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異世界と性犯罪者が嫌いです。〜ざまあごときじゃ済まさない〜  作者: 小村ユキチ
祝祭

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37/43

3

 一瞬、何を言われたかわからなかった。だがすぐに思い出す。アニーは新月機関の中で最も耳が良い。そういう魔法の持ち主なのだ。呼吸の音だけで他人の存在を聞き分けられるレベルだと、テツジはうららにそう聞いていた。


「い、いないって……どこにも?」

「誰も居場所を知らないんです! ミシェルはどこですか!?」


 一生の不覚……テツジはそう思った。ミシェルはうららに懐いている、だから当然彼は彼女と共にいる、この緊急事態なのだからうららが最初に定めた持ち場を離れられないのは当たり前——その思い込みがあったが故に、テツジは奴隷魔法による『位置サーチ機能』をこれまで一切意識していなかった。


 彼は、奴隷魔法を使い慣れていない。


 それゆえ本気で集中して念じない限りミシェルの居場所は見えないのだ。


 急いで目を閉じ、場所を探す。


 ……見つけた。


 脳内になんとなく、ぼんやりとした光の玉のような形でミシェルの位置がわかる。彼は激しく動き回っていた。それなりに遠い。テツジの力ではなんとなくの方向しかわからなかったが、そちらに目を向けて困惑した。


 センターの方向だった。


 というよりも、恐らくはセンターかその手前で戦っている。


 凪の奴隷改造センターは、町人たちが避難してきているこの丘からは少し距離があるが、神殿内部に常設されている光晶の光源が(あの日竜が突っ込んできた)入口から漏れているおかげで場所はわかる。よく見るとなんらかの影が橙色の光の前をちらついているようだ。


 実にたくさんの言葉が、彼の脳内を駆け巡った。


 ミシェルが戦っているということは、あそこには魔物がいるということである。魔物はある程度人間に吸い寄せられる特性がある、という仮説があるがセンター内には改造の都合上身動きできない奴隷が残っていてもおかしくはない。ならばうららとミシェルはあそこで魔物と戦っていると考えるのが妥当である。

 なぜ、凪の奴隷が戦っていないのか?

 なぜうららは、()()()()()()()()()、そちらに向かった?

 まるで想像がつかない。


「テツジさん」


 クロエの声が彼を現世に呼び戻す。彼女は弓を携えたまままっすぐに彼を見ていた。


(そうだ……この人は頼れる)


 テツジはそれを思い出す。


「ミシェルは、センターにいるのですか?」彼女は聞いてきた。

「そうみたいです!」

「ならばうららさんもそこにいるでしょう。助けに行けるとしたら、私かあなただけです」

「でも僕が……ここを離れるわけには……」

「いえ、行ってください」


 そう言ってクロエは彼の手に光晶を差し出した。


「新月機関の中には、大きな音を出す魔法が使える者がいます。高波が見えたら、あるいは魔物の接近が顕著ならばその音を鳴らします。どうか、うららさんをお願いします」

「私は……」アニーが呟く。

「ごめんなさいアニーさん。あなたは波から逃れられるかわかりませんし、あなたが一番早く魔物の接近に気がつけるのです。だからテツジさん、どうかお力をお貸しください。もし――」


 最後に彼女が述べた緊急時の策に対し返事すらまともにできないまま、テツジはセンターに向けて一気に丘を駆け降りていた。





 流れる汗、早すぎる鼓動、煉獄に足を踏み入れたかのような絶え間ない不安。全てを感じながらセンターの前にたどり着いたテツジは、確かにミシェルを発見した。センターの内側から漏れ出る光が戦う小さなコーギーを照らしてる。


 だが、うららはいない。


 テツジが手に持つ明かりを含めてもセンター周辺の農地の様子は不明瞭だったが、ゴブリンやレプタイルといったダンジョンで一般的と思われる魔物たちの死体と血が散らばっているのはなんとなく把握できた。


 ミシェルが噛みついているのは、凪の奴隷のケンタウロスだった。足を噛み砕き、そのまま喉笛まで一直線に食いちぎるところをテツジは見せつけられた。想像以上に恐ろしい犬である。

 ミシェルに与えられた命令は、人を襲うな、の一文だけ。


(魔物化した奴隷は人扱いじゃないのか……)


 つまり、以下のようなことが起きていたのだろう。

 センター内に残る性犯罪者たちに釣られて魔物が集まっている、それを凪は少数の奴隷で対処させたが()()()そこにいるミシェルが敵味方識別なく噛み殺してしまっていた。

 凪がどれくらいこの状況を把握しているかはわからない。


(というか本当にうららちゃんはどこなんだ?)


 ともかくこの時のテツジは、焦ってミシェルにこう命令した。


〝うららちゃんはどこだ! 教えてくれ!!〟


 命令は想像しているより集中力がいる。凪が片手で銃を撃つことが多いのは、空けている左手で奴隷を操作する『イメージ』をした方が咄嗟に命令しやすいという彼なりのコツだという。

 安易な命令は、すぐに後悔となって彼のもとに返ってきた。

 ミシェルは一も二もなく、センターの中へと飛び込んでいった。


 瞬間、間の悪いことに、農地の背の高い植物の隙間から、醜い猿のような緑のゴブリンたちが飛び出してきた。


 今更命令は修正できない。


 反射的にテツジは光晶を捨て、両手で剣を振った。


 前と同じ、ドロリと腕から溶け込む熱い魔力で剣が加速し、一薙ぎで二体を斬り伏せる。


(よしっ!)


 腕はきしんだが、どうやらる心配はない。毎朝柔軟をする習慣をつけていたのは正解だった。やはりこれほどの緊急事態なら体の方が勝手に動いてくれる。


 だが、立て続けに現れた次の魔物の姿に、テツジは戦慄した。

 

 地面を僅かに揺らしながら闇の中に顔を浮かび上がらせたのは、あのボスモンスター……巨大狼だった。ぐるぐると喉を鳴らし、濁った血のような色の目で彼を見下ろす。

 サイズは、10メートルは下らない。

 凄まじい恐怖に、彼は本当に足が竦むのを感じた。先程までは万能感すら与えてくれていたツヴァイヘンダーをひどくちっぽけに感じる。

 凪は、この世界に来てしばらくは、雑魚モンスターはおろかボスすらこの剣で倒していたという。


(あの人やっぱ人間じゃないって……)


 怯えながらテツジは、それでも震える足で後ずさり、なんとか光晶を拾った。

 指先が震える。

 だが、努めて冷静に。

 下面にある紐を思い切り引き抜いてから、空中に放り投げた。

 想像していたところよりもかなり高い位置で、それはぜた。照明灯のように真っ白な光が空中で停滞する。


 ボスがたじろぐ。


 テツジは一度、大きく道を引き返した。


 ドスドスっと、毛布を叩くような音。


 クロエ、アニー、及び弓の得意な新月機関員たちの矢が立て続けにボスの体に突き刺さり、巨大な狼は低くけたたましい悲鳴を上げながら地面に伏した。


 振り返った先に、下がった頭。


 顎でゴブリンの死体を潰しながら、血とよだれを吹きこぼし、立ち上がろうとして前足をズルズル空転させている。


 テツジは叫びながら駆け出し、剣を狼の頭に全力で突き立てた。


 ——この世界はテレビゲームの不完全な模造品、これがこのボスの恐らく正規の攻略法、凪の銃はその過程を飛ばせる公式チート……。


 暴れる体も噴出する血も顧みず、自分が初めて殺したボスの骸も無視して、テツジは一目散にセンターの中へと駆け込んだ。

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