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視界を埋め尽くしていた白い光が、ゆっくりと薄れていく。
次に感じたのは、足下のひんやりとした大理石の感触だった。
「……わぁお」
周囲を見渡すと思わず感嘆の声が漏れた。
そこは武道場どころか、おそらく日本ですらない。
何十本もの白い大理石の柱が天井まで伸び、色鮮やかなステンドグラスから差し込む陽光が床へ虹色の模様を描いている。足元には巨大な魔法陣。
少し離れた正面に、年の頃は十七、八ほどだろうか。透き通るような金色の髪を腰まで伸ばした少女が立っている。
豪奢な純白のドレス。凛とした黄金の瞳。その立ち姿だけで高い身分なのだと理解できた。
その少女の隣には見事な甲冑を纏った金髪碧眼の中性的な美形の騎士。
さらに奥には歴戦の将軍らしき大男や、深緑のローブをまとった老魔法使い。槍を構えたフルプレート甲冑の兵士たちが控えている。
ーーーーうわぁぁぁっ!! 異世界キターーー!!
内心だけで歓声を上げる。
どう見てもファンタジー世界のお城だ。
甲冑の騎士! ローブの魔法使い! お姫様(予想)!
ゲームや小説で何度夢見たかわからない光景が、今まさに目の前に広がっている。
周囲を確認していると、後ろから聞き慣れた声がした。
「……やってくれたな才太」
振り返れば、桃流がしかめっ面で立っていた。
「やっぱり居た」
「居たじゃねぇ。どう考えてもお前のせいだろ!」
「えぇ!? 僕!?」
「お前が『異世界召喚でもされて勇者になれたら退屈しないのになー』とか言った五秒後にこれだぞ!」
「いやいやいや! そんなピンポイントで叶うわけないって!」
「叶ってんだよそれがっ」
桃流が深々とため息を吐く。
「帰りてぇ……。洗濯物取り込んでないし、朝作った味噌汁もまだ冷蔵庫にいれてないんだよ……」
このファンタジーな現状になんとも似つかわしくない、めちゃくちゃ庶民的な言葉が妙に切実で、少し笑ってしまった。
「突然このような形でお招きしてしまい、誠に申し訳ございません」
鈴の音のようによく通る声だった。
コツ、と少女が一歩前へ出る。
兵士たちが一斉に膝をつく。
少女もまた、美しく一礼した。
「私はアンジュリオン王国第一王女、エルミナ・アンジュリオンと申します。国王である父の名代として、勇者様を歓迎させて頂きます」
まず思ったのことは、あ、言葉通じるんだ。
口の動きと聞こえてくる声が合っていないので、おそらく何か通訳の魔法みたいなのがあるのかも知れないが、今はおいておこう。
そして、なるほど王政の国か。
異世界召喚のお約束過ぎて目新しさはないが、それもまぁ今は良しとしよう。
「はじめましてお姫様。僕は異世界から召喚されました天雪才太と申します。後ろのでかい奴は荒谷桃流。この世界の作法には詳しくないので、何か粗相があればお許し頂けると幸甚です」
こちらも姿勢を正して優雅に一礼し挨拶する。
その後に『雪解けスマイル』を忘れずに。
「まぁ。これはとても素敵で紳士な勇者様が来て頂けましたね」
そんな才太の様子にエルミナ王女はクスクスと笑顔になる。
隣の騎士はすごく渋い顔。
しかし途中でそのエルミナの微笑みが固まった。
「……え?」
視線が才太から桃流へ移る。
そして再び才太へ。
「えっと……」
隣に控えていた金髪の騎士へ小声で尋ねる。
「リオン、たしか召喚される勇者様は一人……、でしたよね?」
「そのはずですよ、姫」
「お二人来ていらっしゃいます?」
「お二人来てしまいましたね」
二人そろって少し首を傾げた。
その後ろで老魔法使いまで顎髭を撫でながら難しい顔をしている。
ざわざわ……
全体が小さくどよめく。
あ、予定外なんだ。どうやら桃流は本当に巻き込まれ召喚らしい。
桃流も察したのだろう。
「事情は何一つ分からんが、俺は巻き込まれただけだ」
きっぱりと言う。
「悪いが帰らせてくれ」
あまりにも真っ当な要求だったが、エルミナ王女は悲しそうに目を伏せる。
「……申し訳ありません。お二人を元の世界へお返しする術は、現時点ではございません」
桃流から発せられる空気がピリッと重くなる。
「この召喚魔法は三十一年に一度、星々の巡りが重なる時にのみ発動できる我がアンジュリオン王家の秘術です」
「つまり……」
「少なくともこれから三十一年間は、再びこの魔法を使うことはできません」
「…………マジかよ」
桃流が額を押さえて呻いた。
その声には、珍しく動揺が滲んでいる。
三十一年。
家族も、友達も、大学も、全部置き去りにするには、さすがに長すぎる。
「帰せないのに、召喚したんですか?」
自然と口から出た問いに、エルミナは辛そうに、しかし逸らさずまっすぐにこちらを見た。
「はい」
迷いのない答えだった。
「本来であれば、決して許されることではありません。お二人の人生を、一方的に奪ったに等しい行為です」
無意識にかドレスの裾を強く握りしめている。
「それでも……この国には、勇者様のお力が必要でした」
後ろで、将軍らしき男が眉をひそめ、何か言いたげに口を開きかけて、閉じた。
この場の全員が、エルミナ王女の言葉を実感しており、そして全員がそれを言いたくはなかったのだろう。
「勇者ってさ、魔王を倒す、あの勇者?」
才太はわざと軽く聞く。
「概ね、その認識で間違いありません」
「勇者の役割については姫様に変わって私が説明させてもらおうか」
ルミナスの後に続いて答えたのは、リオンと呼ばれていた王女の隣で控える金髪碧眼の騎士。
「まず我々の世界が対峙している脅威は魔王や魔族だけではないからね。この世界には魔物と呼ばれる存在が各地に現れ、我が国の無辜の民たちの生活を脅かしているんだ」
少しハスキーだが涼やかな声だ。
リオンの視線が、壁に掲げられた大きな地図へ向けられる。
大陸をかたどった羊皮紙には、国境らしき線と、いくつもの赤い印が刻まれていた。
「魔物は『魔装』と呼ばれる特殊な魔力の膜をまとっている。魔力を帯びていない攻撃は、その膜に阻まれ、大きく威力を失ってしまう」
「剣や槍の攻撃では効かない?」
「効かないわけではないよ。ただ、普通の兵士が数十人いたとしても、魔装をまとった強い魔物一体に押し切られることは珍しくないね」
それはきつい。
続けるリオンの表情は険しい。
「そしてこの世界で魔法を扱える者は限られている。王族、貴族、そして一部の加護持ちだけなんだ。大半の民や兵士までもが、魔物に対して有効な力を持たない」
周囲の兵士たちの空気が硬くなる。
自分たちの無力さを、何度も突きつけられてきた顔だった。
「だけど勇者は違う。この国の古くから伝わる予言にこうある『王家が女神の盟約に従い民を救わんとするとき、揺るがぬ意志をもって優しさを失わぬ強き魂をもち、清流の如く澄み、刃の如く悪を断ち、弱き者のため困難に立ち向かいなお歩みを止めぬ真の勇者が現れ、人の路を切り開く』とね」
リオンはそんな言い伝えに頼り、見ず知らずの勇者のなんぞに頼らねばならぬ不甲斐なさを隠しながら続ける。
「さらに北方には魔族の領域があり、長年にわたり国境で争いが続いていて、今は大規模な戦には至っていないがいつ崩れてもおかしくない。不安定な均衡。
また、西方には覇を唱えようとする獣人の国があり、南方には不可侵の条約を結んだはずだかキナ臭い国と、短い時間では語り尽くせないなんとも賑やかな状況という訳さ」
「魔物だけでも面倒なのに、人間同士や種族間の戦争までセットとは。随分と大盤振る舞いだな」
「ごもっともだね」
「だからこそ、勇者様が必要なのです」
エルミナの言葉にまた謁見の間が静まる。
なるほど。
想像していたよりずっと切羽詰まった状況らしい。
隣を見ると桃流は腕を組み、難しい顔をしていた。
「そちらの事情はわかったが、誘拐された被害者が犯人の悲しき事情を聞いたからって、そうほいほいと協力すると思うか?」
「桃流、言い方、言い方」
言ってることは全然正しいのだが、相手は王女でこっちは兵士に囲まれている現状で、その言葉使いはあまりに乱暴でなないかと。
ほら、お付きの騎士は笑顔で剣、柄に手を伸ばそうとしてる。
「おっしゃる通りです。私たちが貴殿方の事情を一切考慮せず、勝手な願いであることは承知しております。しかし、我が国が、我が国民が魔物の脅威から生き長らえるためにはこの方法しかなかったのだと、どうかご理解ください」
エルミナは悲しげに少し俯いた。
その空気を見て、苦笑する。
「桃流」
「なんだ?」
「僕はもう決めてるよ。お前が居てくれるなら、すごく心強い」
桃流がまた嫌そうにこちらを見る。
「正直、一人だったら今頃かなりビビってたと思う」
「……」
「だから一生のお願い。一緒にこの世界を見てみようぜ?」
桃流は数秒黙ったあと、大きく息を吐いた。
「……ったく。お前の一生は何回あるんだ? もう何回もお前の一生のお願いを聞いた記憶があるんだが」
そう言ってめんどくさそうに頭を掻く。
「分かったよ。どうせ三十一年は帰れないんだ、やるだけやってみるか。お前一人で行かせるのも不安だしな」
「流石、我が親友。そう言ってくれると思ってた!」
桃流の性格はこの20年で知っている。
何より困った人をほっとけない、僕がいなくても最終的にはこの異世界のために立ち上がっていたであろうさ。
誰よりも優しくて強い高潔な男であり、尊敬してる友達だ。
「勇者だか何だか知らんが、勝手に期待するな。やれる範囲で努力はしてやる。だいたい俺たちは魔法が使えないんだ。どうやって魔物とやらに対抗したらいいんだ」
桃流の返事に、エルミナは安堵したように微笑んだ。
「承知致しております。では、まずお二人にこの世界の者として生きるための力を授けさせてください」
「力?」
「この世界では、人は十五の歳を迎えると、女神様へ祈りを捧げます」
エルミナは静かに、足元の召喚陣とは別の、白銀の紋様が刻まれた祭壇を指した。
「その祈りに応じて、女神様は一人ひとりへ加護を授けられます。そして、その証として聖痕が身体のどこかに現れます」
「女神の加護かぁ」
思わず、口元が緩む。
魔法に、女神に、勇者、そして加護。
さっきまで冷えていた胸の奥が、また少しずつ温かくなっていく。
異世界で最初に手にする、特別な力。
エルミナは祭壇の前へ歩み寄り、二人を振り返った。
「どうか、壇上へ」
白銀の紋様が、淡く光を帯び始める。
才太は桃流と目を合わせた。
「ちょっとワクワクしてきた」
「俺はしない。加護とやらがどれだけ役に立つんだか」
さぁ、チート獲得イベントだ




