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08.役に立つ佐倉さん

 祖母と佐倉が電話で話している間、静はあの時の出来事を思い返していたが、祖母から電話に出るように声をかけられた。

 「静ちゃん、佐倉さんが代わってって」

 英介が「えええ?俺が出たいのに!」と抗議したが静は素直に電話を受け取った。


 「佐倉さんこんばんは」

 『静ちゃん、今日は英介の初日だったよね?返事だけでいいんだけど……大丈夫だった?何か嫌なことはなさそうだったかい?』


 静は驚いて言葉に詰まった。英介を心配して電話を代わるように言ってきたのかと思うと、佐倉のことをちょっぴり見直した。

 「全然。むしろ絶好調」静は明るく答えた。

 『そうかよかったよ。おばあさんだとうまくごまかせずに正直に話してしまうかと思ってね。そうなると英介が恥ずかしいかなと思って』

 「ありがとう佐倉さん。なんか前よりいい感じなんだ」

 『そうか、本当によかったよ。ところで、またお母さんに会いに来る予定はないの?この間は会えなかっただろう?日にちを決めて今度こそすれ違わないようにしようよ。近いうちにお母さんの最新の予定をメールするからそれに合わせて決めてくれれば私が立ち会うから』

 「行く!英介と話してみるよ」

 『ああそうして。それから、山本ミキのこと知ってるかい?なかなかとんでもないことになってね、今ちょっと大変なんだ』

 「あー、うん。すごく失礼なこと言っちゃったんだってね。通訳も配慮がなかったとかって話だよね?」

 『そうそう、言う必要もないことをわざわざそのまま伝えちゃったんだから、もうとんでもないことだよ』

 「佐倉さんその通訳だとそうなるって知ってたんじゃない?」

 『まさか!山本先生が困るようなことを私がするはずないだろう?まあ、あの人のことはどうでもいいんだけど……静ちゃん、サイキックのことで話したいことがあるんだよ。

 実は英介がどう思うかが心配だから事前に言っておこうと思って。それで今電話で君と話したかったんだ。英介はお母さんのことで自分を責めているようなことはもうない?そこが気になるんだ』


 静は、早く電話を代われと文句を言いながら睨みつけてくる英介に背中を向けた。

 「いやまだそれはちょっと。やっぱり難しいところもあってーーー勉強も難しくなってきてるから」

 佐倉の配慮を無駄にしないように静は注意深く答えた。


 『そうか。とにかく、口が軽いと困るんだけど、君たち二人なら大丈夫だと思ってるから話したいんだよ。次の時にはお母さんと会った後に()()()話したいから、なるべく時間を取るようにしようね。じゃあまたね』

 佐倉はそう言って電話を切った。


 英介が「なんでもう切っちゃうんだよ!」と言って怒っていたが、佐倉の英介への気遣いについては何も伝えなかった。

 英介には何も言わないでおこうとーーーそうしてくれと言われたような気がしたから。

 静が佐倉を苦手と感じる理由はそこにあった。

 視線とか声とか、そういったもので自分の気持ちの中にぐいぐい踏み込んでくるような、訴えかけてくるような何か。いつも言葉ではなくて、感覚で強引に感情を伝えられてしまうような気がしていたから。


ーーー(英介はきっとまだ傷ついているから。もう少しの間は注意深く対応していこうね)

 佐倉が言いたいことはこういうことなのだと、静にはもうわかってしまっていた。


     ◇◇◇◇◇


 山本ミキの失言でますますフリー記者の追及が激しくなり、山本がホールを移動する際には必ず佐倉が付き添った。

 両手を広げて献身的に山本をかばう姿はマスコミでは批判的に扱われたが、与党の議員の中には『背が高くて手足が長いから、あいつがいると隠れやすい』などと言って小馬鹿にしつつも……『君は役に立つUA、競走馬だ!』と笑いながら佐倉をねぎらう者がいた。


 「先生、UAだなんて酷いじゃないですか。それ、A horse is a useful animalから取ってるんですよね?わかりますよ」

 佐倉はニコニコしながら冗談をやりすごすように、そして爽やかに重鎮に言い返した。


 「ありゃ!さすがだねえ君。わしの時代の教科書にはこの文が定番だったがの。英語が達者なんだって?いや別に馬鹿にしたわけじゃないんだよ、あれ、馬鹿とかって……これも馬だね!」


 ガハハハハと下品に笑いながらバンバンと佐倉の肩を叩きながら、麹町銀次(こうじまちぎんじ)という大物議員が目尻に涙をにじませながら大笑いした。


 佐倉はすかさず言う。

 「先生、実は私もアルファベットで省略するの大得意なんですよ」

 「ほう、ちょっとそれ、何かいいのを言ってみてよ」麴町はクックッと笑いながら佐倉の肩を何度もたたいた。

 「そうですね、S・K・A・T・T。これ、なんだかわかります?」

 麴町は機嫌よく笑いながら「ああ?年寄りを英語でいじめるのか?なんだーーーs、s、スタート。 Kはカット? ああ、カットはCか。んん?K?これはキャリア? A、A、A、エースか! Tは、トラスト?ティーチャー?君、難しすぎるよ。一体なんなの?降参だ!」と言って両手を上げた。


 「じゃあお教えしましょう。これはですね、しつこい記者S・K。呆れて疲れてA・T。そしてTime's upですよ。文字通り『スカッと』しませんか?」

 「おお!なんだよ、日本語でよかったのか!あんたすごいね、そりゃもうその通りじゃないかね」


 麴町は涙を浮かべてご機嫌に笑い続けた。

 周囲に響き渡る笑い声。ーーーガハハハハハッ グフフッ。

 爽やかとは言いがたい音が佐倉の周りで響き続けた。


 佐倉は本当にニコニコしながら「先生に褒めていただけるとは光栄です。嬉しいですね」と、胸に手を当てながら軽く頭を下げた。

 麹町が立ち去ると佐倉は割と大きな声でつぶやいた。


 「キャリア(Career)もCだ、この間抜けめ。最後のTは『Take your time』だよ。

 記者もやる気あるのか?もっともっとくらいついて攻め続けてみせろ!尾崎も腰抜けになったか?」


 佐倉の声に反応した者は一人としていなかった。

 普通なら聞こえるはずの大きさであったにもかかわらず、だ。




こんばんは。次回は気の毒な山本ミキだった件です。

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