第7話 何が、これしかねえんだよ、なわけ
トラが——縮みかけの、まだ牛くらいある図体で——あたしの足元に伏せて毛づくろいを始めた頃、後ろでシュンが起きた。カメラを拾いながら、ぼそっと言う。
「……何がありました」
「令嬢がキレて、トラが猫に戻りかけてる」
「要約が雑すぎます」
「じゃあ詳しく」
「いや、いいです。無事なのが一番なので」
「ごめんねー、シュンがまた気絶しちゃってたの」
カメラに向けて言った。『また』『また?』『常習』。そのまま流す。
「で」
段ボールの上に落ちたままの男を見下ろして、しゃがんだ。目線を合わせる。
「何が、これしかねえんだよ、なわけ。言ってみ。こっち、そういうの得意だから」
男はしばらく黙ってた。段ボールから降りて、地面に座り直して、膝を見たまま喋りだした。
「娘が、七つで。ダンジョンになった日から、飲ませてた薬が切れてるんです」
さっき怒鳴ってた人と、別人の声だった。
「宮益坂の裏に、診てくれる先生がいます。薬じゃもう抑えられないから、手術しかないって。ただ、その手術に要るのが金じゃないんですよ。物なんです。魔族の街でしか採れない薬草と、それを煎じられる人と」
「探したっしょ、そりゃ。どこ回ったの」
「半年。ドンキにも、ドラッグストアにも、百軒店の薬屋にも、ないって言われました」
え、待って。金じゃなくて、物?
じゃあこの人、貧乏で詰んでるんじゃないじゃん。要るやつがどこにあるか分かんないだけでしょ。持ってる人とこの人が、まだ会えてないだけ。
城でも見た。倉が余ってる村の、三つ隣で人が飢えてた。あれも結局、間が繋がってなかっただけ。
男が自分の手を見た。猫に引っかかれた線が、まだ赤い。
「昨日、センター街の入口で声をかけられて。そこの猫は珍しい種類だ、交差点の亀裂の下にいる、連れてくれば全部揃えてやる、って」
「で、その筒、借りたと」
「……はい」
青く光る筒を、投げるように置いた。
シュンが筒を拾い上げて、ためつすがめつする。
「見慣れない魔具ですね。……あの、これ、鳴ってません?」
耳を近づける。低い音。あたしにも聞こえた。谷の、もっと下のほうに向かって、何かを呼んでるみたいな音。
「……それ、あとで考えよ」
「あと、令嬢。そのセンター街の人、なんで猫が亀裂の下にいるって知ってたんですかね」
「……あー」
言われてみれば。
でも今は、この人の娘の話だ。
「シュン、その筒しまっといて」
あたしは埃を払って立ち上がった。シュンからカメラを受け取って、レンズについた埃を、息で飛ばす。
「シュン。いま、何人見てる?」
シュンがスマホを見て、少し黙った。
「視聴者数、千、超えてます。ここに入る前、四百二十だったのに。……何する気ですか」




