94.アキラの母の子分のあなた、大変でしたね同情します(2)
◇◇◇◇◇
数時間前。
ここのところ都内に頻繫に出没している『推し活中のサイコパスサイキッカー』と言われる男が、『黒谷』という女のところにひょっこりと現れた。
黒谷は空飛ぶカァちゃんの子供たちが通っていた小学校の生徒の保護者である。
今、この黒谷という女は、仲の良い保護者のグループに電話やメールで必死に連絡をしているところである。
空飛ぶカァちゃんとその子供たちを陥れた件について、誰かが悪意を持って好き勝手な報道をする前に、自分たちが先に何かしらの手を打つべきではないかという、サイキッカーからのご親切な提案を真に受けて、その男が言っていた『ライブ配信』についてどうしたらいいかということを相談しているのだ。
黒谷によると、そのサイキッカーは空飛ぶカァちゃんの境遇に深い同情を寄せている様子だったという。
その男ははっきりと言っていたらしい。
空飛ぶカァちゃんやその子供たちが卑劣な嘘によって貶められ長い期間苦しめられたこと、それによるところの大きい家庭生活の亀裂と転校。そして、つい最近起きた転落事故。
そのサイキッカーは、こうした不幸の最初の原因を作ったのはあの海水浴場での出来事だと考えていると言い切っていた。
サイキッカーは、全く罪のない空飛ぶカァちゃんを寄ってたかって陥れ、同じく罪のない娘と息子に辛く当たっていた保護者と生徒が通う小学校がある地域の住人として、何らかの手を打ったほうがいいといったアドバイスをした後、あっという間に消えしまったとのことだった。
黒谷はそのサイキッカーの男から、ライブ配信の提案を受けた。
その男は、入院中の空飛ぶカァちゃんが目を覚まし、言葉が話せる状態になったら、海水浴場での真実について彼女にインタビューをし、その男が既に手に入れている証拠と照らし合わせ、内容に相違がないかを確認した上で、世間に公表すると言っていたそうだ。
この地域の保護者がライブ配信をしようがしまいが、そのサイキッカーは空飛ぶカァちゃんから聞いた情報を流すと言い、たとえこの黒谷の子供が通う小学校の生徒や保護者に不利な内容であったとしても、それが真実であるならばそのまま公表するつもりだと宣言してきたらしい。
黒谷はその男から『徹底的に調べ上げてから噓偽りのない情報を流すつもりだからそのつもりで』と言われ震えあがった。
その男から聞いた話によると――他にも海水浴場での事件について詳しく聞き取りをしており、既にある程度の調査が済んでいて近いうちに何らかの形で配信をするつもりの人間がいるらしく、そうなると内容はかなり派手で、それこそえげつないものになる可能性が高く、学校名や住んでいる地域だけでなく、最悪の場合は顔写真を晒される危険もあるので気を付けるようにと言った後、あっという間に消えていったそうだ。
黒谷は仲良くしている保護者に電話やメールでこのことを知らせ、どうしたらいいと思うかということで意見を求めた。
しかしこの黒谷と言う女は、自ら中心となって配信をする度胸も、能力も、また人を納得させるための話術も持ち合わせていなかった。
そのため連絡したママ友に、ただ『黒谷に対する不信感を持たせ、黒谷を非難する口実』を与えることしかできなかった。
必死になって黒谷は訴えた。
自分の代わりに誰でもいいから配信を仕切ってほしいという思いからだ。
サイキッカーが言っていたことを黒谷は大げさに話して聞かせた。
そして、そのサイコパスサイキッカーが言ってもいないことまでペラペラとよくしゃべった。
――もし名前や顔写真がさらされたら、今後、子供たちの進学や就職にも影響する可能性がある。
――海水浴に参加していない子も、学校や名前を晒される危険があるかもしれない。
――第三者の視点で配信したほうがいいらしい、ということ。
――真実を配信しない恐ろしい連中がいるらしい、ということ。
――どうやら猶予はあと二日か三日くらいらしいということ。
どこの誰だか知らない人間に、視聴回数稼ぎのために、面白おかしく小学校の生徒や保護者のことをベラベラとしゃべりまくられるくらいなら『遠山さんを助けたくても、理不尽な力で押さえつけられ、子供たちの安全のために正直に言えなかった保護者が多かった。それでも遠山さんを心配して心を痛めていた』ということを、こっちが先に配信するほうがいいよね、としきりに言ってくる黒谷だったが、それに共感してくれるママ友は一人もいなかった。
黒谷から連絡を受けた保護者――所謂ママ友たちは、黒谷を除いたグループトークでこんな話を開始した。
「どうしてその能力者のひと、黒谷さんに知らせてきたんだろう?」
「ユミちゃんママ、サイキッカーと知り合いなの?」
「アズミちゃんって……静ちゃんと仲が悪くて結構ひどいことしてたのにどうして声かけてきたのかな?その能力者の人って遠山さんに同情してるんでしょ?それなのにおかしいよね」
「確かアズミちゃんって、静ちゃんを階段で押したよね?」
「そうそう!あんなに運動神経良いのに、後ろから急に押されたから静ちゃん反応できなくて捻挫したんだよ」
「そうだよ、男子と一緒になって倒れた静ちゃんを笑ってたって聞いた」
「なんでまたそのサイキッカーは黒谷さんに言ってきたんだろう?」
「静ちゃん、うちの子をいつもかばってくれてさ、うちの子がいじめられているといつも助けてくれたんだ。ほんと酷いよ。クラスが別になってうちの子すごくがっかりしたんだから」
「だよね、ユミちゃんもちょっとね。だってあの子、海水浴参加してたのに、なんで言わなかったのかな?結構英介君にベタベタしてひっついてたみたいなのに」
「そうそう!多分アキラ君には逆らえないってことなんだろうけど」
「だね。黒谷さんってさ、我々に配信やらせたいんじゃない?あの人何にもできない人だもんね」
「ね。能力者のひと、何か勘違いしてんじゃない?もしかしたらユミちゃんが英介君が最後の日に、泣いてたことを聞いたんじゃない?それで誤解したとか?」
「ありえるね。だってその人、全員のことを調べ上げたわけじゃないでしょ?ユミちゃんの本性をしらないだけだよ」
「アズミちゃんほどじゃないにしてもさ、ユミちゃんにはうちもやられたのよ」
「もしかしたら、アズミちゃんの静ちゃんに対する嫌がらせをバラされる前に自分が配信して言い訳したかったんじゃない?」
「だね。能力者の人がそのこと知ったら大変なことになりそう。だいたい無関係な私達を引きずり込んで配信をさせようとか!いつもながら図々しいよね」
「ね、恐ろしいよ全く」
ズキン、とママ友たちの頭に痛みが走った。
推し活サイコパスサイキッカーが新たなターゲットに羽根をぶつけた。
――(もしもし、あんたら黒谷さんのお友達なんだよね?
――(悪いけど今の話聞かせてもらったよ。
――(俺は黒谷って奴に完全に騙されたって訳か!
――(俺はさ、遠山さんに家族を助けてもらった恩があるんだよ。
――(それでこっそりあの人の見舞いに行った時に、あの人は寝ていたんだけどよ、
――(彼女の思考が流れてきて、黒谷って女から電話をもらったっていう内容が、
――(俺の頭に入ってきたわけ。
――(わざわざ電話をかけてきた人が黒谷って人だってことだけだったけどさ。
――(彼女は眠ってたけど泣いてたんだ、すごく悲しそうに。
――(他には、アキラとかアズミとかそういう名前も出たんだがよ、
――(で、黒谷に聞いたわけさ。
――(あんたとあんたの子供は彼女と彼女の子供たちにちゃんと謝ったり、
――(優しい気持ちを持っていたかってことをね。
――(そうしたら、黒谷は親子揃ってずっと心配していたっていうもんだからさ、
――(俺は黒谷にアドバイスしたってわけ。
――(このままだと確実に他の配信者に名前と学校、顔写真を晒される危険があるってことをね。
――(でも黒谷さん、俺が言ってもないことまであんたらに話してたよな。
――(こういうのは、俺は許せないんだよ。
――(いきなり話に割り込んで悪かったが、この地域にはがっかりしたよ。
――(実は引っ越しを考えていたんだが、
――(こういう人間ばかりのところはやめておくよ。
――(地価を下げるようなことになったら申し訳ないけど、ちょっとな。
――(無関係のあんたらに悪かったな。
――(でも配信したらどうだ?まともな保護者が空飛ぶ遠山さんのことを、
――(心から心配していたってことを配信してやったら、彼女も少しは救われるんじゃないか?
――(別に顔をださなくたっていいんだよ。ちゃんとした人間が、真心をもって、
――(空飛ぶ人を守り切れなかったことを後悔しているってことを、
――(俺はそれを話してほしかっただけなんだ。
――(黒谷って奴は俺をだましたんだな。最悪だよ時間の無駄をした。
――(俺は勝手に真実のみを公表するけど、その前に保護者たちが、
――(空飛ぶ人を守ってあげられなかったことについて、配信で言ってやるのはいいと思ったんだけど、まあ面倒だよな。
――(あんたらみたいに、あの人を心から心配してくれる人がいてよかったよ。
――(俺は家族を助けてもらった身だからどうしても彼女が気の毒でね、
――(まあもし、やる気になったら配信やってくれ。
――(もし黒谷が参加しようとしてきたら、入れてやったらいい。
――(俺は真実を公表するつもりだけどよ、もし黒谷が参加したら、
――(その場で真実をぶちまけて反省させりゃいい!
――(ああいう女はどうせ図々しく「私、心配してました。娘も心配してたのよ」とか言うぜきっと。
――(それを見た空飛ぶ人も彼女の子供も可哀想だもんな。
――(まあ、気力があったらやってみなよ。
――(そうしてくれるなら、俺はあんたらの誠実さについて公表するよ。
――(あんたらにはその価値がある。
――(ま、一方的にベラベラしゃべって悪かったな。
――(俺はこれから『小菅』っていう女のところに行くつもりなんだ。
――(こいつがまた空飛ぶ人に酷いことをした、っていう情報が入ってね、
――(実は、これについちゃあよく知ってる第三者を知らないんだよ。
――(こうなったらもう本人に聞こうかと思ったんだよ。
――(あんたら知らないよね?無関係だからさすがに知らねえか。
――(んじゃ、邪魔したな。俺はこれで、
「待ってください!」
ママ友らの一人が声を上げた。
「私、知ってますよ?多分ですけどそれ、小菅さんが遠山さんを『絶対にボランティアに参加させて年少の担当を押し付けよう』と言ってた件じゃないですか?」
「ああそれね。ええ、結構沢山の人が知ってますよそのこと。休憩時間もとらせなかったみたいですよね。ありえませんよ本当に」
「その話ですけど、アキラ君のお母さんと笑いながら話していたらしいですから。それにアキラ君のお母さん、遠山さんのお宅に電話してご主人にあることないこと言い付けたらしいですよ」
やっと、サイキッカーが喜びそうな証言が飛び出した。
――(マジか!なんだよ!俺はさっき時間を無駄にしちまったのか!
――(空飛ぶ人を心から思っていた人は別のクラスにいたってことか!
――(あんたら、悪いが、よかったら話をきかせてくれねえか?
――(俺はいつまでこの力が使えるかがわかんねえんだよ。
――(使えなくなっちまう前に、あの人に、俺の家族の恩人に、
――(本当に感謝してるって恩返ししたいだけなんだ。協力してくれると助かる。
――(お願いできねえか?ママさんよ?
「協力しますよ。静ちゃんも英介君も本当にかわいそうだったんです」
「なんだったら、配信しますよ?顔出しナシにすればいいんだし」
「黒谷さんが入るなら、それはそれでどうぞってことで」
「ただし、そんな調子よくあの人に嘘話なんてさせないですから。小菅さんも入りたいならどうぞって言いますよ」
「遠山さん、私達は何もできなかったから申し訳なかったんです。これ、彼女のためになりますかね?」
――(そりゃもちろん!悔しい思いをしてずっと泣いてた人じゃねえか!
――(スポーツトレーナーの映像みたか?ああなったのは誰が始まりだよ?
――(嘘つき野郎共じゃねえか!
――(さっそく、あんたらの力を貸してくれ!
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