95.謝罪と地域対話という名の公開処刑開始(1)
佐倉がちょっとした日帰り小旅行のために作成した『小旅行のしおり』に書かれた工程表を参考に、旅行先をまわった日のことだ。
その地域の元住人であった静から聞き出した詳細な口コミ情報をたよりに地域をまわり、地域住民との有意義な交流を行った結果、佐倉の小旅行は自身の想定を遥かに超えた実り多きものとなった。
佐倉はその成果に非常に満足していたし、更に喜ばしいことに親切な地域住民からのちょっとした手土産のおまけつきだった。
静が自分で言っていた『情報収集能力』――佐倉はこれには感心しきりだった。
実際、佐倉が自力で収集した情報だけではここまでの成果は得られなかった。
佐倉はこの素敵な小旅行で、まずは黒谷を『配信』『有料プラン』『デジタルタトゥ』というワードで脅しつけて身動きが取れない状態にさせた。
静によれば、この黒谷という女は多分『一人では何もできないはずだから必ず誰かを巻き込む』という話だったので、まずは誰に連絡するかを見届けるつもりだったのだが、サイキッカーが去るや否や、もう半泣き状態で同級生の中でも人の良さそうなママ友や、大人しい子供の母親、そして海水浴の事件とは無関係な人間ばかりに連絡をしたのだ。
ここまでは静の想定通りだった。佐倉は黒谷の行動を観察している間、静の洞察力、想像力というものに感心し興奮していた。
この黒谷の夫はモラハラ気質で、常に高圧的な態度で妻や子供に接してくるため、その家の中では妻も娘も夫の許可なしでは何もできない状況だろうと静は話していた。
静は黒谷の娘・アズミとは低学年の頃からクラスが同じになることが多かったが、陰湿な性格のアズミとは仲が悪く、常に対立していたそうだ。
そういう環境にいたためか、授業参観や運動会、学校開催の祭り等でアズミの父親と母親の姿をよく見かけたため、その時感じた印象を佐倉に伝えていた。
佐倉はそれを聞くと、その黒谷という女にはまず配信などができるはずもないと思った。
そして『有料プラン』などという物騒な話を持ち出して焦らせ、ダメ押しで社会問題となっているデジタルタトゥで脅しつけたのだ。
その後は想定通りにママ友に連絡してくれたので、仲でも一番賢そうなママのところで待機していたところ、三人のママ友達がグループトークを開始した。
佐倉は『静の情報』で得たこの三人のそれぞれの住所に羽を飛ばした。
――(議員会館や官邸近くの駐車場から羽を飛ばすよりラクなものだ。
――(しかし静ちゃんはすごい。将来は真面目に私の秘書にほしいな。
佐倉はニヤつきながらママ友の会話にいいところで横やりを入れ、主導権を乗っ取った。
配信してくれそうな三人だったが、予想通りに上手くいった。
その時にわかったことだが、この三人の中に、出来るだけ早いうちに自宅を売却したいと考えているママさんがいたため、佐倉はくだらない一言を差しはさんだ。
『地価を下げるようなことになったら申し訳ない』――という一言。
わけのわからないサイキッカーが地域を非難したくらいで、子育てをするのに最適な地域と言われているここの地価が下がるはずがないのだが、今まさに家を売ろうとしている人間にとっては不安になる言葉だったのだろう。
この地域への引っ越しを考えていたサイキッカーの家族が、この陰湿な事件を理由にそれを取りやめる。そして、今話題のこの男の情報発信能力を考えると、購入を考えている不特定多数に向けて、無遠慮に余計な悪口を発信され地域の価値を下げられでもしたらたまらないと考えたのかもしれない。
そして、サイキッカーはさりげなく配信内容のハードルを下げた。
――(心から心配していたってことを配信したら、きっと彼女も救われる
――(別に顔を出さなくたっていい
――(真心をもって配信してほしい
――(空飛ぶ人を守り切れなかったことを後悔していることを伝えてもらいたい
――(そうしてくれるなら、俺はあんたらの誠実さについて公表するよ。
そして、きっと彼女たちが日ごろから不快に感じていただろう意地の悪い『小菅』という女と『黒谷』を参加させ、容赦なく糾弾する機会。
サイキッカーが言った一言、
――(その場で真実をぶちまけて反省させりゃいい!
この言葉は彼女たちを動かすには充分だった。
更に、彼女たちは配信についてこんなことを言った。
ーー『遠山さんへの謝罪の気持ちを伝えるための配信だけど、彼女はまだ完全には目を覚ましていないみたいだし、先に静ちゃんに伝えて見てもらおうか?』
ーー『そうだね。うちは静ちゃんにも英介君にも本当に助けてもらったの。それなのに何もしてあげられなかったのが申し訳なくて。見てもらいたいな、私』
ーー『うん、どうせ顔出ししないんだから、IDを知らせて参加してもらってもいいかも……でも、思い出すのが辛いかな。そうなると申し訳ない気がするんだよね』
サイキッカーの目がギラリと輝いた。
大げさに、感極まった風で彼女たちの頭に声を入れる。
――(あんたらって、本当に誠実なんだな。なんか嬉しくなるぜ。
――(実は、俺は空飛ぶ人の子供たちには近づくのがなんか辛くてな……
――(俺は家族を助けてもらったってのに、何もできない自分が辛いんだ。
――(あの人が俺の家族を助けてくれたことは政府のクズ連中も知らないんだよ。
――(ボロボロに疲れ果てていたのに、たまたま危険な目に合ってた家族を、
――(必死になって救ってくれた人だ。
――(俺じゃなくたって、誰だって恩返しがしたくなると思わねえか?
――(それなのに、かたきをとってやりたかったが俺にはそれが出来なくて、
――(マジで俺は自分が情けねえと思ってきたんだ。
――(だから今あらためて思ったぜ。
――(ママさんたちが彼女の子供のためにそういう意味のある配信をしてくれて、
――(それを子供たちが見ることが出来るなら、救いになるんじゃねえか?
――(参加する連中には、わざわざこのことを言う必要はねえし、
――(子供たちのほうも思い出して辛かったら見なきゃいいんだから。
――(だがよ、卑劣な連中が非難されてんのを見れるならそれが一番じゃねえか?
――(だってそうだろ?俺もさ、まさか人を階段から突き落とすような奴の親が、
――(親切な優しい人間のふりしてウロウロしてるなんて冗談じゃねえよ!
――(徹底的にやられりゃいいんだ!
――(だってそうだろ?一度そうされた方がそいつらのためになるぜ?
――(俺はそう思うけど、優しいあんたらには難しいだろうな。
――(この地域って、よく言われる文教地区?確かそんな感じだろ?
――(だから俺も新しい住まいにって、ずっと前から考えてたんだけどな……
――(実際、地域の人間がやっつけるってことが大事なんだけどよ。
――(まあいいや、あんたらも黒谷とか小菅とは友達なんだろ?
――(なかなか正面切って悪いところを指摘するのも難しいよな、
――(まあ、頑張ってくれよ。
――(俺もこれをやると体力が消耗するんだが、もし体が動けそうだったら、
――(あんたらの配信を聞きに来るよ、そんでさ、
――(とんでもない地域にゃ違いないが、中にはなかなかの人物がいたってことを
――(おしゃべりな麹町じいさんとか、尾崎のとっちゃんに言っとくよ。
――(じゃあ、元気でな。
実際はまだ羽をママ友らの額の周辺に飛ばしていたのだが、『どうやら全く声も聞こえなくなったのでサイキッカーは消えた』と認識したこの三人のママ友たちは集まって内容を詰めた。
彼女たちの手際はなかなか良かった。
あっという間に会議内容と日時、入室開始時間、そしてその会議が『顔出しナシ会議』であることが記載された案内文が出来上がった。
案内文には、会議に参加できるのは基本的には『主催者側が指定した人』であり、参加連絡を寄越した人にのみURLほかIDやパスワード等を送るということが記されていた。
事件の関係者と、主催する三人が参加してもらった方がいいと考えられる友人に送信した後、静に送るメールの文言をあれこれ考えて頭を悩ませている三人の姿に安心したサイキッカーは、今度こそ本当に彼女たちの前から姿を消した。
結局、彼女たちは最初から静にだけは謝罪の言葉と共にIDやパスワードも送付した。
さて、静のスマホに親切な地域住民から、ちょっとした土産のおまけが届いたのは夕食の後だった。
「えっ、嘘でしょ」
「どうしたの静ちゃん?」
とぼけて訊ねた佐倉を見て、静はニヤリと笑った。
同じように目が笑っている佐倉に、たった今送られてきたメールを見せると、すぐに静はこう訊ねられた。
「ねえ、もちろん見るよね?――というか、静ちゃんはこの配信に参加するだろう?」
静が無言で頷く。
そして、静に届いたメールを一緒に見ていた佐倉の父が言う。
「ここで楽しい鑑賞会をしようじゃないか!」
◇◇◇◇◇
―――配信当日
【海水浴場での事件を考える】
~嘘と暴力に傷つけられない学校環境をつくるために~
謝罪そして信頼を取り戻すための地域対話
三人のママたちが一斉送信した案内メール。
アキラの母親にも送信したが、参加の返事はなかった。
黒谷と小菅は参加、そして、案内メールを受け取った英介の元クラスの保護者とそろばん教室に通っていた保護者のほとんどがこれに参加した。
司会を務める三人のママたちは冷静だった。
しかし『小菅』という女のヒステリックな声が最初からよく響いた。
ーー(私はアキラ君のママから指示されたことをやっただけです。
ーー(あの人が遠山さんを無理やり入れようって言ったのよ!
ーー(それに、進行役のあなた……ちょっと名前がわからないんですけど?
『吉田です』
進行役の三人のうちの一人が答えた。
小菅という女は、知っているだろうにわざと名前を忘れたように言い、彼女たちに名前を言わせようとした。
そして、それにカチンときた他の二人は、吉田さんに続いて自ら名乗った。
そうする必要もなかったが、彼女らは吉田さんだけを犠牲にしたくなかった。
『大石です』
『小渕です』
ーー(ああ、吉田さんですか。失礼ですが、部外者だからあなた方はよくわかってないですよね?ボランティアの保護者が寄ってたかってわざと遠山さんに休憩を取らせなかったとか、証拠もないのにそんなことを勝手に言わないでくださいよ!私はちゃんと言いました。大人なんだからちゃんと時間を自分で調節して休むようにって!私はちゃんと言ったのに遠山さんが勝手に休憩を取らなかったんです。こっちだって子供の面倒を見てるんだから、他の方が休憩しているかまで面倒見切れませんよ。そんなこと当たり前じゃないですか)
三人のママさんのうちのもう一人、大石さんという進行役が聞き取りやすい声でハキハキとこれに答えた。
『トモハル君のママ、いえ、小菅さん。それは言い訳ですよ。他の参加者の方が仰ってました。あなたは最初からそうするつもりだったということをね。山田さん(アキラの母)と笑いながら話していたそうじゃないですか!あまりに酷いと思いますよ。ちゃんと認めて遠山さんに謝るべきです』
ーー(ちょっと!子供の名前を出すのやめてくれませんか、嫌がらせですか?そんな話、証拠もないでしょうに。証拠もなしにそんなことを言うなんて、それこそ嘘じゃないですか!)
『証拠を出せと仰るなんて……驚きました。その言葉、誰がどんな時に使うことが多いんでしょうね。小菅さん、トモく、いえあなたの息子さんは英介君と仲も良かったのに、あなたのせいで彼らは口も聞けなくなったんじゃありませんか?息子さんはね、最初、夏休み明けには英介がかわいそうだって言ってたそうですよ。でもだんだん、どうしてか知りませんが英介君を遠ざけるようになって、しまいには完全に無視するようになり、机をわざと離したりして!もう本当にとんでもない状態になったんです。あなたがそうさせたんじゃないんですか?』
ーー(失礼な、何を言い出すんですか?とんでもない!あなたみたいにリーダーシップもない人が司会をするのは無理があるんじゃないですか?人を引っ張る力がある方がいいですよ、いつもクラスの中心となって動いている方、三橋さんとか島川さんがやってくれませんか?途中交代したっていいでしょう!)
『それは無理ですね、ご不満なら退出してください。こちらは全く困りませんから。どうぞ気にせず退出を』
ーー(なんて失礼な人でしょう!だから娘さんが浮くんですよ)
小菅は興奮し、普通の人間ならこのような場では言えないことを言ってしまった。
そして、次の小菅という女の発言を聞くと、英介と栄太郎以外の、大人全員と静が嬉しそうに口を歪めた。
ーー(静ちゃんしか友達がいなかったくせに!いつもビクビク隠れてみっともない!あなたみたいな親が娘さんを暗……元気のない子にしたんですよ。息子のほうだっていつも英介君にひっついて!最後の日に泣きわめいたそうじゃないですか!兄弟そろってまあ情けないこと。ちょっと呆れますよ)
大石と吉田、小渕という三人のママさんのスイッチがカチッと入った瞬間だった。
お読みくださりありがとうございます。
海水浴関係はあと数話で終わりになる予定ですが、投稿前の確認時に急に思い出して必要なことを付け足したりすることがあるので、その場合は少し話数が増えてしまうかもしれません。すみません。
ではまたよろしくお願いします。




