66、頑固なサラと、新たなお隣りさん
「ミカン様、なぜ剣を持っていくんですかぁ?」
翌朝、黒服のグラスさんに剣を借りようとしていると、侍女のサラに見つかった。
「私、自分の剣が無いのよ」
「ミカン様が10歳になれば、旦那様から贈られますよ。ミカン様はまだ身体が小さいから、剣を装備して歩くのは危険ですぅ。転んだときに、鞘でお腹を打ってしまいますよ」
「転ばないから」
「ダメですっ! ダークロード家では剣の装備は10歳になってからと決められていますからね。サラが、エリザ様に叱られてもいいんですかぁ?」
(また、これだ……)
最近のサラは、よく同じことを言う。サラが叱られるからやめてくれと言われると、私が諦めることを知ったからだと思う。
「サラさん、確かにおっしゃる通りですが、これまでとは状況が変わりましたよ? 異世界人の監視に行く役割をミカン様が担われているのですから、剣はある方がいいかもしれません。しかも今日は、監視時間が長いのですから」
グラスさんがそう反論してくれたけど、サラはこういう点に関しては頑固だ。口をへの字に結び、首を横に振るだけだった。
確かに、子供に剣を装備させないのは、正しいことだと思う。これは、サラが言った理由とは関係ない。剣を装備していると、ケンカを売られることも増えるし、何より剣を奪われることがあってはいけないからだと思う。
騎士貴族であるダークロード家は、剣をとても大切にしている。黒服が使う剣にも全て、ダークロード家の家紋が刻まれているそうだ。
だから、剣を奪われて何かに悪用されてしまう可能性も考えて、ダークロード家では、10歳になってからと決めているらしい。
私は、家紋のない剣を使えばいいと、サラに反論したことがあったんだけど、めちゃくちゃ叱られたっけ。ダークロード家の誇りがどうのと、珍しく正論で説教をされた。
サラは、私の専属の侍女であり、教育係でもあるらしい。確か、私の使用人はエリザが選んだのだったと思う。だから、エリザから命じられたことは、サラは絶対に曲げないのよね。
私の異空間収納に、剣が入ればバレないんだけどな。異空間収納は、誰もが生まれ持つものだけど、子供は容量が少ないから、ほとんどの人は身分証のカードとお金しか入れないらしい。剣みたいに質量の大きな物は、無理だよね。
時雨さんが、魔法袋に剣などをいれて、その魔法袋を異空間収納している理由は、それみたい。魔法袋の質量だけで中身はカウントされないから、整理もできて一石二鳥だと言ってたっけ。
(まずは、魔法袋の入手かな)
「じゃあサラ、私、ちゃんとした魔法袋が欲しいの。使い捨ての魔法袋しか持ってないって、恥ずかしいよね?」
私がそう言うと、サラは、一瞬キョトンとした。でもすぐに、表情を引き締めた。
「ミカン様、魔法袋を装備してグラスさんの剣を入れて、知らんぷりして出掛けるつもりですね? サラは騙されませんからねっ。魔法袋は、その服に似合いませんよ。リュックの方がかわいいじゃないですか」
(鋭いな……)
だけど、サラは少し甘い。私は、魔法袋は装備しない。剣を入れた魔法袋を異空間収納して、リュックを背負って出掛けるつもりだったんだから。
グラスさんの方に視線を移してみたけど、苦笑いをして頭を下げられてしまった。サラがここまで言うなら、グラスさんにこっそり借りるのは難しそう。
(りょうちゃんに借りよっか)
コンコン!
あっ、パン屋さんかな? このアパートには、不定期に、パン屋さんが焼き立てパンを売りに来る。たぶん配達のついでに他の部屋を回っているのだと思う。
扉の前にいた黒服が、扉を開けた。
(えっ? りょうちゃん?)
「おはようございます。昨夜、お隣りに引っ越してまいりました。私はリョウと申します。後ろの者達は同居人です」
(お隣り? レグルス先生の部屋だったとこ?)
りょうちゃんは、当たり前だけど神託者の服ではなく、女装もしてなくて、白い騎士風の服を着ていた。なんだか別人だな。ここからでは見えないけど、使用人もいるみたい。
「ミカン様、お隣さんがご挨拶に来てくださいましたよ」
サラではない方の侍女が、慌てている。黒服の一人も、平静を装ってるけど、なんだか慌ててるみたい。
(どうしよう?)
私はサラにリュックを渡して、りょうちゃんの方へと歩いていく。知らない人のフリも変かな? りょうちゃんに合わせようか。
「おはようございます。ミカン・ダークロードさん。お隣りに引っ越して来ました。よろしくお願いしますね」
(どっちなの?)
りょうちゃんは、初めましてのフリをしているのかな。
「おはようございます。リョウさん。ミカン・ダークロードです。よろしくお願いしますわ」
「ぷぷっ」
(りょうちゃん?)
私がちゃんと挨拶したのに、りょうちゃんが笑ってる。私が睨むと、彼はコホンと咳払いをした。
「ふふっ、失礼しました。ミカンさん、知らない人のフリをしないでくださいよ。寂しいな〜。今日、デートの約束をしてたじゃないですか」
(デートって……)
皆の前で変なことを言うから、一瞬、焦ったけど、使用人達はデートという言葉の意味は知らないよね。何かの約束があったことは、わかったみたいだけど。
「だって、なんだか別人だもん」
私が急にタメ口になったからか、さっき慌ててた黒服がコホンと咳払いをした。失礼な話し方だった? でも、りょうちゃんだよ?
「ミカン様、彼は確か、王家の家庭教師もされている学者様ですよ。家名を名乗られていませんが、身分のある方です。ほら、使用人の方々の紋章を見てください」
サラではない方の侍女が、小声で教えてくれた。
(学者さん?)
りょうちゃんの後ろには、女性2人と男性1人がいた。3人とも私服っぽく見えるけど、胸ポケット部分には『フィールド&ハーツ』のゲームロゴみたいな刺繍がついている。
そういえば、このゲームロゴって、身分証のカードにも記されてるよね? 何かの紋章だっけ?
「異世界人との交流と監視が、今の私の仕事ですよ。そのために、こちらに引っ越してきました」
「ひゃ、す、すみません」
侍女が慌てて、ぺこぺこと頭を下げている。
「ふふっ、聞こえてしまいました。あぁ、それから、彼らは王家の使用人ですが、私が借りた部屋が広いので、空き部屋を貸しているだけです。今の私は、異世界交流の監視委員会の仕事を請け負った冒険者のようなものですから」
(王家の使用人と、ルームシェアしてるの?)




