第10話 爪で分かる
机の前で、ゴブリンと人間の女の子が、おでこがくっつきそうな距離で睨み合ってた。
「先に占わせろ」
「あたしが先に並んだんですけど」
朝の道玄坂。石畳の上で、串屋のミノタウロスが炭をあおいでる。生ミルクティーにストローを刺す前から、これ。
「令嬢、昨日の夜の二件です。万引き犯を占ってほしい人と、置き忘れた店を占ってほしい人」
シュンが三脚の脚を伸ばしながら、淡々と言った。
「同じ店っぽいって言ってたやつ?」
「はい。本人どうしが、同じ朝に来ちゃいました」
カメラの赤いランプがつく。コメント欄が流れはじめた。『昨日のサーベルタイガーいる?』
「いるよ。ほら」
膝の上で丸くなってた猫を、カメラに向けた。リリー。昨日の帰り道に勝手についてきて、そのままうちの子になった。リリーは大きなあくびをして、膝から降りて、机の下に潜っていった。
「じゃ、二人とも座って。順番に話して」
座らなかった。立ったまま、二人で喋りはじめた。
「宇田川町で古着屋やってる。センター街の裏」
ゴブリンが先に言った。腰に値札ガンを下げてる。
「あたし、そこの常連です。ダンジョンになる前から」
女の子がかぶせた。大学生くらいで、ロングカーデの袖からピンクベージュのネイルが覗いてる。
「この客が試着室に入って、出てきたら、黒い革のジャケットが消えてた。毎週来て、毎週着て、毎週買わねえ客だ」
「試着室に戻しました。ハンガーに。店が片づけたんです」
「片づけてねえ。あの日、店にいたのは俺とあんただけだ」
「待って。それ、いつの話?」
店主が、少し黙った。「……しばらく前」
「しばらく揉めてたんだ」
二人とも、目をそらした。
「疑われたままじゃ、もうあの店に入れないんですけど」と女の子が言った。
「だから占えって言ってる」
「だから占ってって言ってるんですけど」
「おっけ。じゃ、爪見せて。二人とも」
「なにそれ」
二人の声が、きれいに重なった。コメント欄に『悪役令嬢の裁判はじまった』。
「裁かないし。占うだけ。ネイル占い、うちの流派。手、出して」
まず店主の手を取る。小さくて硬い。爪が短い。切って短いんじゃなくて、先が薄く削れてる。指の腹でなぞると、ざらっとした。
ゴブリンは、爪で布をなでると、前に着てた人の癖が分かる。この街で古着屋やるなら、それが要る。
「これ、生地を読む爪じゃん。毎日、山ほど触って値段つけてる手」
店主が、少しだけ目を上げた。
爪の溝に、金色の短い毛が一本挟まってる。それと、匂い。コンビニのサラダチキン。
「猫、飼ってる?」
「飼ってねえ。朝、店に来てた。サラダチキンやってた」
「来てた?」
「最近、来ねえ。……買うのは、やめてねえけど」
ふうん。
次は女の子の手。ジェルはきれいに塗ってある。でも根元が伸びてて、塗ってからだいぶ経ってる。そのジェルの下に、同じ金色の毛が一本、閉じ込められてた。手の甲には、薄くなった引っかき傷の跡。
「二人とも、同じ猫触ってるじゃん」
女の子の指が、ぴくっと動いた。
「この毛、ネイル塗った日に抱っこしてたでしょ。毎週通ってたの、ジャケットじゃなくて、その猫に会うためだよね。試着は口実」
「……関係あります?」
「ある。店主は、あんたがジャケット目当てで来てると思ってた。違うのに」
店主が女の子を見た。女の子は、見なかった。
『探偵じゃん』『占いどこいった』
「占いです」
目を閉じる。千里眼をひらくと、坂の上から下まで、路地が一本ずつ明るくなっていく。その中から、ジャケットの足取りだけを拾う。
試着室の床に落ちてる。それを、何かがくわえて引きずっていく。裏口。宇田川町の細い路地を、シャッターのスプレーの絵の前を通って、センター街の裏へ抜ける。道玄坂の石畳に出て、下る。下る。
止まる。ここ。
「……え」
目を開けて、二人を見た。
「どっちも嘘ついてない。店主は片づけてないし、あんたは持って帰ってない」
女の子が店主を見た。店主も女の子を見た。今日はじめて、睨んでない顔で。
コメント欄の流れが急に速くなる。視聴者の数字も、朝にしては見たことない伸び方をしてる。外の人も、この揉め事の続きが気になってるんだ。ちょっと、うれしい。
「じゃあ、誰が」と店主が言った。
あたしは答えないで、椅子から腰を浮かせて、机の下を覗いた。
袖が一本、はみ出してた。
あたしの渋谷ダンジョンライフは今日も楽しい!




