09.山本ミキこそ破壊遺産(1)
佐倉の予想通り、“やらかした“山本ミキは、国民の間だけでなく永田町においても嘲笑の対象となった。
逃げても逃げても、いつも山本を付けまわす尾崎記者、どんなに批判されようとも横にへばりついてマイクを向け続ける松嶋記者、良く響く声の大きさで有名な現代関東新聞の今井田記者、彼らは山本と佐倉の周りを付け狙った。
最近では主要新聞のうちの二社が、一面ではないが山本の批判記事を掲載しだした。
さて、山本は体調を崩し部屋に留まる時間が長くなったが、佐倉は容赦しなかった。
この事件について掲載された記事はほぼすべてを買い集め、それらの新聞や週刊誌をこれ見よがしに机に積み上げ、山本ミキの傍らで難しい顔を隠すこともなかった。
『今は慎重に分析しなければ』とつぶやきながら、時折山本が不安そうに佐倉に視線を向けてくることがあれば、にっこり微笑んで「今は我慢の時です。うまくやり過ごしながら道徳的な行いを見せつけて批判をそらしていきましょう」と言って慰めた。
山本ミキの失敗は大きいものとしては二つ。
まず一つ目。
他国のトップや国策を上から目線で酷評し、好き勝手に言いたい放題揶揄するだけでなく、内政干渉ともとれる過激な発言を繰り返すとある大国の富豪について……何を思ったのか、それを肯定しているかのような発言を繰り返した。せっかくの懇談会でこの発言がまず水を差した。
数多くの国が、この驚くべき呆れた政治介入発言に対して厳しい目を向けているというのに、山本の発言は友好国の特命全権大使を一瞬で不機嫌にさせた。
大使が眉間に深いしわを寄せ、ワインを持つ手が派手にピクリと動いたにも関わらずである。
しかし山本はその表情の変化に全く気付かず、更にとんでもない間違いを繰り出した。
その二つ目。
こともあろうに間違えて、その友好国の隣国にある世界遺産を絶賛したのだ。
しかもその隣国とは、大使の国にとっては間違いようもない歴史的敵対国であった。
山本の誉め言葉をそのまま伝えた哀れな通訳は、大使の顔が真っ赤になり、そして口をつぐみ、しまいには小さく首を振り続けても、一体何がどうなってしまったのかわからなかった。
隣に座っていた副大臣が慌ててフォローに入ったが、大使はそれから全く笑顔を見せなかった。
全くもってそれが当然である。
わざわざここで言う必要もないことをなぜにっこりしながら発言してしまったのか。
哀れな若い通訳は、山本のおかげで無知の烙印を押されてしまった。
彼は山本が相手国の世界遺産の場所を間違えて話すなど、まさか思ってもみなかった。
佐倉なら、当然調べて懇談会に臨んだだろうが。
実際のところ、佐倉はまさか山本ミキがここまでのことをしでかすとは思っていなかった。
しかしながら、このことで佐倉の良心が少しくらいは傷んだかというと、そんなことは全くなかった。
山本ミキの傍では深刻な顔をしつつ献身的に振舞い、一人になるとケロッとして、こっそり甘いものを摘まんだりしながらご機嫌に過ごした。
ーーー『なぜこんなミスをしてしまったんだろう?いつもしっかり確認していたのになぜ?』
もしかしたら誰だって、こんなふうに取返しの付かない失敗をしてしまうことは確かにあるかもしれない。それが原因で辛い立場に追い込まれることもあるだろう。
重く苦しい時間が長く続いて、死にたくなるほどに追い詰められてしまったとしても、それでも何とか時間をかけて立ち上がり、前を向いて進もうとする、そんな人間もいるかもしれない。
しかし今回の山本のやらかしは、もはや挽回しようのないものだった。
これからすぐにもっともっと、国内だけでなく、やがては世界にだって広がっていくかもしれない。
残酷な佐倉がチョコレートを摘まみながらニコニコしている姿を見て、階下の部屋の(山本ミキが所属する同じ派閥の議員のところの)派遣の事務職員が二人、山本宛の書類を渡しながら心配そうにこう言った。
「佐倉さん、昨日もお疲れ様でした。ストレスすごいんじゃありませんか?下のみんなも心配してました。そんなふうに無理して笑うことないですよ」
彼女たちはほんのり赤い顔で佐倉を励ました。
佐倉はこんな時はいつも優しげで、ものすごく紳士だった。
「いやごめんね、みっともないところを見せて。大丈夫大丈夫、こう見えて図太いから平気だよ。
でもありがとうね。ねえ、今3つくらい食べちゃったんだけどチョコレート好き?部屋でみんなで食べて。でも私からって言わないでね、そういうのは色々と問題になるから。どこかの事務の方からもらったってことにしてね。実はここのチョコレートが大好きなんだ。ぜひみんなにも食べてほしいな」とにっこりしながら銀色の蓋をしてチョコレートを差し出した。
事務の女の子は裏返った声で「いいんですか?」と言って、更に真っ赤になって頭を深く下げ出て行った。
少し先の廊下で山本ミキに凄い形相で睨みつけられたが、もはや彼女達すら山本を恐れることはなくなっていた。
彼女たちはすれ違いざまに「どうするつもりなんでしょうねっ」と聞こえよがしに言って早足で歩き去っていった。
山本の頭には毎日、議員辞職の文字がよぎっていた。
彼女は今、それほどに辛かった。
山本ミキ(2)は明日の午後6時前後を予定しております。
仕事の後に誤字チェックをしてから投稿することにしました。1~8を一気に投稿しましたが、一度見つけると気になってしまい、これから先も投稿の前には全部やらないとまずいと思いました。情けないです。




