36. 美を創る場所、守りたい
ある日の昼休み。
イチカはクリスマス限定コフレを購入しに行った。
デパートにはツリーが輝き、クリスマスの飾り付けが華やかである。
化粧品売り場、お気に入りの“美凛堂”の限定コフレを手に取る。ピンクブラウン系やゴールドのアイシャドウパレット、顔色を良く見せる桃色チーク、情熱的なレッドやコーラルピンクのリップ。キラキラと宝石箱のようなコフレは、見ているだけで幸せになれる。
「素敵な色……これをつけたら兄さま、私のことを褒めてくださるかしら……」
〜イチカの妄想〜
『今日のそなたは……麗しい』
『兄さま、そんな……』
『美しい目元だ』
『きゃっ……』
『頬も桃色に染めおって』
『あっ……』
『その唇、俺だけのもの』
『んっ……』
『すべて……よこせ』
『あにさまぁっ……』
「お客様、コフレの購入ですか?」
店員に話しかけられる。
「あっ……そうです、はい」
独り言を聞かれたかもしれないと思い、イチカは恥ずかしそうにしていた。
会計を済ませる。
「お待たせしました」
「ありがとう」
クリスマス仕様の袋に入れてもらい、イチカは微笑む。
戻ろうとしたところ、後ろから声がした。
「イチカ……?」
振り返るとそこには友人の真由美がいた。彼女は美凛堂本社に勤めている。化粧品メーカー勤務というだけあって、肌や髪が美しい。
「真由美! 久しぶりね」
「あ、うちのクリスマスコフレ買ってくれたんだ。ありがとう」
「すぐ売り切れちゃうから飛んできたわ」
真由美は少し元気がなさそうに見える。
「あのさ……イチカって人事部だっけ」
「前はそうだったけど、今は転職してダイバーシティ推進室にいるの」
「ダイバーシティ……ちょうどいいわ。お願い、相談に乗ってほしいの」
真由美とイチカはデパート内の喫茶店に入った。
彼女の勤める美凛堂の様子がおかしいらしい。
「うちは女性が多くて、産休育休を取る社員も多いの。だけどね……」
コーヒーが揺れるのを眺めながら、真由美は話し出した。
これまで美凛堂は社員皆が協力し合っていたものの、最近になって独身社員とママ社員の対立が勃発したらしい。
社内のチャットで悪口が流れ、直接的な喧嘩もあるという。
さらにママ社員が残業を押し付けた結果、独身社員が疲弊していき退職者も増加。さらに人手不足で残業がどんどん増えていく。この状況なので独身社員たちも結婚しにくいらしい。
「美凛堂はダイバーシティ面では何も問題なかったはず……何か変わったことなかった?」
「そうね……うちのダイバーシティ担当役員が新しく変わったの。そこからだと思う」
イチカは予感する。
その役員がブラック企業団かもしれないと。
※※※
早速イチカは会議室に向かい、メンバーたちに報告した。
「化粧品メーカーかぁ、見落としてたよ」と豊臣。
「女性の多い職場だと産休や育休も多いということなのか」と武田。
「ダイバーシティ推進の役員が変わったのが怪しい」と徳川。
「皆さん、調べたところ美凛堂のダイバーシティ担当役員はこの人です」と黒田がタブレットを見せる。
そこには緑色のネクタイをした小柄そうな男性が。
「この顔は見覚えがある――ミスター・コンフリクトだ」と上杉。
「……美凛堂本社へ行くぞ!」と織田。
「「「「「「スーツ侍、改革!」」」」」」
6人の侍がスーツにマントをなびかせ、飛び立つ。
※※※
美凛堂――
国内最大級の化粧品ブランド。
CMは華やか、SNSでは“女性の味方”を掲げる。
しかし、ある日を境に実態が変わった。
社内チャットに、黒い言葉が流れ始める。
独身社員が「正直、ママって戦力にならない」と呟き、ママ社員が「独身は気楽でいいわね。人生の責任、知らないくせに」と言う。
昼休み、ある新入社員の涙が机に落ちる。
「……どうして、こんな職場になったんだろう」
すると背後から、声がする。
「簡単だよ。“争えば自分の立場が守れる”って思わせてやるだけ」
そこには緑色ネクタイの小柄な男が立っていた。
スーツに、狂気の笑み。
「さぁ、もっと塗り固めろ……“強さ”の化粧をね。本音を隠し、不満を重ね、劣等感で肌を荒らすんだ。女の敵は……女だろ?」
彼が指を鳴らすと、闇の靄が空気に広がる。社員の瞳が濁り、一人ひとりの思いが裂けていく。
美をつくるはずの場所で、心が壊れていく。
その瞬間、空調が止まり――
桃色の風が吹いた。
「美は競い奪うものではありません――照らし、分かち合い、育てるものです」
桃の侍がポニーテールをなびかせて、優雅に現れる。
続けて、5つの足音が聞こえる。
スーツにマントを翻し、小柄な男の前に堂々と立つ。
「争いで未来は築けぬ。誇りを焦がし、道を拓く!」
黒の侍が炎の刀を構える。
「職場の敵は“人”じゃねえ、“仕組み”だ!」
金の侍が扇を広げる。
「人が咲かねば、企業は枯れる!」
紅の侍が風林火山の盾を掲げる。
「退職は悲鳴ぞ。耳を塞ぐな」
蒼の侍が瞳を光らせる。
「美とは、尊厳の光。憎しみでは濁るのみ」
白の侍が義刀に手をやる。
6色のマントが舞う。
香り立つ桃色の光が、闇を裂く。
「「「「「「スーツ侍、見参!」」」」」」




