37. 魔法をかけてあげよう
「「「「「「スーツ侍、見参!」」」」」」
有名化粧品ブランド“美凛堂”で女性同士の対立が起こり、元凶となる小柄な男を睨むスーツ侍たち。
「出たな侍。でも見ろよ、こいつらの心は、もうバラバラだね」と男が言う。
独身社員が、「家庭優先の人に、何がわかるの?」と呟き、ママ社員が「自由な時間があっていいわね」と皮肉を言う。
若手社員は涙が止まらない。
「やめたい……でも、ここにいたい……」
男はサッと緑色のマントを取り出す。
彼はブラック企業団のミスター・コンフリクトであった。
「やはりお前か!」とケンシン。
「ふん! ダイバーシティが進む企業を潰せば、ほかの会社にも影響がある。このチャンスを逃すものか。これでも食らえ! 莫大・吹雪!」
緑色の豪雪が侍たちを襲う。さらに雪のように心まで冷やしていく。
「こういう時は、心をあったかくするんだい! 笑顔・温熱アプローチ!」
ヒデヨシの扇から金色のオーラが放出され、豪雪を溶かしてゆく。
「うぅっ……なんだよ! 僕は彼女たちの本当の気持ちを表面化しただけなのに」とコンフリクト。
「仕事量でマウント取り合っても成果は出ないんだよ! 支え合って勝つのが、ほんとのチームだ」
ヒデヨシが扇を構える。
「子を育てるは未来を守る戦。独りで戦うは“自分”を守る戦。どちらも誇りであり、優劣はない」
シンゲンがそう言って風林火山の盾を掲げる。
「風林火山! 合理調整!」
盾から社内全体の進捗表がアウトプットされ、業務量の調整結果が表示された。
「それぞれに応じた仕事量を出力した。これで無理なく業務が遂行できる」とシンゲン。
「ありがとうございます!」と美凛堂の社員たちが受け取る。
「クソッ! そんなもの出力しても心が変わらなければ意味ないんだぞ! 精神侵食!」
コンフリクトの術が美凛堂の社員たちを苦しめる。副交感神経の働きが抑えられ、興奮状態で皆がイライラしてしまう。
「あんたがいっつも子どもを優先するから私の仕事が増えるのよ!」
「結婚できないから仕事しかないくせに!」
そこにケンシンがスッと前に出てくる。
「互いを責める前に、己を省みよ。他者の幸せを妬む心は、己を傷つける……私が浄化しよう、義魂解放!」
ケンシンのパワーにより、社員たちは心が落ち着いてゆく。
次はイエヤスが扇を手にする。
「制度が追いつかぬなら、変えればいい。声を上げられねば、俺たちが背を押す……財務再建術!」
崩れた現場を再生するかのように、帳簿が整理されてゆく。厳しい予算が見直され、適切な予実管理ができるようになった。
「従業員の事情を考慮しないような予算の達成は、難しいと思ってたの。これで残業を減らせるわ」と経理部員が言う。
「独身も、母も。人生の形が違うだけ。“どちらかを下げる”世界に美はありません――」
イチリンが扇を広げる。
「桃陣結心!」
桜色のオーラを浴びると社員たちの胸に、少しの勇気が戻る。
「……ごめん」
「私も、余裕がなかった」
涙はもう、争いの涙ではなかった。彼女達は再び前を向けるようになった。
「よ、よくも僕の術をっ……」とコンフリクトが怒っていると、ノブナガが現れる。
「――ここまでだ。俺がお前の腐った考えをぶった斬る! 第六天魔・煉獄!」
ノブナガが炎の刀を振り下ろし、コンフリクトに炎の攻撃を放った。
「うぅっ……」
コンフリクトはかろうじてマントで避けた。
「チッ……また邪魔しやがって。だがいいさ、職場は争いが尽きないからね! また来てやるよ!」
そう言ってコンフリクトはクルッと回転して消えた。
オフィスは光に満ちていた。
退職願いが破られていき、社員たちは互いを支えながらこれからも歩んでいくだろう。
※※※
翌日――
イチカは美凛堂のコフレを開封する。上品なピンクブラウンのシャドウに、ほんのり桃色のチーク。リップは落ち着いたコーラルピンクにして、グロスを重ねる。
「よし。これで兄さまは……」
織田のことを考えながら、玄関のドアを開けて出勤する。外は風が吹いて寒いけれど、メイクが決まれば気分が上がっていく。
『相談に乗ってくれてありがとう! あのダイバーシティ推進役員が急にいなくなって、元の雰囲気に戻ったよ』と真由美からのメールも来た。
「美凛堂のコスメ、これからも楽しみだわ」
イチカはオフィスに入り、朝一で織田に書類を届けに行く。ただ持っていくだけなのに、どこか特別に思ってしまう。
「――失礼します」
イチカがドアを開けると、織田が窓のそばに立っていた。背中に光が当たり、いつも以上に煌めいて見える。
「こちら前に言ってた資料です……」
緊張しながら織田に近づくイチカ。指が触れ、じんと胸が温かくなる。
「イチカ……」
「あ、兄さま……」
見つめ合うふたり。このまま時が止まってほしいとさえ思うイチカ。
「――綺麗だ」
そう言ってイチカの頬に手を添える織田。
イチカは桃色のチークがわからなくなるぐらい、顔を赤らめる。
織田の顔が近づいてくる。
心臓の音が響き合い、息を飲む。
あと数センチというところで止められて――
バタン!
「社長ぉー!」
豊臣、武田、徳川、上杉が顔を出した。
沈黙。
4人の視線が、
・向き合うふたりの距離感
・イチカの頬に添えられた織田の手
・頬を染めてうっとりしているイチカの表情
――を、スキャンする。
「ぎゃー社長! イチカちゃんと……なぁーにやってんですかっ!」
豊臣が騒いでいる。
織田はさっとイチカから離れ、「何もない」と言うが少し顔が赤い。
「す、すみません……私はこれで失礼します!」
イチカは社長室から急いで出て行った。
「社長、俺はアリだと思うぜ」と武田がニヤリと笑い、「お似合いだな」と徳川も言う。
「これが桃色の恋愛というものか」と上杉も頷く。
「彼女の前髪にゴミがついていたから……取ろうとしただけだ」
織田はそう言ったが4人は信じてなさそうだ。
「……やるなぁ社長」
豊臣が笑顔で言う。
一方、イチカは洗面所で深呼吸をしていた。
鏡に映る自分は、まだ顔が赤い。
頬に触れると、織田の手の温もりを感じる。
「綺麗と言われたら……嬉しいに決まってるじゃない……」
美凛堂のコフレは魔法だ。
弱さを隠すためじゃない。
“胸を張って生きる”勇気をくれる。
イチカは幸せで胸がいっぱいになっていた。




