのかは分からないが。
気付けば揺れは無い。
距離を取れとの指示だったのだ。逃げ続けろとは言われていない。
スライム種だから喋りはしないのだが。いや、念話はしているのかも知れないが。
回っていた視界が歪む様にして像を結び直して、ここが壁の近くだと気付く。
然程離れてはいないのか? 壁は穴が空いている場所以外はどこも変わり映えしない見た目だからここがどの辺りかは分からないが。
「どうやら、足止めに成功したみたい」
ソラさんの言葉に念話で聞いたのか尋ねようとして視線を向けて、変な声が出た。
『追尾可能な範囲外、現在は安全です』
スライム種がそこに居た。ソラさんと並んで立っている。
「アオさん?」
ソラさんが探る様な声でスライム種の名前を呼んだ。妙な緊張感が伝わって来る。
それに対してスライム種は数秒間沈黙した。
その間ソラさんの表情がどうなっているかは見えなかったが、ふと緊張は消え去った。
「それは……今後は控えてほしいかな?」
どう言った会話があったのかは私には分からない。
だが、ソラさんが不快感を声に乗せているのは分かる。
「だとしても……それなら僕は今目の前にいるアオさんと今後も旅を続けたい。それはお願い出来ないの?」
一方のスライム種からは何の感情も感じられない。
身動ぎもせずその場に佇んでいる。
その姿勢は異様な程安定していて、いや、それは最初からずっとなのか?
スライム種の立ち姿は美しさすら感じる程真っ直ぐで安定している。
元祖大陸最強種族である暴力装置に襲われてなお、そこに緊張感がない。
大陸最強種族と言われるスライム種ですら、暴力装置相手には被害が出たと言われているのに。
不安になって視線を周囲に巡らせる。
荒涼とした大地がどこまでも広がっていて、人影は見当たらない。
暴力装置のあの速さを目の当たりにしてしまった今、それは必ずしも安心には結びつかない。
それでも私は少し安堵した。
「うん。分かった。僕はその約束は守るよ。だからアオさんも、ね?」
私が不安と安堵の間でおろおろしている間に、ソラさんとスライム種の会話は決着したみたいだ。
一応聞いていたのだけれど、ソラさんがスライム種の何に不快感を覚えたのかははっきりしない。
「ごめんなさい、クトーさん。僕が暴力装置を見たいと言ったせいで危険な目に遭わせてしまいました」
こっちを向いたソラさんは神妙な面持ちで頭を下げる。
その脇でスライム種が佇んでいた。




