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奴隷魔法の優先順位は、レベル依存である。
ホワイトという男に奴隷魔法が通じなかったことは、凪にとっては予想通りであった。本当にこの男がこの世界の作り主ならばそれくらい当然だろうと考えていた。自分に効かなかった理由はわからずとも、彼には戦闘準備ができていた。
ホワイトにとって奴隷魔法が通じなかったことは、全く予想外の事態であった。ホワイトはこの失敗作の世界を放置して以降、時空を操り更に4つの世界を作っている。魔物もそのデザインの過程で飽きるほど殺してきた。どう考えてもレベルはホワイトのほうが上で間違いない。
にも関わらず、互いに奴隷魔法は効かなかった。
先手を取ったのはどちらだったかは言うまでもない。
無防備な胴に向けて、凪は引き金を引く。
硝煙と血が飛び散った。
「いってえええ!?」
ホワイトは叫びながら大慌てで治癒術を回して止血し、瞬時に空に浮かび上がる。
「てめ……転生者ごときが調子こいてんじゃねえぞゴラア!! いいだろう! 教えてやるよ! 僕が、何者かをな!!」
「知ってるよ」
凪は、口元だけ歪ませて、また狙いをつける。
「ただの性犯罪者だろ」
第二射を撃つ。
ホワイトは、それを片手で弾いた。
「……フン。こんな木っ端世界でゴブリン殺して無双気取りか? 見せてやるよ、本物のチートってやつを」
ホワイトは虚空から杖を取り出し、呪文を唱える。
『我、始源の転生者、時空を旅せし孤独なる大魔の主、その名に於いて命ずる……久遠の空を舞う闇の子ら、顕現し蹂躙せよ!』
新月の空に歪みが生じ、内側から翼を持った黒い魔物が現れる。
ドラゴン。
この世界にいたベータ型のものたちよりも、更に大きい。
5、6、7体と数を増やしていく空の悪魔たちを見上げながら、凪は、心の底から笑っていた。
物語など、これくらい単純でいい。
全力で、クズを、ブチ殺す。
それだけが、レイプから生まれる、唯一の娯楽。
「そう……結局俺も、楽しみたいだけなんだよ……凌辱で」
*
所詮は、こんな狭い世界で雑魚を殺していただけの雑魚。
そう思っていながらも高空にまで逃げた自分のことを無視しながら、ホワイトの思考はその雑魚の言葉にハッキリとかき乱されていた。
ただの性犯罪者。
唐突で、不可解な言葉だった。なぜいきなりそんなことを言われたか、まるで理解ができない。4つの失敗作を経て出来た最高の異世界の中で、50年以上最強として生きてきたこの男は、性犯罪者か否かで言えば性犯罪者だろう。だが、彼はそういうレベルの存在ではない。少なくともそう自覚していた。
ときには創造主。
ときには魔王。
ときには英雄。
自分で作った理想の世界でトリックスターとして生きてきた時空の道化師、ホワイト様。
それを、性犯罪者?
このゲイは何を言っているんだと考えてから、ホワイトの頭に一瞬、違う可能性がよぎる。
だが考えるより先に、耳元を凄まじい威力の弾が掠めた。
通り過ぎてから、信じられないほどやかましい発射音が聞こえる。
暴風。
「は……?」
——今のは、フェミニストの弾?
それにしては威力がおかしい。
そもそもなぜこちらが見えている?
スナイパースキルを積んでないのに、なぜあんなハンドガンを掠らせられる?
考えながら慌てて空中浮遊のレベルを上げて更に高度を上げながら、ホワイトは改めて下界を眺めた。
魔王城の建つ山に、大型の魔物が集まっている。ボスかと思ったが、それにしてはデザインに見覚えがない。この世界に自分が作った以外の魔物がいること自体がそもそも異常なのだ。例えばあの腹と頭だけ膨れた火男のようなあいつは……。
火男の腹には、裂け目が見える。その中に痩せた奴隷たちが次々と飛び込んでいる。
衝撃。
召喚していた邪竜の一匹が突如、撃ち抜かれた。
轟音。
波紋。
(だからなんで当たるんだよ……!)
本来、フェミニスト一発程度では決して堕ちないはずの竜の体が簡単に堕ちていく。
あれはいったい……、
ここでホワイトは、少し冷静になった。改めて先ほどの火男を見ると、太い体で苦しそうに地面に突っ伏し、口からゲロゲロと何かを吐き出している。
身体強化魔法『サーチアイ』を起動、ズームアップ。
吐いていたのは、元は人間だった血肉の塊だった。
……フェミニストは、胎児の魂を撃ち出す銃である。
あの火男の魔物は、改造された元人間の奴隷であるという。
その体内に、複数人の「命」を突っ込んで、「巨大な一つの魂」とカウントさせて弾の威力を上げているとすれば……。
「……正気か?」
ホワイトは我知らず呟いていた。先程堕ちた邪竜は、しかしそれでも神話七代竜の眷属を務める一匹であり、流血しながらも地上スレスレでバランスを取り戻す。
その体を、突然巨大な『腕』が掴んだ。地面から腕が生えているかのような異様な姿の魔物だった。
だが、そういうマドハンド的な、生物として矛盾している存在は本来作り得ない。
またサーチ、映像がアップになる。巨大な腕としか言いようのないそれは、単一の魔物ではなかった。組体操をする男たちを無理やり溶接し、腕の形に編み込んだような、奴隷の集合体だった。
飛び立つのを邪魔された邪竜に次々新しい奴隷たちが飛びかかり、アリが蛾を狩るように地面に縫い付ける。
それも、おかしい。
所詮は奴隷の一匹一匹がそんなに強いはずはない。
全員が地球出身の転移者でもない限り——。
〝ただの、性犯罪者〟
「……そういうことかよ」
ホワイトは舌打ちをした。全て理解した。なんだ、発想が人間的すぎて芸術性がないじゃないか——そう思いながらも、その徹底して肉々しい悪意に、直近20年は感じていなかった鳥肌を覚えていた。
ここはかつて、彼が魔物の数を制御できず制作を投げた世界であり、奴隷魔法と幾つかの魔道具くらいしか用意してない作りかけの失敗作である。
彼は諦めたのだ。
そんな世界を、奴隷魔法とフェミニストだけを使って攻略していた男——。
「ふーん……それで犯罪者集めてるってわけか。いや、性犯罪者か」
余裕ぶっていながら、ホワイトの声は少し震えていた。自分より狂っている……そう感じさせられたことがこの上ない屈辱だった。
これまで、遊び半分で世界を作ってきた。様々なやり方で女を辱め、男たちの恋人を奪ってきた……ただの、遊びで。
史上最悪の愉快犯、ホワイト。
彼は自分をそう定義してきた。
また竜が撃たれ、銃声が遅れて響く。件の男は小賢しくも一射ごとに場所を変えている。高く飛びすぎたせいで見失ってしまった。速すぎる弾の軌跡を正確に読むのは難しい。
「眷属風情じゃ相手にならないって? しゃあねえなぁ……」
また、ホワイトは杖を掲げた。
「格の違いを見せてやるよ……」
『我、始源の転生者、時空を旅せし孤独なる大魔の主、その名に於いて命ずる……久遠の涯にて微睡む大蛇よ、天地の狭間、その尽くを喰らいつくせ……!』
*
巨大な閃光。
膨大なエネルギー。
凪は空を見上げて、立ち尽くした。
夜空を丸ごと引き裂くような、彗星のような赤い裂け目の奥から出てきたのは、この不完全な世界にはまるで似つかわしくない荘厳さを備えた巨竜だった。左右に3つずつ、計6つの翼を持つ、紫色の大蛇。小さく見積もっても数百メートルはある。
そんな、神のような魔物が、ちっぽけな魔王城をただ悠然と見下ろしていた。
「流石に……きちいな」
凪は木に凭れながら、柄にもなく独り言ちる。腕がひどく痺れていた。6倍の6倍の威力の弾は流石に彼の体にも負担が大きい。一発撃つたび肘と肩がへし折れるか骨が突き出すかしてしまうのを無理やり治し続けてきたが、徐々に再生が遅くなっている。
フェミニストには、元々威力が二段階ある。奴隷の内臓を弾にする通常弾と、およそその6倍の威力を出せる命一つ分の強弾……凪が新しく作り出した腹の膨れた巨人『ママ』は、その体に入れた成人男性たちを胎児と判定させることでさらに6倍の威力まで叩き出せるが、一発ごとに6人も殺していては流石にストックが保たない。
二日前に出撃した頃には千体を超えていた奴隷も、もう全部で300体ほどになっていた。
凪自身、いい加減体がカラカラだった。もう唾も出ない。一度でも目を閉じれば気絶してしまいそうなくらい肉体がへばっていた。
「お前ら元気かー?」
おかしなテンションで、凪は生き残った奴隷たちに話しかける。
「凪の旦那……もう、これ以上は……」
近くを這っていた、足の千切れたレイパーが言う。時々こうやって口を開かせないと、そもそもこいつらが人間であることを忘れてしまう。そいつはまだ若い男で、ケンタウロスの下半身とどこかでお別れしたままここまで這って来たようだ。全身が血と泥で野糞のように汚れていて、初めて会ったときのミシェルのようだった。
「いいから苦しめよ」凪は吐き捨てる。「どうせ……もうちょいで死ねるんだから」
大蛇は羽ばたきもせず空に浮いたまま、鎌首を持ち上げ、顔の前に青白い火球を生成し始めている。竜そのものよりも更に大きい。超新星が爆発したように一気に世界が明るくなり、まばゆい閃光が夜を満たす。
それは、避けられぬ破滅の宣告だった。
相手は、この世界の創造主。いかに拙い男だろうと、力は本物——。
だが凪は、「諦める」という言葉が「死ぬ」とほぼ同意義の男だった。
そうでなければ救えない世界だったろう。
凪は再び銃を構える。
ダダっと、袋を持ったケンタウロスがようかく彼のもとに駆けてきた。投げ渡されたそれを開き、中身を取り出す。
念の為持ってきていた、生きている生首。
50メートルの腸。
凪は、『ママ』由来の弾を何発か撃って、わかったことがあった。
理屈など知らないが、そもそも複数人分の命を「体内の一つ」と数えられさえすれば威力は上がるのだ。中身が腹からはみ出ていても問題はない。
這っていた男の背後に、人の形を保っていた奴隷が並ぶ。6の、6倍の、6倍の、6倍。泣いている216体の奴隷が一直線に山を囲む。
「口を開けろ」
さっきの這いずり男が開けた口に、腸の端を飛び込ませた。男の目玉がボコンとくぼみ内側に消える。口が裂けて腸が体内に侵入し、紫の光が肛門を通して次々に連鎖していく。
これまで何人となく性犯罪者を改造し続けたことで、凪の奴隷魔法の練度は飛躍的に上昇した。今なら一気に繋げられる。
30秒後、〝大ムカデ〟が、鎖のように大きくうねった。遙か先で跳ね上がった『尻尾』の先端を操作し、瀕死のママの腹に飛び込ませる。
凪は銃を構えた。
「嗚呼……ちくしょう」
真っ黒な煙を指から取り出し、弾として装填する。
「こいつらもっと苦しめられるのに……もったいねえ」
凪は引き金に指をかけた。
ゾッとする、悪夢のような威力の予感。
それでも凪は、凪だった。
*
最初は、プチュッと湿気った音だった。
200を超す日本人の男が同時に肉塊となって潰れる音。
木々が、地面が、岩が砕ける。
内臓一つで1、人一人で6、6人分で36、36人分で216、その6倍、1296倍の威力で放たれた『フェミニスト』の最大威力。
射撃地点を半ば焦土にするような、弾道ミサイルのような一発が、空に向けて撃ち出された。
空間を歪ませ、マッハを置き去りに放たれたその弾丸により四方200mの森が発火し、続く風圧で一瞬にして鎮火する。
宇宙を貫く、怪物浅川凪、最強の一撃。
弾道上の竜を……すり抜けた。
「はいざんね~ん、幻でした~」
ホワイトの、嘲る声。
降り注ぐ雷。
凪にはもう、何も聞こえていなかった。




