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39.7. 分かり合えない方が、楽だった――コンフリクト

 夜のブラック企業団拠点。

 誰もいないフロア。白い光だけが、机を照らしている。

 モニターには、ある企業の社内チャットのログ。


「……また、か」

 ミスター・コンフリクトは、椅子に浅く座りながら呟いた。

 画面には、いくつものやり取り。


 ――すみません、子どもが熱で

 ――また?

 ――フォローする側のことも考えてほしい


 ――独身って気楽でいいよね

 ――家庭持ったらわかるよ


 彼は、無言でログを閉じた。

「……うるさい奴らだ」

 ぽつりと漏れる。

 だが、その声にはかつての彼の気持ちが含まれていた。


 ブラック企業団に入る前は、会社で調整役のように立ち回っていたコンフリクト。

 間に立って言葉を整え、衝突しないように空気を読む。

「まぁまぁ、落ち着いて」

 それが口癖だった。

 

 だが、ある日。

「結局さ」

 会議室で、誰かが言った。

「一番楽な立場の人が“調整”とか言ってるだけだよね」

 空気が凍る。

 誰も彼を見なかったが――それでも、確かに刺さった。


「……あぁ」

 そのとき、彼は気づいた。

「どっちの味方にもなれないやつは、誰の味方にもならない」

 さらに人材不足に陥った会社では、ワークライフバランスのしわ寄せが自分に来ていた。

 結局、調整なんて意味がない。押しつけられるのは、いつも自分だった――自分が追い込まれるだけだった。


 そんなことを思い出していると、モニターがわずかに歪む。

 ノイズだ。


『――均衡は幻想だ』

 低い声が、耳の奥に流れ込む。

『人は必ず、どちらかに傾く』

『ならば――』

 ノイズが強くなる。

『対立させろ』


「……かしこまりました」

 静かに呟く。

「分かり合おうとするから、苦しいんだ。本音を出すことが大事」


 ある企業のチャットに侵入すると、指が動く。

 匿名アカウントで書き込んだ。

 ――正直、ママ社員って戦力落ちるよね

 送信して数秒後、返信がつく。

 ――は?

 ――何それ最低

 ――でも実際そうじゃない?


 そこから空気の流れが変わり、温度が上昇した。

 今自分は、ブラック企業団の特殊な能力を使ったわけではない。にも関わらず、人の力で思想は簡単に歪められる。

 

「……ほら。やっぱり。君たちだってそれを望んでいる」

 コンフリクトは、笑った。

「最初から、こうなんだよ」

 さらに打ち込む。


 ――独身って責任ないからいいよね

 ――家庭持ちって甘えてない?


 言葉が火種になり、あっという間に広がる。画面の向こうで、人と人がぶつかる――見えない戦場。

 彼はそれを静かに、安堵するかのように眺める。


「……これでいい。誰も、僕に“調整しろ”なんて言わない。この世界は、このまま朽ち果てる」

 そう言った瞬間、胸の奥にわずかな痛みが走る。

 あの日の言葉――“楽な立場”。

「……違う」

 一瞬、呼吸が止まる。


 ノイズが、再び響く。

『正しい』

『対立は効率を生む』

『競争は成果を生む』


「……はい。仰る通りです、ボス」


 コンフリクトが立ち上がり、スーツの襟を整える。

「理念とか、綺麗ごとはいらない」

 ゆっくりと歩く。

「人間は、分かり合えない」


 モニターのログが、さらに荒れる。

 罵倒、皮肉、攻撃。

 それを見ながら、彼は目を細める。

「……その方が、楽だ」


 やがて、空気が変わる。

 彼の周囲に緑色の気配が滲み、言葉が刃になる。

 視線が、毒になる。

 

「組織は分断すればいい――」


 その瞬間。

 彼の背後に、無数のチャットログが浮かび上がる。

 対立、分断、争い。そのすべてが、彼の力になる。

「――これが、僕の答えだ」

 目が、冷たく光る。

「調和なんて、幻想だ」


 モニターに映る自分の顔は、少しだけ歪んでいた。

 だが、もう戻らない。

「……僕はミスター・コンフリクト」

 その名を自分で口にすると、夜は静かに裂けていった。

 

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