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異世界と性犯罪者が嫌いです。〜ざまあごときじゃ済まさない〜  作者: 小村ユキチ
遠回り

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31/43

3

「僕のことをこの世界に呼んだのはうららちゃんですね?」


 そうテツジが凪に確認したのは、彼が丘で射撃訓練をしていたあの日の夕方だった。

 凪の屋敷のリビングだった。干拓について話すために、彼と二人で早めの夕食を取るついでに切り出した。


 凪はパンを噛もうとして、数瞬固まった。やがてため息をついてパンを卓に戻す。


「そりゃまあ……気がつくわな」

「そもそも凪さんをこの世界に呼んだのも、うららちゃんなんですね?」

「ああ……だが誓って言うが、うららは決して……」

「意図的に呼んだわけじゃないのはわかってますよ」


 身を乗り出した凪を制するように。テツジはパンをかじった。


「……わかってくれるか」

「寂しくてこの世界に誰かを呼び寄せるなら、まずは家族を呼ぶと思います。うららちゃんにはその権利がある。多分、提案はしましたよね?」

「もちろん」

「でもうららちゃんは断った。そんな子が、見ず知らずの僕をこっそり呼ぶの、なんか変じゃないですか」


 灰色の瞳がテツジの顔を見つめる。何度か言葉を出そうと口元が動いたようだが、結局諦めたように両手を広げ、また肩を落とした。


「お前といいクロエといい……頭いいやつには勝てねえな」

「うーん、今の理屈は正直、後付けですけどね。推理なんてしなくても話していればわかります。最初から隠してたわけじゃない、うららちゃんも途中で気がついたんだって」

「まあ、それくらいわかるか。サスペンスでもあるまいし」

「そういうことです」


 凪は腕を組んで、無駄に高い天井を眺める。言葉をまとめているようだ。

 ややあって切り出した。


「……先に言っておくが、確証がある話じゃ全くないんだ。もしかすれば全部偶然かもしれん。だがそれにしちゃ出来すぎた人選だと俺が思い、クロエが思い、お前も思い、そしてうららもそう感じてる。それだけの話だ」

「うららちゃんとは話しましたか?」

「まだだ」

「クロエさんは?」

「クロエは、お前のツラ見ただけでほとんど確信してたようだ」にやりと笑う。「女からすると一目瞭然だったとよ。俺も最初はお前のことファンを食ってるクズアイドルかなんかだと思ったしな……いやほら、性犯罪者のつもりだったんでね。ほんとすまん」

「反応が難しいっす」

「イケメン、華奢、賢い、優しい、俺に対してまともな倫理観ではっきりと物申せるが、この世界の現状に理解を示し自分の正義感で場をかき乱すことはしない。で、挙げ句に干拓計画の立案? 偶然にしちゃあ揃いすぎだな。そうなると当然、さかのぼって俺はどうなのかって話になる」

「ランダムなわけないですね」

「俺もそう思う。まあテツジも、この世界に貢献しているって意味ではうらら以外にも〝容疑者〟はいるかもしれん。クロエとかな。だが……」


 ビシッと、顔に指を突きつけられた。


「そのツラはおかしい。絶対におかしい」

「……干拓事業だけなら、もっとちゃんとした専門家を呼べばいいですからね」

「そうじゃない。そもそも俺以外の転生者が全員性犯罪者なこの世界で、一体うらら以外の誰がわざわざその世界のイケメンに期待する?」

「ああ……そういう視点では考えてませんでした」


 薄く微笑みながら、凪は手を下ろす。


「結局、状況証拠しかないのは変わらんがな。だがお前とクロエが偶然じゃないと思った、それだけで俺には十分だ。うららは俺たちと違って奴隷魔法がないがそれでも転生者だ。自覚はなくてもなんかこう……特別な力があってもおかしくない」

「そこは本当にわからないんですね」

「ああ、さっぱりだ! わかってることといえば、そうだな……俺もうららに呼ばれたんだとしたら、その頃のうららはまだ奴隷魔法をかけられてたってことくらいだ。無意識で呼べるってことだな」

「危なっかしいですね」

「……すまない」

「急にどうしたんです?」

「俺が……うららの助けになれなかったせいで、お前はこの世界に呼ばれた」


 凪は低い声で語る。


「俺は、この世界に来たことを喜んでいた。大嫌いな性犯罪者共を好き放題いじめて、雑に殺して、使い潰して、言い訳ついでに世界を救済する……一人で勝手にヒロイズムに酔ってえつってたわけだ。面倒な部分は全部クロエに押し付けりゃいいだろって……そうやって、目の前にいた10代の子どもの孤独に目を背けた。だからお前は、ここにいる」


 テツジは微笑みながら首を横に振った。


「僕は、誰も責めていませんよ。そもそもこんな世界があることがダメなんです。事故も色々起きるでしょう」

「……テツジは俺のせいで、向こうの世界じゃ性犯罪者扱いになってるだろう」

「そのことですか」肩をすくめてみせた。「世間的にはそうでしょうけど、家族と友だちは絶対疑ってないだろうから大丈夫です」

「なおさら申し訳ねえよ」

「……凪さんは、手段はどうあろうと、この世界に献身を続けている人です。結局は何が起きても功罪の功が勝ると僕は結論づけました」

「魔物化のことか?」

「凪さんが人体実験を繰り返してソレが可能になっていなければ、ムカデの数が足らなかったとクロエさんからうかがってます。そしたら干拓どころじゃなかった。また新月機関と、それに僕も総出で魔物との防衛戦です。あなたはそれを未然に防ぎ平和を維持した。〝それ以上〟の代案のない僕は既に降参してます」

「俺は今でもツッコミ待ちなんだがな」

「丁重にお断ります」

「厳しいな」


 凪は諦めたようにため息を付いて、魚の干物にかじりつき二口で飲み込んだ。


「じゃあせっかくだから恋バナでもすっか」

「いいですね」

「俺はな……元は恋愛なんてどっか嘘っぱちだって思ってたクチだ。恋は性欲のていの良い言い訳で、愛は承認欲求の低リスクな捌け口だろってな」

「過激派だなあ」

「だからまさか、こんな恋愛漫画もラブソングもない世界でガチ恋に目覚めるとは思わんかったよ。やっぱ恋って偉大だわ」

「反動政治が来ました」

「革命万歳。いや王政復古なのか」パンを一口、珍しく小さくかじる。「結局さ、現代はものと同じくらい『都合のいい表現』ってやつがあふれてるせいで、恋愛の期待値が上がりすぎてたんだな。こんな甘ったるい恋愛ねえよって感覚が、いつの間にかこんなものねえよってのに変わって、それで理解した気になってた」

「ああ、なんか、ちょっとわかるかもしれません」

「本物はいつだって素朴なもんらしい。このパンだって日本で食っても何も感じなかっただろうが、クロエたちが初めて焼き上げたこれを食ったときは、麦ってうまいんだなって本気で思えた。そういう、飽和した社会じゃ見過ごしちまう『有り難さ』ってのは幻じゃなくて、むしろどんなバカでもその瞬間だけわかる原初の感覚っていうか、純粋な良さというか……そういうもんじゃねえかって思ってる」

「素敵ですね」

「根はロマンチストなのさ」


 凪はニヤッと笑う。『詩的』と聞き間違えられている気もしたがあえては正さなかった。「だからソレを汚すゴミどもが嫌いなんだよ」と続けた彼の目に一瞬暗い炎がチラついたが、鼻息一つで気を取り直す。


「……俺は、クロエと出会えた。誰よりも大切な人だ。あっちは俺のこと利用しているだけかもしれんが、それでも全く構わん。俺は俺なりにクロエの守りたい世界を守るさ。だが俺が今したい話はそうじゃなくてな……」

「はい」

「こう……きれいな女の人が一緒の道を歩いてくれるのが嬉しいっていう、それだけなんだ。それが本当に、本当に尊くてな。笑えるだろ? 普段は性犯罪者を奴隷にしてグロい拷問にかけてるクソサディストが、頭ん中は田舎の健康青年気取りだとさ」

「うーん、だからこそっていうこともあるんじゃないですか?」

「なら、うららはどうだったろうな」

「…………」

「お前がうららに呼ばれたんだと気づいたとき、俺は……なんか、切なかったよ。散々男になぶられて、胸糞悪い思いをしてきた女の子でも、まだ漫画みたいな恋を夢見てたんだってな。でもそんなの当たり前じゃねえか。そういう年頃だろ……まだ」


 テツジは腕を組んだ。


「……僕、今まで3回付き合ったことがあります」

「おう」

「最後は全員にフラれました」

「お前、食い下がんなそうだもんな」

「……そういうところがダメなんでしょうか」


 テツジの顔色を見て、凪はカマキリのようにニヤリと笑った。


「あー、なるほどな。あんまクソデカ期待向けられても不安って話か。そりゃ当人はそうなるか。でもまああれだ、心配すんなって」

「すっごい無責任なこと言ってません?」

「かもな。でもどうせ告るか告られるかだろ? だったらとっとと始めちまえよって、俺は思うがな」

「説得力あるなあ」


 窓越しの夕日に見守られながら、殺人鬼と傍観者で、そんな会話をした。後になって、話しておいてよかったと本当に思う。


 もしかするとこれが、凪とテツジとの間で一番大切な会話だったかもしれない。





 同じような日差しだった。


 同じような夕焼けだった。


 きっと、同じような気持ちだった。


「ごめんなさい……ごめんなさいぃい……」


 何度目かわからないうららの謝罪。テツジはその肩にそっと手を添えた。


「うららちゃんは悪くないよ」


 これも何度目かわからないが、テツジはうららにそう言った。痩せた肩にゆっくりと手を回す。

 うららは抵抗しない。

 抱き寄せようとした。

 それよりも、うららがもたれかかってくる方が先だった。

 温かい。

 腕の中で彼女の小さなからだが震えている。かすれた声で嗚咽を漏らし続けている。


「ごめんなさい……私のせいで……」

「ううん、むしろこれまでよく耐えてたよ。頑張りすぎだったんだって」

「私、私……」

「わざとじゃないのもわかってる」

「…………ぐうぅ……」


 彼女の頭に顔を寄せて、ぎゅっと抱きしめた。


「お母さんかお父さんを呼んでも良かったのに……帰ること、ほんとは諦めたくないもんね。わかる、わかるよ。本当によくわかるから……」


 ささやきながらテツジは、少しだけ、かつて何度となくこの肩を抱いていたであろう男のことを考えてしまった。


 そいつはうららを、外見目当てでこの世界に呼び寄せたという。


 容姿は時として呪いになる。


 彼女がテツジを呼んだのだとしたら……彼女は、その男と同じことをしてしまったということになる。


 なんて、不憫な。


「やっぱりだ……絶対そうだ……じゃなきゃ、こんな優しい人……」


 彼女は言葉を絞り出す。テツジはゆっくりその背中を撫でた。


「……大丈夫だよ」

「ごめんなさぁあぁい……私のせいで、私のせいでこんな世界に……」

「うららちゃんのせいじゃない」

「でも、だって、だって……」

「一緒に生きよう。今日から二人だ」


 嗚咽が、強くなった。大声で泣き始めた。テツジも少しもらい泣きしていた。


 鼻をすする音。


 ぎゅっと、彼女の腕が、彼の背中に回る。


「好きです……大好きです」


 小さな声。


「ほ、ほんとはこんなこと、言っちゃいけないけど……」

「ん?」

「フラないでください……ごめんなさい、ごめんなさい……私……」

「まさか」


 今までで一番自然にテツジは笑えた。


「僕こそ、言い方悪いかもしれないけど、うららちゃんと会えて嬉しいよ。大好き」


 彼女は顔を上げた。腫れた目と紅潮した頬。星も月も絶対に叶わない二つの宝石が、彼の顔をじっと見つめている。


「ほんとに……かっこいい」

「……ほんとに、可愛い」


 彼女も、笑った。


(よかった)


 素直にそう思った。


 素敵な景色だった。


 夕日は美しく、波は白い。満月に向けて眠たい眼を丸く開けつつある月が、薄っすらと二人を見守っている。


 これで優しく終わることができるような世界だったら、どれだけ幸せだったことだろう。

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