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異世界と性犯罪者が嫌いです。〜ざまあごときじゃ済まさない〜  作者: 小村ユキチ
祝祭

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38/43

4


  どうして忘れてたんだろう?





 センターの中に入ったとき、その場がとても静かに感じたのをテツジは覚えている。普段彼が立ち入るときは、必ず性犯罪者の誰かがここで拷問・改造を受けていた。


 誰もいない神殿は、まるで鏡面から迷い込んだ異界のような別世界だった。


 こびりつく悪臭と拭えない流血の跡が、彼と彼の心を覗き込む。篝火かがりびのようなオレンジの光が漂う神殿はいつになくおどろおどろしく、テツジがこの不完全な世界で見てきたどんなものよりも正しく「異世界ファンタジー」を演出していた。


 この世界はダークファンタジー。


 彼はそれを思い出す。


 センターの中央には、ピラミッド状の祭壇がある。入口からは石の橋でその祭壇の最上部に直接行ける構造だ。


 入り込む冷たい風と、硬い足音。ささやく虫。


 テツジはうららの名前を呼ぼうとしたが、声は音になる前に消失した。


 うららが、いる。


 祭壇中央の台……普段は凪が手術台に使っている大理石の上に、彼女は寝ていた。


「う——」


 また声を出そうとして、失敗した。


 一瞬心が駆け寄るのをためらう。


 体は迷っていなかった。





  想像したことはあったはずだ





 祭壇の上にいた彼女は、ほとんど裸だった。スカートは脱がされ、上着は乱雑に破られている。

 胸——色はまだ違和感があったが皮膚はほとんど再生し、徐々に膨らみ始めていたはずの乳房が、また全て溶けて腐ったように黒ずんでいた。


 彼女は血を流していた。


 股と、口と、腹から。


 近寄るにつれ、それがわかった。


(……うそだ)


 テツジの視野の端、台から少し離れた位置に、茶色い毛の塊が転がっている。それも血で汚れていた。まったく動く気配はない。


 完全な確信がつくほどではないが、もし道端で見たとしたら、彼はそれを「犬の死体」と呼んだだろう。


 台の上の()()に関しては、もはや疑う余地はなかった。


 うららは歯をむき出していた。


 日本で一番可愛い少女の顔……、


 その唇がずたずたに噛みちぎられ、赤く汚れた歯が入れ歯のようにすべて露出している。片目は異常に腫れ皮膚が青白く変色し、濁った眼球は微動だにせず眼窩のくぼみの中に沈んでいた。


 ピクリとも動かない。


 うららが、そこで、死んでいた。





  本当に起きたら、こうだってこと





 頭が真っ白だった。現実を認識することを脳が拒否した。普段はやかましいくらいに色んなことを考える彼の頭脳あたまが、このときばかりはなんの信号も発さなかった。


 良いことだったはずはない。


 すぐに彼は気がつくべきだった。


 彼女の首に巻き付いている、黒い首輪の意味に。


 自失していた彼の肩に、トンと触れる手。


 発狂するような速さで振り返った先にあった()の顔を、テツジはすぐに思い出すことができた。


 それはフクロウを殺したときに見た幻覚の男。


 髪もヒゲも伸びているが、間違いない。


 つまりは結局……全く知らない「どこかの誰か」だった。





 ここで、物語は霧島哲司の視点を離れなければいけない。物語の禁を破ってでも、この男の正体を開示せねばならない。

 そうでなければ何も知りようがないだろう。


 その汚れたデニムジャケットを着た男は、いわば()()()転生者だった。浅川凪や霧島哲司、辻小春花つじうららか、その他あらゆる性犯罪者たちのような『転移者』ではない。最初の男と同じ『正規ルート』でこの世界に現れた男である。


 つまり彼は現世で死に、その上で奴隷魔法と30~50レベル相当の経験値《Exp》を持ってこの世界に生まれ変わった、正しい意味での『転生者』だった。


 本来、この世界には、正規の転生者の空白が半年続く場合は新たな者が無作為に選出されるシステムが存在している。彼らは例外なくダンジョンの中、チートアイテムの詰まった宝箱の前に『スポーン』するが、大半の宝箱は竹林と地形崩壊に飲まれ地下に眠っているため発見することができない。

 ゆえにほとんどの正規転生者は誰も知らぬところで朽ち果て、凪が産んだ夥しい奴隷の死体に混ざって消えていった。


 この男は、本当にただの偶然、木の根の隙間に宝箱の蓋が少しはみ出ているのを発見できた生き残りだった。宝箱に入っていたのは、『ゴクリの指輪』。めたものの姿を隠す魔法の指輪。

 フクロウの霧はその姿を周囲のものに暴き出すための『カウンター』。

 こんなことは誰にも知りようがないこと。


 つまり、このヒゲを生やしたみすぼらしい日本人の男は、これまでこの世界で起きていたあらゆることにまるで関係がなかった。せいぜい生きていくためにパンを盗んでいただけ、フクロウの襲撃の折に一瞬だけテツジに目撃されただけである。彼は凪の奴隷たちに対する扱い――すなわち日本人の男たちが悲惨に改造された姿――を見て、この世界の住民の前に姿を明かすことを諦めていた。


 恐ろしかったのだ。


 凪の奴隷にされることが。


 ——以上がこの男の全てである。

 説明できるようなものなど何もない。

 彼は地震と魔物の大量出現に錯乱し、この世界はなくなると思った。ならばこれが最後のチャンスと、かねてから機を伺っていた辻小春花という〝日本で一番かわいい〟少女に襲いかかった。


 それが、全てだ。


 そういうものなのだ。


 ただ突然他人の前に現れ、


 ただ突然他人の人生を踏みにじり、


 時として、奪い尽くす。


 つまりは、ただの、〝性犯罪者〟である。





 二人の男の息遣いが、センターの中をコウモリのように木霊こだまする。


 眼の前にいる男がなんなのか、テツジは完全な答えなど持たない。


 わかるのは、凌辱。


 見えたのは、殺人。


 それだけは疑いない。それ以外はわからない。


 残された人間には、それ以外……。


 テツジは、つい10分前まで自分がいた『世界』を思い出す。そこは魔物がいて、汚くて、厳しい現実に取り囲まれていたが、そこにいる人々は優しかった。

 みんな生き残るため、互いに協力しあい、懸命に力を出し合い、祈りを紡いでいた。


 だがなぜ、忘れていたのだろう。


 その世界を囲んでいたのはいつだって、彼らだった。


 理解は遅きに失した。


 なぜならすでにテツジの首には、奴隷の首輪が出現してしまっていたから。


「き、効いたぁ……よかった、よかった、よかったよかったよかった……」


 男は心底ホッとしたように脱力する。


「お前は……」

「うるさいしゃべるな!! 動くな! 剣を捨てろ!」


 ビタッと口が閉じ、剣が指から滑り落ちた。

 この時の不快感は、とても言葉で言い表せられるものではない。

 ありえないほどの屈辱だった。


 男の口には、赤い血を乱雑に拭った跡がベットリと残っている。テツジはそれを見つめる。


 こいつがうららの唇を噛みちぎった。こいつがうららの腹を刺した。こいつが、ミシェルを殺した。


 だが、こいつは誰だ?


 彼は必死にそれを考えた。頭がバグっていた。あまりにもどうしようもない理不尽に、何か意味があるはずだと無意味に思考を巡らせた。


 男は何度も咳き込みながら、地面に突っ伏して唾と痰を吐き、何事かわけのわからないことをブツブツつぶやき続けている。その間もテツジは、今にも全てを放棄しようとしている自身の脳細胞を必死に働かせていた。


 成果は何もない。


 ただ、ほんの一時間もしない前まで、一緒に過ごしていた笑顔を思い出すだけ。


(うらら……ミシェル……)


 今にも噴き出さんとする怒りの奔流が、しかし、奴隷魔法に表現を禁じられくすぶり続ける。だが悲しみの涙を流すには、彼の現状は()()過ぎた。


「だあ……おさまんねえ……くそ……」


 やがて男は立ち上がる。

 男の前に、テツジはひざまずく。


「仕方ねえ……お、お前でいい……口開けろ」


 男は、ズボンを下ろした。


 テツジはハッキリと、自分の心が壊れる音を聞いた。

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