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07.佐倉の企み

 英介の告白で、転校初日から6年2組は授業どころではなくなっていた。

 なんといってもその転校生が初日から大泣き。

 クラス中が号泣。先生まで目が真っ赤。

 休み時間に隣のクラスの女の子が転校生の顔を見るためにやってきた時、クラス中で泣いているので一体何が起こったのかと驚いて、担任の先生を呼びに行ったほどだった。


 隣のクラス担任は大まかな話を聞くと呆れて、年上の女性教諭に向かって「なにやってんですかもう」と言ってハンカチを差し出した。

 「ハンカチくらい持ってないと、抜き打ちの衛生検査ができないじゃないですか」と言って、笑いながら教室を出て行った。

 もう隣のクラス担任は出て行ったというのに、6年2組の担任は「ハンカチはちゃんと引き出しに入ってる」とかなんとか言い訳をしながら、涙を拭って6時間目の授業準備に取り掛かった。


 英介は、休み時間の終わりのチャイムが鳴ってすぐ、自分のぐちゃぐちゃな顔を他クラスの連中に見られたことを思い出して(もう自分は終わりだ)と思った。

 転校初日に大泣きしたことが英介は恥ずかしくてたまらなかった。


 ハアッとため息をつくと、隣の席の東京湾スカイツアーの竜介が「俺までつられちゃったじゃねえか。この責任はとってもらうからな。クラス全員とんだ恥さらしだ」と言った。

 女子の一人が竜介に「あんたが一番泣いてんだよ。みっともない」と言って竜介の頭をパカッと叩いて軽く言い合いになったり、みんながそれを笑ったりして、もう授業どころではなくなっていた。

 クラス担任までもがパイプ椅子に座り込んでハアーッと長い溜息をついたりした。


 よく泣いておしゃべりな女子の一人が「でもさ、遠山君のお母さんはあんなに美人なのにさ、母ちゃんってのは合わないんじゃない?」と言ったので、英介は「男ってものは母ちゃんって呼ぶものなんだよ」と笑って答えながら、それを言っていたのがアキラだったことを思い出した。

 あの時アキラがそう言って、ママと呼んでいた自分が恥ずかしくなり2年生の時からずっと母ちゃんと呼んでいた。

 「わかる!母ちゃんと呼ばずして何と呼ぶんだ?ママとかいうやつはマザコンだよ」

 「確かにな、お母さんじゃなくて母さんと呼ぶのもまあよしとしてもな」

 「だよな、それそれ」


 このまま雑談タイムになりそうなことに恐れを感じた担任が「今日はもう鶴亀算の応用の復習は無理そうだな。漢字書き取りの時間にしよう。今から漢字ノートを最低5ページ書け。鶴亀算の応用は来週時間をたっぷりとるから」と言いながらニカッと笑ったところ、大声でギャーギャーわめく抗議の声が隣のクラスにまで響いた。

 さっきの若い教師がまたのぞきに来て「ほんとなにやってんすか」とだけ言って戻っていった。


 「まあ泣いたのは仕方ないとしてと。とにかくよろしくたのむぜ」と言った竜介が、このクラスをまとめているのは明らかだった。


     ◇◇◇◇◇


 空飛ぶカァちゃんの新しい担当となった佐倉から、英介の転校初日の夜に定期連絡が入った。

 電話に出た祖母の顔がみるみるうちに明るくなっていくのが、はたから見ていてよくわかった。

 祖母も祖父も、この佐倉という男を気に入っていて信頼を寄せているようだった。

 しかし、この佐倉という男が、静は何となく苦手だった。


 少し前にどうしても母親に会いたくなって英介と一緒に佐倉の元を訪れた時、朗らかに親切に対応してくれて、英介はその時からすっかり佐倉が気に入った様子だったが、時折、静をじっと見つめてくる視線が怖くて、何回も目をそらしたことを思い出す。


 「静ちゃん、相手の顔を見たくないけど自分から目をそらしたら負けた気がしてイヤだ、って時はね、鼻を見てニコニコするといいよ。余裕しゃくしゃくって感じで笑うんだ。そうするとだんだん本当に目を見ても大丈夫になる」

 佐倉はこんなことを言って英介を笑わせた。

 「それ聞いたことあるよ俺。でも鼻毛が出てたりしたら笑っちゃうじゃん」なんてことを言い合って、英介と佐倉は「確かに!」と言って手をパン、と合わせたりした。


 なぜ彼を苦手だと思うのか、怖いと思うのか、漠然としていて静にはその理由がわからなかった。


 その日は、空飛ぶカァちゃんが古い団地の点検補助で埼玉のほうまで飛んでいたため結局会うことができず、佐倉はかわいそうに思ったのか家まで車で送ると言ってくれた。

 英介は大喜びで飛び上がり、二人で盛り上がっている様子だった。


 佐倉は山本ミキの関係で、時々テレビのニュースやYouTubeでその姿が映しだされていたが、嘘っぽい笑顔と背筋をピンと伸ばして顎を引いた時の姿勢が冷たい印象を与え、英介は最初かなり心配していた。

 「母ちゃん大丈夫かな?なんか意地悪されないかな?」などと言っていたというのに。

 なんか怖そうな人だと言って不安そうにしていたのに。

 それなのに、初めて会った時から二人は仲良くなった。


 帰りに車に乗り込む前のこと。

 佐倉がこっそり渡してくれた来週の空飛ぶカァちゃんの『飛行予定表』を見ていた時だ。

 「これは特別な人にしか教えない“佐倉直通“の番号だよ。当然私しか出ないからいつでも連絡しておいで。仕事で電話に出られない場合は後から必ず折り返すから。本当に遠慮は無用だよ」と言いながら二人に名刺を差し出した。

 「これが人生初の名刺だと嬉しいな。これは個人で作った特別な名刺なんだ。山本ミキにもあげてないよ」といってウインクした佐倉に、静は思わず「聞こえたら大変じゃない!あの人、今こっちに歩いてくるよ!」と言って注意をした。


 佐倉はなんてことなさそうに「平気さ、どうせ別のくだらないこと考えてるから聞こえやしないから」と言って意地悪そうに笑って見せた。

 「佐倉さん、あいつのこと嫌い?」英介が嬉しそうにこう聞いた。

 「好きな理由を探してごらん。難しい質問だろう?」

 「ええーっ!」

 佐倉はニコニコ笑いながら「ふん、たとえ最初は純粋に国や国民のために頑張ろうと思って議員になったとしてもさ、きっと所属する政党やグループに汚されていくことは多いんだろうね。前の総理のお気に入りの子、わかるかい?あの子も最初はまっすぐな思いを持っていたけど、今は嫌な色が付いてる。どんな色かって?英介にはわかるかい?」

 「えええ佐倉さん、なんかカッコつけた言い方ばっかしちゃってさ!でになんかの時に使わせてもらおうかな」

 「そうそう、『女子一撃必殺セリフ会』ってのを中学の時にやってたよ。私の名セリフのおかげで告白に成功した野郎どもが山ほどいたんだよ」

 「えええ!マジで?」

 「マジさ。英介にも時々教えてあげるから」


 こんな様子を見ていた静は置いてけぼりになって、なんとなく不貞腐れた。

 するとすかさず佐倉が話しかけてくる。

 「静ちゃんは山本ミキをどう思う?」

 「もう佐倉さん、だからまずいよ呼び捨ては。あの人に聞こえちゃう」

 静は本当に佐倉を心配してこう言ったのに、

 「絶対大丈夫だから。ほら、まだあそこで立ち止まってわめいてるだろう?

 今あの人はね、他党の大嫌いな党首の持つほんのわずかな持ち時間を潰すための文言をさ、ぎゃあぎゃあ怒鳴りつけながら作らせてるところだよ。

 昨日、能力者を使ってなんか掴んだみたいだから。ほらあれ、隣の若い奴がヤマモトの担当。泣きそうな顔をしてるだろう?あららかわいそうに。またやめちゃうかもな。

 それと、通訳のことで頭がいっぱいなのさ。私が明日はいないもんだから困っているんだよ」

 佐倉は心底意地悪そうに「すぐこっちに来るよ。ニヤニヤしながらやってくるから、それに合わせて笑ってごらん」などと言った。


 すると、本当にすぐ山本ミキがやってきて、面倒くさそうに英介と静に声をかけた。

 「お母さんに会えなくて残念でしたね。でも仕事ですからね、仕方ないですこればっかりは」

 静は「はい」と言って、佐倉に言われた通りにニコニコ笑って彼女の鼻を見た。


 鼻毛を探したが見つからず、これと言って欠点も見当たらない顔だが、美点はそれ以上に見つからないなと思っていたら、佐倉が『ぐふっ』とつぶれたような音を出したが、そのまま咳き込んですみません、風邪かもしれませんねと言って山本ミキから顔をそむけた。


 「佐倉君、明日の出張はやめておいたら?風邪なら無理しないほうがいいですよ。出張は黒田に任せて、あなたは私の通訳をす、」

 「まさかそんなことはできません。先生の大切な支持者じゃないですか!今から帰って万全を期して臨みますからご安心ください。さっきもメールを打って明日のお約束の確認をしたばかりですから心配はいりません。先生にもよろしくとのことでしたよ」

 「そ、そう?でも話している時に咳き込んだら逆に、」

 「お任せください。こんな時のために特別な滋養レシピを使うんです。今度先生にもお教えしますね」


 こんなふうに佐倉にペラペラと押し込まれて、山本ミキはあきらめたようだった。


 それにしても、二度も話をさえぎられているというのに、不思議と山本は不快感を覚えていないようだった。佐倉の出張をやめさせて、自分の通訳をさせたかっただろうに。

 あんなに自分勝手で高圧的な感じの人なのに佐倉には何も言えなかったことが静には奇妙だった。


 山本が立ち去ると、佐倉は静に向き直り「君は頭がいいよね。私の秘書に欲しいくらいだ。さあて、明日の懇談会がボロボロに終わるのが楽しみだよ。誰が通訳なんてしてやるもんか!」と言ってクックッと笑い出した。


 静も英介もこれには驚いてしまい、出た言葉は「えええええー!」だけだった。

 





 次はまた新たな人物が登場します。この人物はこれからちょくちょく出てきます。

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