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97.助けてほしかったわけじゃない

     ◇◇◇◇◇◇


 さて、会議は大詰めに入った。

 黒谷と言う女は図々しくも、サイキッカーが『遠山さんに思いやりの気持ちを持っていた親子に真実を説明してもらいたい』と話していて、まるでその親子というのが黒谷親子であるかのようなふざけた話を持ち出してきたので、この会の主催者三人がすぐに黒谷の話を遮った。


 そしてすぐに、サイキッカーが訪れたのは黒谷の所だけではなかったことを公表した。


 その日、三人のママ友の元を訪れたサイキッカーがどんな話をしていたのか、そして、現在の空飛ぶカァちゃんの状況について、吉田、大石、小渕の三人は漏れがないように互いにフォローしながら参加者に説明をした。


 定例会見や研究会を荒らしたサイキッカーが感じている空飛ぶカァちゃんへの恩。

 その男が言うには、政府から指示された仕事を終えてボロボロになって疲れ果てていた空飛ぶカァちゃんに自分の家族を助けてもらったことがあるそうで、そのことを空飛ぶカァちゃんは世間に公表するでもなく、まるでそうするのが当たり前であるかのように必死になって助けてくれたとのことだった。

 このことにサイキッカーは深く感じ入り、心から感謝をしている様子で、とにかく、その男が空飛ぶカァちゃんに恩返しをしたいと思っていること、それを丁寧に話して聞かせた。


 今、そのサイキッカーの能力について様々な憶測が飛び交い、その男は一体どこの誰であるのかということも含め、テレビや新聞、SNS、週刊誌などが競うように記事を掲載しているが、現在までのところ全く所在がつかめない状態であるという。

 しかしながら、例の会見で多数の参加者が証言しているように、その能力がどれほど恐ろしいものであるかということや、その精神感応能力の正確性から『嘘がきかない相手』であることを参加者に理解させた。


 黒谷は恐怖で言葉も出なくなったが、だからと言ってこの場を去ることは出来なかった。

――(このあと何を言われるかわからない!

――(サイキッカーがどこまで知ってしまったのかを突き止めなくてはならない。

――(このままだと夫に何をされるかわからない。


 黒谷は絶望の中、大人しくその場で口を噤んでいることしかできなくなった。


 空飛ぶカァちゃんの現在について―――どのような環境に置かれているか、まわりの者がどんなふうに彼女に接しているか、そして空飛ぶカァちゃんが今どんな苦しみを抱えて過ごしているのか、サイキッカーはにはそういったことあるが程度わかっている様子だったという。

 罪もないのに事実と違うことをあれこれ言われ、それに反論することも出来ず、くたくたになるまで働かされた挙句、戻ってきて待っているのは地獄のようなトレーニング。

 その事実はつい先日公表されたばかりだ。

 サイキッカーが恩人の置かれている立場を思って、いてもたってもいられなくなる気持ちはよくわかる。

 恩返しをしたくても、なかなか目を覚まさない空飛ぶカァちゃんの本当のところの気持ちがわからないため、つい先日つきとめた入院先を見舞った際に確認しようとしたところ、眠っていた空飛ぶカァちゃんの意識から『黒谷という人間が自宅に電話をかけてきたらしいこと』『アキラ、アズミ、ユミ』という名前やその他いくつかのワードが読み取れたため、この地域の住人に確認しにやって来たことを三人で代わる代わるに、できるだけ詳細に説明をし終えた。

 

 そのサイキッカーの願いは、真心をもって配信してもらいたいということであり、学校や地域の住人の中に、彼女のことを心から心配していた人間がもしいるならば、その思いを伝えてもらいたい。

 あるいは遠山さんを守り切れなかったことを後悔しているのであれば、それを正直に話してほしいということ。

 傷つけられた子供たちに謝罪をし、このことを話し合っている場を見てもらえたらきっと彼女も救われるのではないかと考えていること。

 そして、できればそれを子供たちにも見てもらいたいということをサイキッカーが言っていたこと。


 三人のママ友の状況説明の後、参加者が次々に自分の思いを語りだした。


 当日参加していたボランティアの一人の言葉。

ーー『休憩のことが気になったが、声をかけなかったことは申し訳なかった』

 しかし、その保護者はわざと声をかけなった訳ではないことを強調した。


 そろばん塾の生徒の保護者達は揃ってこう証言してくれた。

ーー『遠山さんと英介君は、そろばん塾の先生が春から企画してくれていた果物狩りの参加者が少なかったとしても、大好きなそろばん塾の先生をがっかりさせたくないし、遠山さんも英介君も喜んで果物狩りに参加したいと言っていたこと』

ーー『何度もアキラ君のお母さんに断っていたのに無理やり参加させられたらしく、どうも事実と違うことが噂になってしまったようだということ』

 

 英介のクラスの保護者は次々とこんなことを言った。

ーー『あんなに元気で明るかった英介君が別人のようになってしまったのに、それを5年のクラス担任は見て見ぬふりをしていた。理由を思うと腹立たしいが、結局それをおかしいと思いながらも先生やクラス内で幅を利かせている者から目をつけられるのが怖くて逃げてしまった』 

ーー『アキラ君に睨まれるのが怖くて、英介君に声をかけたくても出来なかった』 

ーー『少しでも英介君と話そうとすると、アキラ君の取り巻きみたいな子が、クズの息子と話すななどと言ってきた』 

ーー『アキラ君と彼のお母さんに逆らうのが怖くて何もできなかった』

ーー『SNSの書き込みに反論しなかったのは事実関係がわからなかったからだ』

ーー『助けたかったけど、クラス中が英介君を非難しているので、英介君にも悪いところがあるのではないかと思ってしまった』


 静はもう卒業していたので、今回は静の元クラスの保護者は呼ばれなかったのだが、英介の同級生の中でも姉妹関係などから静をよく知っている保護者は、次々に黒谷と小菅の子供の話をしてくれた。

ーー『さっきの話ですが、静ちゃんは頭が良いだけでなく運動神経が物凄くて、それでいて弱い子に優しい子だった。そのことでアズミちゃんと対立していてクラスは真っ二つに分かれていた』

ーー『静ちゃんがクラスメイトを叩いたことは学年中で知られていたけど、ほとんどの子とその親が静ちゃんを支持していた。小菅の長男は本当に乱暴で陰湿だったので有名だった』

ーー『静ちゃんは正しいことをしようとしただけだった。悪いのはいつも小菅の息子のほうだった』


 そして、海水浴の参加者とクラスの保護者のほとんどが結局はこう言った。

ーー『嘘つき親子に騙されようが、うすうす変だと思っていたのに眼をそらして、自分には関係ないとばかりに人の苦しみを放置して思いやれなかった』

ーー『助けてあげられなくて申し訳なかった』

ーー『手を差し伸べてあげるべきだった』

ーー『傷つけたことは確かだと思う、悪かったと思っている』


 三人の進行役は、海水浴関係者とクラスの保護者の発言に違和感と不快感を覚えたようだった。


 まず三人は『我々とはかなりニュアンス違います』と言ったあとで、

 『助けてあげられなかったとか、手を差し伸べるべきだったとか、そう言うことではないんです。ただ何もできず、そのまま積極的に動くこともせずにいたことを恥じて申し訳なく思っていることを伝えたいだけなんですが』と伝えたが、彼ら海水浴の連中はこう反論した。


ーー(だから何が違うの?悪かったと思うと言ってるんですが?

ーー(助けたくても助けられなかったから悪いと思ってるって言ってますけど。

ーー(かわいそうなことをしたと思っていると言ってますが。


 彼らはどうしても何かをしてあげられなかった、という立場の者でいたいらしかった。

 

 今、佐倉家で腕組をしながら呆れているサイキッカーは気の毒な主催者の三人に同情はしたが、正しいことを言おうとしても結局は数に負けてしまった彼女らにガッカリさせられたのは確かだった。

 

 どうしたものかと思ったが、ここで佐倉が出るわけにもいかなかった。


 英介は自分でもどう言葉で表現したらいいのかがわからないようだったが、縋るような目をして佐倉にこんなことを言った。

 「なんか、別に俺、あの人たちに助けてほしかったわけじゃないよ。それにアキラ……みんなアキラのことばかり言うけど、確かにあの日からアキラはずっと俺とはひと言も口をきかなかったんだ。でもアキラがみんなにああしろとか、そういうことを言ってるのを聞いたわけじゃないんだ。ねえちゃんは怒るかもしれないけど……アキラがそうさせたんじゃないんじゃないかって、俺は、」


 英介はきっとそう思いたかったのだろうと、静かも佐倉もそう思っていた。

 佐倉の父も母も、きっと静と同じ気持ちだっただろうが栄太郎だけがそっと声をかけていた。


 「英介、アキラって子が何も言ってないのに勝手にまわりが嫌がらせをした可能性はあるよ。忖度っていうんだよ、そういうの。アキラの親は絶対に自分たちを守るために色々やってたと思うけど、アキラと話してみないと分からないと僕は思う。アキラは睨んできただけなんだろ?もしかしたら、自分自身のこともイヤになっててイラついていたのかもしれない」


 栄太郎の言葉を聞いて英介は少しだけ微笑んだ。

 それでもアキラは悪くないとは思えなかったが、英介はずっと気になっていたことなのだ。

 

 英介は海水浴の日からひと言もアキラと口をきかなかったし、そもそも話も出来なかったのだから。


 じっと黙っていた静が佐倉の背中とトントンと叩いた。

 「佐倉さん、一応私、挨拶するよ。百合乃ちゃんのおばさんとか、他の友達のお母さんも色々やってくれたんだし。ここ押すんだよね?」


  こう訊ねられた佐倉は驚いたには違いないが、感心したように「さすが静ちゃん、とは思うけどさ、大丈夫?多分、あっという間に広がるよこれ」


 「知ってる。どうせ例(・)の(・)サ(・)イ(・)キ(・)ッ(・)カ(・)ー(・)が色々やるでしょ?佐(・)倉(・)さ(・)ん(・)も(・)多分そうなるだろうって思ってるんでしょ?」


 静はサイキッカーの正体に目星を付けているようだった。

 ただここの連中でそれに気が付いた者はいない。


 「よし、私は横についてるからお礼を言うといいよ。ただし礼儀正しく、格好よくやるんだよ静ちゃん」

 佐倉のゴーサインで三人の司会者から声がかかった。


 静は、自分達のために開催してくれた今回の地域対話について、三人の主催者に丁寧にお礼を述べた後で、まずは個人的に長い交流のあった『百合乃ちゃんのお母さん』や在校中に何度も同じクラスになった『小渕さん』と『吉田さん』ら三人が空飛ぶカァちゃんや静と英介の真実を語ってくれたことが嬉しかったと呼びかけた。

 「百合ちゃんはコスゲ……目を突いた子のことを怖がっていたし、いつも脅かされていたのに卒業する時までよく私のクラスに来てくれました。私がひとりぼっちになっていないかを百合ちゃんは気にしてくれて本当に嬉しかった。おばさんには改めて百合ちゃんにありがとうって伝えてほしいです。弟くんは英介にノートをくれたんですよね。英介がとっても喜んでました。私、その弟くんってすごく勇気があると思いました。英介はあんなに避けられていたのに。

 それから小渕(こぶち)のおばさんと、みどりちゃんの――吉田さんのお母さんも庇ってくれてありがとうございます。二人共いつも気にかけてくれて、わざと冗談言ってきたりしてくれて嬉しかったです。

 学校は別々になったけどまた高校で一緒になれるかもしれないし、そうなったら嬉しいです。さすがに男子に混ざってサッカーはもうやらないけど、今勝負してもまだ負けないかもよって小渕(こぶち)に言っといてください。いつも楽しかったって。今日は本当にありがとうございました。母がもう少し元気になったら見てもらいます」


 そして、そろばん塾の保護者にも静は心からこう言った。

 「それから、そろばん塾のお母さん、英介のことで女の子の娘さんが友達と喧嘩してくれたってさっき話してくださいましたが、ありがとうございます。

 サッカーボールを顔にぶつけられたとか、英介は何も言わないので私知らなかったです。こいつもまだまだですよね、でも柔軟体操一人でやってたとか、笑われたって聞くとちょっとアレだなって思うし、正直ムカつきますよね。このこと教えてくれてありがとうございます。

 あと、果物狩りのことを話してくださってありがとうございます。母は先生に申し訳ないってずっと言ってて、それに母は果物狩りとか、そういうのが好きだったからすごく喜んでて楽しみにしていたんです。

 英介も死ぬほど桃を取って来るとか言ってたから、私も楽しみで。

 なにより、先生のご好意に対して申し訳ない気持ちが大きくて。それに、先生は母を心配してメールをくださったんです。

 母がどんなに嬉しかったかわからないって言ってました。母が色々ひどく言われている最中のことだったから、物凄く嬉しかったそうです。みなさん、ありがとうございました」


 ここぞとばかりに静は言った。とても感謝しているふうで、色々なことをう(・)っ(・)か(・)り(・)名(・)前(・)を(・)出(・)し(・)な(・)が(・)ら(・)喋りまくった。

 「あ、あと小渕(こぶち)のおばさん、私が階段から突き落とされたこと、心配してくれてたんですね。ありがとうございました。私もあの時はふいをつかれたので転がっちゃったんです。小渕とみどりちゃんは保健室に来てくれました。

 あの時は私も落ち込んじゃって……ア(・)ズ(・)ミ(・)ちゃんから人殺しの娘って言われて、アズ、その子の仲間から脚を蹴られた時は泣きたくなったけど、悔しいから我慢したんです。でも、みどりちゃんが泣いちゃったんです。私の代わりに泣いたみたいになっちゃったけど嬉しかった。

 受験の時は足が痛くてたまらなかったけど、まあ第一志望に受かったから良かったです。心配してくれてありがとうございました」


 静は小菅(こすげ)と黒谷(くろたに)のことを更に言った。

 「あ、そうだ!それから、百合ちゃんの目を突いたコスゲ……男の子のことですが、百合ちゃんは重症だったんです。おばさんはここでは遠慮して言えなかったみたいだけど、かなり深く目を痛めたみたいで大変な騒ぎだったんです。

 コス……あの男の子と百合ちゃんをまた同じクラスにさせた谷(たに)……先生はもう他の区に行ったから、もうそちらにはいないから安心してほしいんですけど、あの先生はコス、男の子をひいきしてすごかったから、百合ちゃんは酷い目にあったんですよね。私もかなりタニ、あの先生には嫌われてたから最悪でした。

 本当に言われました『お前がクラスの和を乱してるんだ、出てけ!』って。

 でもあの時は、ちょうど教頭先生と隣のクラスの先生が廊下を通りかかったので、どうして廊下に立たされているかを聞かれて正直に答えたんですよ。先生達は呆れてました。

 それで私を教室に戻して、あとでその日の夕方に教頭先生からうちに電話があったんです。謝ってくれましたよ。おかしいのは担任のほうだってね。

 ママは……母はあんな人だから「いえいえ、わざわざありがとうございます」とか言っちゃって!私ならもっとぎゃあぎゃあ言うんですが、母は私のために我慢したみたいでした。

 そんなこともあって、私はコス、あの男の子とアズ、あの女の子と同じ中学には行きたくなかったので受験が上手くいって本当に良かったと思ってるんです。

 こんなこと言うなんて性格悪いと思われるかもしれませんが、皆さんが正直に話してくださったので勇気が出ました。ありがとうございます」


 佐倉が小声で「もっと言いなさい」と言ってくるので、仕上げにこう言った。

 「あと私が、百合ちゃんの目をつついた男子を平手とグーで叩いたってことですが、これは本当のことです。ついやっちゃいました。呆れられるかもしれませんが、我慢できませんでしたし、あいつは殴られれて当然の野郎だと……当然の人だと思っています。

 あの男子は、心から謝ることが出来ない人でした。

 それから、今日この会議に参加してくださった海水浴関係の保護者の皆様方、ありがとうございました。最初からずっとお話を聞かせていただきました。助けてあげられなかったとか、手を差し伸べるべきだったとか、色々と私達のために言ってくださったこと忘れません。きっと司会の方が仰っていたように、正(・)直(・)な(・)お(・)気(・)持(・)ち(・)を話してくださったのだと思います。親切なお心遣い、本当にありがとうございます。なんとかこれからも頑張って行こうと思います」


 静は最後にもう一度主催者の三人に感謝を伝えてから退出した。

 もう、あの時の場所を背中の後ろ側に置いて、静は真っすぐに前に進んで行けると思えたのだった。


 今回の会議、

――【海水浴場での事件を考える】

  ~嘘と暴力に傷つけられない学校環境をつくるために~

     謝罪そして信頼を取り戻すための地域対話


 この会議は佐倉の心を満足させることは出来なかったが、静がこれから自分が何を心に残し、何を振り捨てていけばいいのかということをわかりやすく示してくれた有意義な会議に違いなかった。

 また、静が忘れる必要のなかった温かいものを確かに思い出させてくれたので、友情というものに冷めていた静の心が今日少しだけ温かさを取り戻した。 


 

 お読みくださりありがとうございます。

 これらのエピソードは最終的には静ちゃんで締めるようにしたかったのですが、ずいぶん時間がかかってしまいました。

 

 

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