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91.告白の夜――ただし愛の告白のほうではない(2)

 頭と胸に響く空飛ぶカァちゃんの朗らかで柔らかな声を聞き、佐倉は「えっ」と誰にでも聞こえる声をあげてしまった。

 「羽がはえた?あたたかい?」


 空飛ぶカァちゃんは佐倉が声を出しても、ついさっきのように羽から言葉を飛ばしてきたとしてもどちらでもよかった。

 空飛ぶカァちゃんは自分で言った通りに前に進んだ。


――(佐倉さん、だから進めそうなんです!

――(私、もう自由に怒ります。憎むのを我慢しないで発狂しますね。

――(私だって、いつまでもあの人達を軽蔑し続けたっていいですよね?

――(アキラ君の親の気持ちを理解しようとなんか、しなくたっていいですよね?

――(なぜ私が、あの人達はサメのことで混乱していたんだから気の毒だとか、

――(子供が危険な目にあったんだから思いやってやれだとか?

――(息子の友達の親を悪く言うなだとか?

――(わざわざ心配して電話をしてくれた保護者の優しさに感謝しろだとか、

――(どうしてそんなことを偉そうに言われなきゃならなかったの?

――(何もしなかったあの夫に!なにも助けてくれなかったあの男に!

――(どうして私はあんなにビクビクしてたのかしら?

――(私が夜中に天井まで浮いて迷惑かけてるから?

――(あの義母から嫌われて見下されているから?

――(でも私、なぜあの義母があんなに見下してくるのかわからなかった。

――(私が黙って我慢してると、あの男は嬉しそうにして……気持ち悪い。

――(だいたいどんな嫁があの義母と上手くやれるのかしら?

――(おめでとう、今度こそどうぞ仲良くやってね。

――(あの夫、義母が私に色々言ってるの見るのが楽しそうだった。

――(これからも楽しいといいわね、あの義母さんと楽しくご一緒にどうぞ。

――(永遠に口先だけの親切にありがとうって言ってなさいよ。

――(佐倉さん、子供たちには言わないでほしいんですけど

――(私ね、なんとなく自分は死んでしまうような気がしていたんですよ。

――(耐えられないから感情というものを封じ込めていたんだと思うんです。

――(静と英介がせめて、せめてもう少し大きくなるまではなんとか生きて……

――(それまで頑張って生きて、そして安心したら死にたいって思ってたんです。

――(ふふっ、馬鹿みたいですよね。なんで私が死ななきゃならないの?

――(馬鹿みたい。死んだりするもんですか!

――(佐倉さん、私、自分でもわからないのですがこの先きっと、

――(生きていけるかもしれないって思います。

――(佐倉さん、ありがとうございます。

――(本当に佐倉さんの言葉が一歩をくれたんです。


 佐倉は自分でも打ち明けるつもりだったが、今日もう一つ、秘密のデパートから告白を取り出すしかなくなった。

 ここまでの言葉をもらった佐倉は完全に追い詰められてしまった。

 自分は空飛ぶカァちゃんより苛烈でなければならないと、実際にそうなのだからと――とにかく滅茶苦茶な、気が狂ったみたいな男でなければならないと思った。

 嫌われたくはないが、空飛ぶカァちゃんに呆れられるような男にならなければと思ったのだ。

 だからもう色々とさらけ出すしかなくなった。

  

 佐倉は声を出した。

 「遠山さん、いつまでこの名前で呼ばなきゃいけないのかわからないのですが――英介が卒業するまで、の予定ですよね?まあいいです。実は、私はあなたにお礼を言われるのが辛いです。私はとんでもない奴なんです」


――(佐倉さん?


 佐倉が声を引っ込める。そして缶コーヒーでひと呼吸。

 「軽蔑されますきっと。あなたが思いもしないことをしたんです。告白します。黙っていたかったけどこんなふうにあなたの誠実さ、正直というものを見せつけられたら言うしかありませんから」


 ---(私はあの喫茶店で――個室のある喫茶店のことですよ?

 ---(あそこでこの羽を、私は羽と呼んでるんですが、これを飛ばしました。

 ---(お気づきではなかったですよね?多分。私は、

 ---(私は遠山公男の頭の中に話しかけました。嘘みたいなガラガラ声で……


 今度は空飛ぶカァちゃんが『えっ』と間抜けな声をあげた。

 しかしすぐに、空飛ぶカァちゃんは佐倉の言いたいことがわかったようだった。

 空飛ぶカァちゃんが何か言う前に、会話の権限を奪い取るようにして佐倉は続けた。

 正直を称賛しながらも、佐倉は少しだけ嘘を混ぜた。

 佐倉には、まだ全てをさらけ出すことは出来なかったようだ。

 なぜか?

 佐倉は、自分を救ってくれた恩(・)人(・)である空飛ぶカァちゃんから完全に拒絶されることだけは避けたかった。

 ほんの少しだけ、こっそりと言い訳の裏道を残しておきたかった。

 佐倉はあの喫茶店で、最(・)初(・)か(・)ら(・)遠山公男に攻撃を仕掛けるつもりだったが、そこの部分だけは上手くごまかしながら、正直に見える告白を再開した。


 ---(ええそうです。

 ---(あの時、遠山公男の思考がこちらのフロアまでダダ漏れだったんです。

 ---(それであいつに、羽を飛ばして脅しました。

 ---(何を言ったかってことですが、まず調子に乗るなってことでした。

 ---(物腰の柔らかい方でしたが、あまりにも腹立たしいことばかり考えてて、

 ---(あいつが、親権を渡すにしても、すぐには言ってやらないでおこうとか、

 ---(子供と暮らせることのあ(・)り(・)が(・)た(・)み(・)を思い知らせてからにするとか、

 ---(そんなことをあいつが考えてたもんでカッとして、

 ---(子供が出来たことをバラしてやるとかって言いました。

 ---(あなたと外のフロアにいる秘書に……つまり私のことなんですけど、

 ---(あいつにも子供ができたことをバラしてやるって脅しました。

 ---(最低だと思いましたか?そりゃそうです。

 ---(それで、もっとぎゃあぎゃあやろうと思ったらあなたが、

 ---(あなたがあいつに謝ったんです。それも聞いてしまいました、すみません。

 ---(それからはあなたが、あの男を動かしました。

 ---(この時も私に出る幕はありませんでした。

 ---(あなたのプライバシーにちょっかいをかけて、

 ---(もしかしたら別の未来が待っていたかもしれないのに、

 ---(勝手に茶々を入れて、もう一つの可能性を潰しました。

 ---(まだあるんですよ。私は静ちゃんを傷つけたあいつを許せませんでした。

 ---(あいつは、


――(静?佐倉さん?静がどうかしましたか?


 ---(はい、これは静ちゃんと一緒に話す予定だったんです……

 ---(静ちゃんには謝るつもりです。一緒に話そうって言ってたから。

 ---(実は、あの子も我々と同じなんです。

 ---(これが、頭から出ているんですよ、透明なものがね。

 ---(静ちゃんは、遠山公男に呼びされて高崎まで行った時に覚醒したんです。

 ---(遠山公男が頭の中で愛人のことや子供のこととか、英介を引き取る話とか、

 ---(そういうことを考えてたみたいで、あいつの思考が聞こえてきたそうです。

 ---(私は、山本先生の指示でちょうど高崎に来ていたんです。

 ---(権藤さんの交流会に偵察に行けと言われて高崎に来ていたんですが、

 ---(静ちゃんから電話をもらって、駅であって、それで聞きました。

 ---(あの子は泣いてました。

 ---(遠山公男の母親が、静ちゃんとはそりが合わないから、英介だけを、

 ---(英介だけ引き取りたいって言ってたことが聞こえたそうです。

 ---(結局その日、遠山公男は言えなかったそうですがね。

 ---(平気そうにしてましたけど、多分今でも悲しんでるんです。

 ---(気にもしてないよって、平気な顔して笑ってる静ちゃんが、

 ---(本当は傷ついたってことを、私は知ってたんです。

 ---(だからどうしても許せなくて、卑劣な手段で奴を脅しました。

 ---(あなたにも言ったでしょ?離婚は先に言った方が負けだとかって。

 ---(友達が離婚問題で悩んでるとかなんとかって……実はあれも大嘘ですから。

 ---(他にも、遠山公男から先に言わせたくて、色々やりました。

 ---(今日はもう遅いし、やめておきますが、聞かれたらなんでも答えますよ。

 ---(とにかく、和解を邪魔して離婚するように仕向けました。

 ---(それを喜んでしまいました。

 ---(つまり、何が言いたいかと言いますと、

 ---(この私が、あなたの心をあたためたとか、救ったとか、

 ---(そういうことを言われる資格はない男なんですよ。

 ---(羽を使いまくって、離婚を後押しした最低男なんです。

 ---(咲太郎と別の友人に頼んで、遠山公男が不利になる証拠集めまでやって、

 ---(ストーカーじゃないけど、それみたいな?

 ---(軽蔑されても仕方ないけど、でも私はあなたをこの環境から助け出すまで、

 ---(しつこく色々するつもりなんです。

 ---(気味が悪くてヤバイですか?

 ---(本当にすみませんでした。まだあります。

 ---(実はあと、


 佐倉は推し活サイコパスサイキッカーのことも告白しようかと思ったが、空飛ぶカァちゃんに口を挟まれた。


――(佐倉さん、佐倉さん!

――(まだあるんですか?これ以上の、ヤバイ秘密のデパートの商品が?


 ---(はい、あるんです。

 ---(実は、最も呆れられるようなデパートの商品が、

 佐倉は覚悟と決めて告白しようとした。

 しかし、また空飛ぶカァちゃんに止められた。


――(佐倉さん、すごすぎます。あまりのことに、言葉がでてきませんよ。

――(あの時、あの夫がおかしくなったのは佐倉さんが原因だったんですね?

――(いきなり頭を押さえて、なぜか全てを話し出すなんて!

――(私は急に何が起こったのかと思いましたよ?

――(彼は多分、普通の人で、悪人ではありませんが、

――(だからと言って、誠実な人間じゃありませんから。

――(私はもうずっと前からそのことを知っていましたから。


 そういった空飛ぶカァちゃんの声が、佐倉には冷え冷えしているように思えた。

 これが公男への軽蔑なのか、それとも佐倉を嫌悪するものなのか、深く考えたくなかった佐倉は先を急いだ。もうしゃべり続けるしかなかった。


 ---(はい、徹底的に追い詰めました。

 ---(これから世間にバラしまくってやると言ったような?気もしますが、

 ---(色々喚いたので覚えていないんです。いや、言ってないか?

 ---(とにかく早口で怒鳴りまくりました。

 ---(私はあいつを、


――(佐倉さん、私驚きました。一体どうすればいいんです?

――(それが本当に佐倉さんの仕業だったなら!私は本当に、本当に!


 ---(本当に、軽蔑しましたよね。すみませんでした。


――(佐倉さん違います。

――(いま本当に温かいんです、感謝でいっぱいなんです!

――(誰も助けてくれなかった中で、佐倉さんだけが私を、

――(いつだって、公私ともに助けようとしてくれたんです。

――(あの人は絶対に、正直に打ち明けるような人じゃありません。

――(多分、佐倉さんが刺激したから追い詰められたんです。

――(もしそれがなかったら多分私、ものすごく不利なことになってましたよね?

――(あの人は、高圧的に言えば私が折れると思って侮ってましたから。

――(私ね、最近思ったんです。あの姑が新しい嫁とうまくいくはずがないって。

――(そして、それをあの夫はまた楽しむだろうって。

――(人が苦しむのを見て楽しむ人っているんですよ。知ってました?

――(かばいながら楽しむんです。でもいつも母親に花を持たせるんですから。

――(私、よく我慢してたと思いますよ。

――(おかしくなっていたんだと思います。

――(精神の根っこの部分が、何かに蓋をされていたような感じかもしれません。

――(あんな義母!私、あいつに何をされても抗議できなかった。

――(あいつに母から譲り受けた大切な真珠のネックレスも取られたんです。

――(恐ろしいことですよね?泣く泣く諦めましたけど、

――(弁護士さんに言おうかな、警察に言ってやりたい気分ですよ!


 ---(遠山さん、いえ、遠山さんと呼ぶのはあんまりあれですが、

 ---(また弁護士に頼みましょう。絶対に取り替え返せますよ。

 ---(凄腕弁護士ですから大丈夫ですよ。

 ---(全部取り返して、つぶしてやりたいです――私が。


――(佐倉さん、ありがとうございます。

――(これ以上の秘密のデパートの商品があるなら私、倒れそうですよ。

――(今だって倒れてるっていうのに!

――(佐倉さん、あなたは私の救世主です。

――(あと一年は、一緒にいてくださるんですよね?

――(私はそれが、それを聞いて本当に嬉しかったんです。心から。

――(私を、静のことも助けてくれてありがとうございます。

――(英介の能力のことも、守ろうとしてくれて!

――(秘密のデパートを持ってる佐倉さん、救世主だなんて……

――(これじゃ私、まるで飯田さんみたいですね。

――(モナコ公妃じゃないけど、佐倉さんは……


 こう言って、空飛ぶカァちゃんは目を閉じてしまった。

 看護師に見つかったらとんでもないことだとしかられるだろう。

 まだ回復できていない空飛ぶカァちゃんをこんな時間まで興奮させてしまうなど――衝撃的な話をして動揺させてしまうとは!

 

 救われたのは佐倉の方だった。

 本当にまっすぐに、喜びだとか、感謝の気持ちとか、親しみとか、そういったものを伝えてくる空飛ぶカァちゃんが本当に愛おしく思えた。

 これこそが家族の親愛の情だと佐倉は思った。

 遠い昔、娘のように思い、宝物のように大切にしていた女の子を誰よりも愛おしく思っていた時と同じ感情だと、そう思ったのだ。

 その時は佐倉は女性であったし、その女の子に女性として与えられるものをなんでも与えたいし、優しく温かく守ってやりたいと思っていたが、その時の感情とはまた違うものが湧き上がっていた。

 今はなぜか、佐倉は男らしくありたいと思っていたのだが、あの時の自分と同じように大切な人を守りたいのだと、ただそれだけなのだと、佐倉は信じていた。

 

 声に出して佐倉は言った。

 「また明日も話しましょう。できればその次の日も、ずっと、たくさん話しましょう」

 ここまでお読みくださりありがとうございます。

 ずっとどうしたものかと考えていたのですが、今まで『ーー』とか『――』を使って書いてきましたが、スマホで見ると特に読みずらいですよね。

 読みやすい表記について色々試してみようと思っていますので、今後書き方が変わるかもしれません。

 過去のものもそれに合わせて直した方がいいのかもしれませんが、その途中でうっかり消してしまうなどの事故が怖いので、ひとまず過去のものはそのままにしておきます。

 それではまたよろしくお願いいたします。

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