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06.ありがとうなんていらない

 空飛ぶカァちゃんが海上に飛んで、アキラの赤い帽子を見つけた時には、いやらしい背びれがアキラからあと10メートルくらいのところにまで迫っていた。

 アキラは意識はあったが恐怖で動けなくなっていた。

 背中を見せたら脚にかみつかれてしまうような気がして、顔を上向きにして、背泳ぎのような恰好で浮かんでいた。


 空飛ぶカァちゃんが間一髪のところでアキラを抱きかかえて海から引き揚げ、空中でしっかりと抱え込んだすぐ後に、1.5メートルほどのサメが物凄いスピードで足元を横切った。

 アキラは大声で叫び、暴れだした。そして、空飛ぶカァちゃんにしがみつき泣き喚いた。


 船はあと少しというところまで来ていたが、もし空飛ぶカァちゃんがいなければ、赤い帽子のアキラはサメに嚙みつかれて食いちぎられていたかもしれなかった。

 どう考えても、空飛ぶカァちゃんはアキラと、その家族の恩人のはずだった。

 それなのに、砂浜に戻った空飛ぶカァちゃんにお礼をいう者はいなかった。誰一人として。


 アキラの母親はまるで化け物を見るような目で空飛ぶカァちゃんを見つめ、アキラの父親は「どういうことだ?」と怒り出した。

 「助けられるならもっと早くできただろうが!」とも言って、大声で怒鳴りつけてきた。

 まるで空飛ぶカァちゃんが悪いことでもしたかのように。


 被害者が加害者に憤慨しているかのように大声で怒り続けるアキラの父親の剣幕に、それを宥めたり諫めたりできる者はいなかった。

 救助隊の人もどうしていいかわからず、いったん警察で話をしようということになった。


 「警察?母ちゃんが?なぜ?」

 英介にはどうして母ちゃんが、まるで悪い奴が事情聴取されるかのように警察に連れられていかなければならないのかわからなかった。

 空飛ぶカァちゃんと手を繋いて歩きながら、英介はアキラのほうを見たが、その時アキラは嫌な目つきで英介を睨みつけてきた。


ーーー(どうして?助けたかっただけなのに。一刻も早く助けようとしたのに!なぜそんな目でみるんだ?)

 英介の気持ちも、空飛ぶカァちゃんの気持ちも、そこにいた誰もが、優しい気持ちで気遣ってはくれなかった。

 

 そこからはあっという間だった。

 空飛ぶカァちゃんは能力者として政府の管理下に入った。

 特殊能力を持たない一般人を脅かす(おびやかす)ようなことがあってはならないと、厳しい規制のもとで、政府が指示する業務を遂行するロボットのような存在になった。

 自分の意志では決して断れない、まるでーーー(英介と静の気持ちの中では、であるが)それは奴隷も同然だった。


 他の3人の能力者は、文字通りの“脳”の部分、頭脳労働の類での働きを求められる存在とされ、主に政府の望む諜報のような活動と犯罪者の自白等に補助として積極的に重用されていった。


 最初のテストで、空飛ぶカァちゃんは彼らが持つと言われるテレパシー、精神感応系の分野において、全く適性がなかった。

 最初にやったカード当てテストでは20問中1枚しか当てられなかった。

 これは一般の人間がテストを受けた時の平均より低かった。


 このことが空飛ぶカァちゃんの評価を著しく下げた原因となったのだ。

 嘘みたいに精神感応系の能力が低い。繊細な脳作業がここまでできないというのは逆の意味で特殊。

 ろくでもない連中が寄って集って(よってたかって)空飛ぶカァちゃんを追い詰め、意地の悪い言葉で貶めた。

ーーー『確かに飛ぶという異能については傑出しているが、これはあくまで筋肉系、運動系統の作業に適した能力であり、現時点でもたらされる恩恵は単なる“運動作業の結果“であり、頭脳労働とは無縁』

 空飛ぶカァちゃんは()()()()()()()()()()()()のだと。

 そう言って、自分たちは何の能力も持たないくせに一段高いところから空飛ぶカァちゃんを見下した。

 

 本当に?

 本当に役立たずだと?

 あれほどなめらかに空を飛び、息も絶え絶えになりながらも何時間でも飛び続けられるのに?


 脳科学者の多くは、当然のように政府の判断に異を唱えたが、時の政権はわけのわからない飛ぶ力しか持たない空飛ぶカァちゃんを暗に“役立たず”と断じた。

 彼らが求めている力は、今,困っている国民を助けようとするものや、人々が笑顔になるような力ではなく、全く幸せをもたらさない悪魔のような力だったから。


 英介が、転校先の学校で空飛ぶカァちゃんの初めての海難救助の話を終えた時、東京湾スカイツアーを提案した竜介が、小さな声でポツリと言った。


ーーー「そんな奴らのありがとうなんて、いらねえよな」


 英介はこの時に、目に浮かんでもずっとこらえていた涙がポロリと落ちてしまった。

 それからはもう止められなかった。

 ダメだった。

 後から後から涙がこぼれてぐしゃぐしゃになった。


 先生も大泣きして、竜介も、他のみんなまで泣いてくれた。

 自分のために誰かが涙を流してくれることで、こんなにも胸が熱くなることを、英介はこの時初めて知った。




 

 次は佐倉と静、英介の話になります。

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