空の草原
閉都内外の立ち入り禁止区域は人の往来を阻む形で指定されている。
暴力装置を見に行こうと決まって、移動経路を考えた時にそう再認識した。
貴金属はこの期に及んで再戦に意欲的と言う事だろう。
そのせいで、とんでもない経路を辿る羽目になった。
私は足元の灰色の壁を見詰めながら揺られていた。
灰色の壁はするすると下に流れて行く。
スライム種とソラさんは小走り程度の速度で閉都の外壁を歩いている。歩き続けている。
スライム種に至っては私を背負っていると言うのに、その速度はずっと一定のままだ。
「うわー! いい眺めだな! あの粒は闇人ですね! あんな所で何してるんだろう?」
ソラさんが壁面を歩きながらはしゃいでいる。
両足を壁面から離すと落下してしまうため、飛び跳ねてはいないが。
金属光沢を放つその外装は防護服と呼ばれる喪失技巧らしい。
ソラさんも垂直な壁を歩く機能の存在は今日初めて知ったらしいが。
一方で生身に見えるスライム種が私を背負って同じ様に壁面を歩けるのはどう言った理屈なのだろうか。
「あれ? でもあそこも立ち入り禁止区域ですよね?」
地上に視線を向けてみたが、私の目には立入禁止区域にいると言う闇人を見つけることは出来なかった。
そもそも人を視認出来る距離ではない。
視線を壁面に向け直すと、遠くから炸裂音が聞こえた。
「爆発しちゃった。本当に何していたんだろう?」
良からぬ事だろうね。きっと。
そうやってずっと壁面を眺め続けていると、ようやく閉都の天辺に到達した。
背中に感じていた重力が足の方に移り、ほっと息を吐く。
教訓。安易な近道は危険だ。
そうして安寧を取り戻した私は、未だスライム種の背中にしがみ付いたままだ。
思ったよりも風が強い。空には遮る物がないからだろう。
ちらりと上に視線を向ける。
灰色の空が近過ぎて恐怖を覚える。
空から顔を背けてスライム種の後頭部に視線を向け直した。
「うわー。広いですねー」
ソラさんが無邪気で楽しそうだ。
確かに中々の場景である。
何せ、天辺には草原が広がっていたのだ。
遠方まで続く緑色の草原と、背景を埋め尽くす灰色のの空。
「ここは自由に動き回っても安全なのですか?」
戦場にならなかったとしたら、何かしらの仕掛けが残っている可能性もある。
スライム種に確認してみると『落下に注意』と後頭部に文字が表示された。
文字が浮かぶの、顔だけじゃないんですね。
意を決してスライム種の背中から降りる。
ふわふわとした感触が私の足裏を出迎えた。
スライム種に視線を向けると『安全』との文字が得られた。
怖くて上に視線を向けられない事以外は、まあそうだろう。
高所は何故ここまで怖いのだろうか。不思議だ。
私とスライム種が黙々と歩く周囲を、上機嫌なソラさんが走り回る。
閉都の天辺は広い。多少はしゃぐ程度なら危険はないだろう。
いや、防護服を着ていればどこにいても危険はないのかもしれない。
改めて足元をよく見ると、天辺を埋め尽くす緑はそのほとんどが苔の様だ。
周囲を見れば丈の長い緑も散見されるが、それらは高くても膝程度まで。
動く物の気配は感じられない。
びょうびょうと鳴る風の中に、ざあざあと揺られる緑の音が混じっている。
見通しが良く、開放的で、空気は澄んでいる。
なのに、どうしてこんなに閉塞感を感じるのだろうか?
そんな事を考えていたら、周囲を駆け巡っていたソラさんが私の横を歩き始めた。
視線は落ち着きなく周囲を見回しているが、歩調は私とスライム種に合わせている。
「何だか、押さえ付けられる様な、息苦しさを感じませんか?」
深く考えずにソラさんにそう問いかけて、意味の無い質問をしたと思った。
全身を覆う防護服を纏っていては開放感等ある筈もないだろうに。
「んー? 僕にはちょっと分からないけど? アオさんどう思う?」
スライム種の方に視線を向けると、背中にびっしり文字が浮かんでいた。
『一般的に高地になればなる程空気は薄くなる傾向があります。
これは低地であればある程空気が積み重なり圧縮されるためで、逆に高地であれば空気は密度が減り薄くなります。
低密度の空気を吸った場合息苦しいと感じる事は自然な感想でしょう。
押さえ付けられる様な感覚は普段より雲との距離が近くなり、天井の低い室内にいる様な錯覚を引き起こしている可能性があります。
どちらも直ちに身体に悪影響を及ぼすものではありませんが、長時間この場所に留まる事は不特定な悪影響を及ぼす可能性があります。
対策としては早急に移動を済ませる事が挙げられますが、クトーさんが現状の移動方法でその速度を上げた場合、身体が必要とする呼吸量が増えて息苦しさが増す恐れがあります。
その結果場合行動自体が困難になり、最悪の場合は生存に関わる重篤な症状を引き起こす恐れがありますので、現状のまま移動速度を上げる事は推奨されません。
代案として壁面を移動した時の様に私が介助する方法があります。
もしよろしければ実行可能ですがいかが致しますか?』
「いや、長い長い。そして字が小さい」
本当に何なんだろうかスライム種とは。
歩きながら文字を読むと、先程の問い掛けに対する回答と対処方法の提示だった。
高地であればある程空気が薄いと言う話は、理屈こそさっぱりだが経験則から納得出来る話だった。
確かに山越の際には何故か体感より息が上がり易い。
閉塞感については違う気がするが、押さえ付けられる様なと表現したせいだろう。
スライム種が私を背負って走ってくれると言うのなら確かに楽ではあるが、ソラさんはそれで良いのだろうか?
「旅程が短縮出来るのは有り難いですが、ソラさんはもう少しここを見て行きたいのでは?」
「んー? 同じ景色でちょっと飽きてきたし、元々暴力装置を見に行くための近道だし、急いでもいいかな?」
私の隣に来たのは周辺の探索に飽きたかららしい。
「それであれば、アオさんのご厚意に甘えてもよろしいですか?」
私がそう言うと、スライム種はこちらを向く事なく立ち止まって中腰になった。
私が何の遠慮もなく身体を預けると、その両手が私の腰をがっちりと掴む。
『喋らない事を推奨』
後頭部にそんな文字を認識した瞬間、全身に恐ろしい加速を感じた。




