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白銀の祭壇へ近づくほど、空気が変わっていく。
壁際に控えていた兵士たちが槍の石突きを揃えて床へつけ、ざらりと金属が擦れる音を響かせた。
先ほどまでのざわめきを飲み込むように口を閉ざす。
祭壇の周囲には、見たことのない文字が幾重にも刻まれていた。
この国の文字だろうか、それとも魔法のルーンなのな。
読めないはずなのに、視線が触れた瞬間だけ、そこに刻まれた意味が胸の奥へ滲むような不思議な感覚がある。
祈り。
誓い。
導き。
そして、選定。
「こちらへどうぞ」
エルミナが祭壇の中央を指し示す。
その声には、さっきまでの切実な響きとは別の緊張が混じっていた。
王国の命運を賭けて呼び出した勇者の力が、いま判明するのだから。
才太は軽く息を吐き姿勢を整える。
異世界に来て最初の大舞台。
王女、騎士、将軍、魔法使い、貴族、兵士。
観客の数も、舞台装置の派手さも申し分ない。
緊張なんかよりもこれからの期待と興奮が抑えきれない。
「桃流はどんな加護が欲しい?」
「さぁな、とりあえず魔物とやらと戦えて生き延びる力なら何でも」
「まぁ、魔法使いとか賢者とかって柄ではないよね」
「お前は案外遊び人が似合ってるかもな」
軽口を言い合いながら、祭壇へ足を踏み出す。
白銀の紋様が、足裏から淡く光った。
その瞬間。
胸の奥で何かが鳴った。
鐘のような、弦を弾いたような、音ではない音。
未知や退屈から解放される音。
見えない糸が、自分の魂のどこか深い場所へ触れている。
先程の召喚された魔法陣ではない。
ここには本当に、神様とやらに繋がる何かがある。
そう思っただけで、背筋がぞくぞく震えてくる。
「お二方」
エルミナの声が響く。
「どうか、女神アルセリア様へ祈りを捧げてください」
「祈り、かぁ」
神様へ祈った経験なんて、初詣くらいのものだ。
家族円満、無病息災ぐらい。
そもそも今まで生きてきて神に縋る程の苦難に直面したことがない。
心願成就だろうが合格祈願だろうが、縁結びだろうが商売繁盛だろうが。
何をするにしても神様にお願いするまでもなく、上手くいってきた。
けれど今回は違う。
異世界。
勇者。
女神の加護。
ここまで神という存在を意識して祈ろうとしたことはは産まれて初めての事だ。
目を閉じた。
胸の前で両手を重ねる。
何を願えばいい。
世界を救う力?
魔物を倒す剣?
魔法を自在に操る才能?
それとも、誰もが振り返るほど圧倒的で、特別で、物語の中心に立てるような力?
そんなもの、今さら願うまでもない。
僕はきっと、この世界に呼ばれるべくして呼ばれたんだから。
祭壇の紋様が、ひときわ強く輝いた。
白い光が足元から立ち上がる。
天井へ伸びた光の柱が、ステンドグラスの虹色を飲み込み、謁見の間を神々しい白で満たしていく。
「おお……!」
誰かの声が漏れた。
老魔法使いが、震える手で杖を握りしめている。
兵士たちも、貴族たちも、皆が息を呑んでいる。
わかる。これは絶対にすごい。
光の中で、身体がふわりと浮くような感覚がした。
熱くもないのに、全身が温かい。
そして、白い世界の向こうから、誰かがこちらを見ている。
優しく。
厳かに。
けれど確かに、こちらを選んでいる。
来る。
勇者の力が。
さぁ、見せてよ女神様。
ーーーーーーしかし、 次の瞬間。
光が、才太ではなく、すぐ隣に立つ桃流へ流れ込んだ。
「……はい?」
目を開ける。
光の柱の中心にいたのは、桃流だった。
ん? いやいや、待った。ちょっと待った。
一回タンマ
どういうこと?
さっきまで僕の足元から出てた光、なんでそっちへ移動してるの?
「お、おい。どういう事だ?」
桃流自身も、困惑したように自分の周りの光を観察している。
白い光は彼の身体を包み込み、次第にその左眉の上へ集まっていく。
ぱちり。
「熱っ!」
小さな火花のような光が弾けた。
そこに、赤金色の紋様が浮かび上がる。
剣を握る翼のようにも見える、複雑で神聖な聖痕。
謁見の間が、爆発したように沸いた。
「正に言い伝え通りの聖痕だっ!」
「まさか……!」
「勇者の聖痕……、勇者様がお生まれになったぞ!!」
「おおおおおおっ!!」
兵士たちが歓声を上げる。
貴族たちも立ち上がり、歓喜の声をあげる。
将軍は拳を固め、老魔法使いは目元を押さえながら何度も頷いている。
エルミナは胸元に手を当てたまま、信じられないものを見るように桃流を見つめていた。
その瞳には涙が浮かんでいる。
「女神様……、ありがとうございます……」
対して才太は言葉が出なかった。
というのも思考が完全に停止。
桃流の左眉の上で、勇者の聖痕が淡く光っている。
勇者、桃流が。
よく考えるとそれは納得できる。
むしろめちゃくちゃしっくりくる。
強いし。
義理がたいし真面目だし。
困っている人を放っておけないお人好し。
自分より誰かを優先できる快男児。
さっきだって帰れないと聞かされて怒っていたくせに、最終的にはこの国の人たちを見捨てなかった。
勇者適性の塊みたいな男だ。
文句はない。
ない、けど。
……あれ?
じゃあ僕は??
さっきの神々しい光。
あのイベントは僕のじゃなかったの??
頭の中が真っ白になりそれ以上上手く思考を組み立てることができない。
「……あーー、才太」
桃流が、少し困ったようにこちらを見る。
周囲の誰もが彼を称える中で、こいつだけは真っ先にこっちの顔色を見ていた。
「桃流、勇者だって」
「……一応言っておくが、俺が望んだわけじゃないからな」
「もちろんわかってるよ。ユウシャオメデトー」
「いや、そんなまったく感情なく言われてもだな」
「いやいや、ほんとに。僕も友人として誇らしいよ」
「ものすごい不自然に笑顔なのが逆に怖いんだが……」
今の感情が嫉妬なのか失望なのかもわからない。
表情筋はちゃんと笑顔を浮かべているはず。
こんな時でも優雅な微笑みはたぶん崩れていないはず。
さすが僕。
……いやいや落ち着け。
勇者は一人だけじゃないかもしれない。
そもそも召喚されたのは二人だ。
加護を授かる儀式は、全員に行うものだとエルミナは言っていた。
だったら僕にも何かある。
勇者じゃなくてもいいじゃないか。
賢者とか。剣聖とか。大魔導士とか。大魔王とか。
「エルミナ王女」
その場の歓声を割るように、手を上げた。
「はい?」
「僕も、加護はもらえるんですよね!?」
「ええ、もちろんですよ」
エルミナはすぐに微笑んだ。
「この世界のすべての人は、女神様より何らかの加護を授かります」
「ですよね!」
よし。
なら大丈夫だ。
むしろここからが本番。
勇者が王道なら、僕は陰の主人公系の超レア加護かもしれない。
表では桃流が勇者として世界を救い、その隣で僕が誰にも知られず世界の命運を握る。
……うん。
かなりいい。というか、めちゃくちゃいい。
勇者とその親友。
表の主人公との裏の主人公。
物語としても美しい。
「では、天雪様も」
エルミナに促され、もう一度祭壇の中央へ立つ。
今度は、さっきより落ち着いていた。
というか落ち着いているんだか、緊張なのか、期待なのか、興奮なのか、怖いのか。
色々混ざりあった結果ある種の無の境地にあるかもしれない。
ただ当然の結果を受け取りに行くだけ。
さっきがたまたま桃流の番だっただけで、今度こそ僕の番だ。
目を閉じる。
白銀の紋様が足元から光を放つ。
さっきよりも柔らかな、けれど深い光。
膝下から、ゆっくりと白が身体を包んでいく。
ーーーー女神様、どうか、僕に特別な力をっ!
天雪才太、産まれて初めての神への懇願である。
光が強くなり、世界がまた白く染まる。
そして。
左手の甲が、熱を持った。
「……きたっっ」
見れば、雪の結晶にも、歯車にも見える小さな紋様が浮かび上がっている。
聖痕。
僕の聖痕だ。
よし。
来た!
光が収まるのも待ちきれず、顔を上げる。
「王女様っ!」
前のめりになる。
「僕の加護は、何ですか!?」
エルミナは、すぐに答えなかった
笑顔が少しひきっている。
迷っている? いや、違う。言いづらそうにしている。
「えっと……その……」
ぞわりと、いやな予感が背筋を這い上がる。
何か産まれて始めてのこと、僕のアイデンティティーを崩壊させるような。
エルミナ横から、リオンが一歩前へ出て覗き込む。
金髪碧眼の騎士は、左手の甲に浮かぶ聖痕を一度だけ確認し、淡々と告げた。
「それは、商人の加護だ」
……しょうにん?
「計算が早くなったり、物の目利きが利くようになったりと、何かと便利な加護ではあるぞ」
リオンは続ける。
「だが、この世界ではごくありふれた加護だ」
嫌な予感が、確信に変わりつつある。
リオンは残酷なまでにあっさりと才太に止めを刺す。
「まぁ、云わば『モブ』加護だな」
時間が止まった。
正確には、才太の中の何かが止まった。
も、もぶ……?
文武においていつも最高の成績を残し。
何事も全て上手くこなして完璧王子と言われ、
たまに写真を載せるだけの総SNSフォロワー数は300万を超え、
圧倒的ビジュアルで老若男女問わず笑顔一つで悶絶させてきて、
ついには異世界召喚までされた、この僕が。
もぶ? モブ? MOBU?
ーーーーーーこの僕がモブっ!?!?
心の奥で。
何かが、ポッキリと折れた音がした。




