38. 桃色のクリスマス
夜の東京。
ガラス越しに煌めく街は、まるで星屑を散りばめたようだった。
天下トーイツ・カンパニー本社会議室では役員たちが集まり、ささやかなクリスマス会が開かれていた。
「たのもーっ! イブだよイブ!」
金色のスーツではないが、どこかいつもより明るいテンションの豊臣。
「ちょっとは静かにしろ」と武田に注意される。
「いやーん武田ぁ、今日は許してよ」
上杉は苦笑しつつ準備したスパークリングワインの栓を静かに抜き、徳川はチーズを準備している。
そして、会場に一歩静かに入ってくる影。
「……遅れてしまいました」
桃色のストールを羽織ったイチカが、そっと会釈をする。
「来たか」と織田の低い声に、イチカは心ときめく。
思わず胸元に触れると、そこには桃色の宝石。
あの日、戦いの中で得た決意が宿っている。
「メリークリスマス、兄さま……じゃなかった、織田社長」
「……気にせずともよい」
短い言葉だが、織田の声には柔らかな色が乗っていた。
「では皆の衆! 今日も戦いきったことに、乾杯!」
織田がグラスを掲げる。
「乾杯〜!」
それぞれのグラスが静かに触れ合う。
音楽は控えめに。
今日ばかりは戦いではなく、人としての時間。
「では俺からプレゼントを」
織田が袋を出した瞬間、皆の表情が固まる。
「こ、これは……」
「まさかまた……」
中から出てきたのは――
ブメランパンツ、冬用保温ver. であった。
「冬は冷えるだろう。冷えは体調を崩す。戦士の身体を守るのも社長の務めだと思ってな」
「い、いや……ありがたい、ありがたいんだけどさぁ!」
豊臣が苦笑いをする。
「こ、この素材は暖かい……!」
徳川が震える声で感想を言う。
「デザインがオシャレだな」と武田が感心し、「さすが朱崎社長だ」と上杉も言う。
「もちろん女性用もある」
織田の袋から、“超ハイウエスト美姿勢補正”タイプのショーツが出てくる。
「こ……これは……」とイチカはショーツの袋を受け取る。
(これってつまり……俺の前ではこれを履けってことかしら? え、見せるの? いつ? ま、まさか兄さまと、あんなことやこんなことを……?)
「イチカちゃん、顔から湯気出てるよ?」と豊臣。
「きゃっ……だ、だって男性から下着のプレゼントだなんて……」
上杉が気づく。
「これはハラスメントに当たるのか?」
イチカと織田が顔を見合わせる。
「そうか……すまない。何も考えずに俺は」と織田が頭をかいている。
イチカはぶんぶんと首を横に振る。
「いえ……織田社長からのプレゼント、大事にいたします。なくさないように引き出しに入れて、家宝にいたします……!」
「……おい。それでは使えないだろ?」と武田。
「あ! す……すみません。では……織田社長と会うときに着用して……」
イチカの顔がみるみる桃色に染まってゆく。
「え!? イチカちゃん、それじゃあまるで社長と付き合ってるみたい」と豊臣。
「ひゃぁぁぁっ……! そんなっ……」
もはや桃ではなく、真っ赤なりんごのような顔色のイチカ。鼓動が速すぎるのか、胸元を押さえている。
彼女のその姿を見て、織田以外の4人が何かを察した。
「前から分かりやすいねん……」と豊臣。
「なるほど。そういうことか」と徳川。
「クリスマスの夜にめでたいな」と武田。
「恋心よ。聖なる夜を照らしたまえ」と上杉。
織田が横目でイチカを見る。
その瞳に映っているものが、自分自身であることに気づくのに――時間はかからなかった。
※※※
会が終わり、皆が帰り支度を始めた頃。
ラウンジの窓際で、イチカと織田が並んで夜景を見ていた。
「……この景色、昔も見たような気がする」
「戦の火ではなく、灯りに変わっただけだ」
「兄さま……いえ、織田社長。あなたは寂しくないですか?」
織田は窓ガラスに映る自分を見つめる。
「寂しさは力にもなる。孤独は、刀の重みを知るためのものだ」
イチカの胸が少し締めつけられる。
「私は……あなたの力になりたい。けれど、隣に立つ資格があるか……まだわからない」
織田は静かに言う。
「資格など、戦う意志が決める。そなたは既に侍だ。堂々と立て」
イチカの瞳が揺れる。けれど、微笑む。
「……私は私の戦場で、揺れながら進みます」
「それで良い」
外では、雪のようなイルミネーションが降り注いでいた。
エントランス前。
「はぁーい二次会いく人ー!」と豊臣が言う。
「よし、行くか」と武田が返事をし、「俺も」と徳川も付いて行こうとする。
「社長たちは行くのか?」と上杉が言うが、
「こらこら上杉ったらぁ、あの2人はさ♪」と豊臣がにんまりしている。
「邪魔ものの俺たちは早く退散しようぜ」と武田が上杉の背中を押していた。
「よーし! カラオケ行くぞぉー! あさーやけーの、ガーラースにー♪ ネクータイをむーすびー♪」
「豊臣、なんだその歌は」
「上杉ったら知らないのー? 最近流行りの『スーツ侍・改革!』だぜ?」
「俺たちの歌か」
「そうそう徳川。一度聴いたら忘れられないの! 家でずっと再生してんだよ」
「スーツ侍・改革ぅー♪ の上がるところがたまんないぜ」
「武田、さすがわかってるー♪ あと俺たちのキャラソンもあるんだよね!」
「「「なんだと!?」」」
※※※
クリスマス会で温まったせいか、風が心地良い。
「イチカ、少し歩かないか」と織田に言われ、イチカは「は……はい」とうつむきながら言う。
街中のイルミネーションが煌めいていたが、彼女はそれを見る余裕がなかった。クリスマスイブの夜に織田がすぐに隣にいる――それだけで心が熱くなってゆく。
「うちの会社には慣れたか」
ふと織田に見られて、イチカはまた顔を赤らめる。
「はい……皆さん親切ですし、役員の皆さまも楽しくて」
「彼らは普段はああだが、いざとなるとそれぞれの強みを発揮してくれる。俺にとっての大切な仲間だ」
織田が4人を誇りに思っていることがわかり、イチカも頷く。
「もちろんイチカ……そなたも俺の大切な……」
イチカが織田のほうを振り向く。交差する視線にあふれる温もり。
「そなたは俺にとって大切な……女だ」
一瞬、時間が止まる感覚があった。
“大切な女”――その言葉がふたりの心をゆっくりと溶かしてゆく。
「あ……兄……さま……」
イチカは織田の胸に飛び込んだ。
「……嬉しいです。そう言ってもらえて」
織田が彼女を優しく抱く。
「またそなたと出会えたらと……ずっと思ってた」
遠くで、時計のベルが鳴る。
「……うちに来るか」
織田の言葉は唐突だったが、決して命令ではない。ただ、心の奥から零れたような声。
イチカは一瞬迷う。でも、その迷いごと委ねるように微笑んだ。
この人の隣に――
「……はい」
あたたかな光で、ふたりの影はひとつに溶けようとしていた。
豊臣たちの言っていたスーツ侍のテーマソングと、キャラソンはSUNOで聴くことができます。
よろしければ、クリエーターで「Koyachampuru」で検索してみてください。
黒田のキャラソンは名曲です。




