第14話 手の続き
来るなって言われて、行かなかったことはない。だから、あたしたちはハチ公の台座の裏に回った。
地下へ降りる階段が、口を開けてた。その前に、若い男女が二人立ってる。二人とも区役所の腕章をつけてて、やたら姿勢がいい。手は、腰の無線に置いたままだ。
「誰も、入れません」
女のほうが言った。声だけは丁寧だった。あたしの顔を見て、それからシュンのカメラを見た。知ってる顔を見るときの目だった。配信、見てんだ。
ふうん。
「入るんじゃなくて、迎えに行くだけ。帰りは、ちゃんと上がってくるから」とあたしは言った。
女は返事をしなかった。かわりに、男のほうと目を合わせた。
階段の下から、風が上がってくる。リリーが鼻をひくつかせた。凪のスニーカーと同じ匂いがするらしい。
「令嬢。亀裂は誰でも降りられるのに、なんでここだけ」
シュンがカメラを構えたまま聞いた。
「あっちは穴。ここは階段」
「……なにが違うんですか」
「穴は落ちるだけ。階段は、どっかに着く」
言ってから、自分でちょっと納得した。
凪の手を取る。まだ冷たい。
「じゃ、この子はあたしの手の続き。シュン、あんたはその続き」
「はい?」
シュンが、凪の空いてる手を渋々つかんだ。リリーはあたしの肩の上。あたしたちは三人と一匹で、階段の一段目に足をかけた。
女の人の手が上がりかけて、途中で止まった。あたしたちには触らない。二段目に降りても、誰も止めなかった。
「令嬢、いま区役所を顔パスしました」
「パスしてない。迎えに行くだけ」
振り向くと、二人は顔を見合わせてた。男のほうが無線を口に当てて、小さく言った。
「……主査に報告を」
主査って、たぶん役所のえらい人。城でいうと、執事長くらい?
カメラの画面の端を、コメントが一件だけ流れていった。
『あかりちゃん、そこ入っていいやつ?』『手、映ってる』
階段を降りきると、匂いが濃くなった。埃の匂いじゃない。渋谷の、もっと古い時代の匂いがする。
ホームだった。灯りは消えてるのに、壁の看板だけは読める。東急文化会館とか、丸い屋根の五島プラネタリウムとか、昔の渋谷にあった建物の看板だ。写真でしか見たことない渋谷が、時代をばらばらにしたまま並んでる。
シュンがカメラを向けた瞬間、プラネタリウムの看板が、ほんの一瞬だけ、今のスマホの広告に変わった。それから、また丸い屋根に戻った。
「令嬢、ここ、何年ですか」
「知らない。数えたら負け」
「プラネタリウム、やってますかね」
「やってたら行く気? 今? のんきすぎ」
凪が、あたしの手を離した。
ホームの端に、ヘルメットが落ちてた。あご紐が片方切れてる。凪がそれを拾うと、その下に、首から下げる職員証が落ちてた。
職員証の写真は、凪が持ってた写真と同じ顔だった。名字も、凪と同じ。裏には、三十七という番号が書いてある。
「……ここを、通った」
凪の声は、震えてなかった。半年待つあいだに、泣くのはもう済ませたような声だった。
凪がヘルメットをひっくり返した。内側のバンドに、マジックで『凪 入学式 行く』と書いてある。お父さんの字だ。
「……来なかったくせに」
凪はそれだけ言って、ヘルメットを両手で抱えた。離さない。
あたしは凪の肩をぽんと叩いた。
「通ったね、ここ。じゃ、まだ先があるじゃん。今から文句言いに行こ」
凪は少し考えてから、そのヘルメットを自分の頭にかぶった。ぶかぶかで、目のところまで落ちてくる。
「似合わな」とあたしが言うと、凪は「……知ってる」と返した。
「でも、かぶっとけば。頭守るやつだし」
凪は、あご紐の切れてないほうを、ぎゅっと握った。
線路の奥は暗い。その暗いほうから、音がした。
鉄が鉄をこする音だった。渋谷が飲まれた日から一本も走ってないはずの、地下鉄の音。
凪が顔を上げた。「聞こえる」
「……あんたにも聞こえるんだ」とあたしは言った。
音が、近づいてくる。




