10.山本ミキこそ破壊遺産(2)
山本ミキが馬鹿なことをしでかしたその日、佐倉が何をしていたかというと、公設第二秘書を務める山本の姉が体調を崩して入院したために、彼女の代わりに地元の公民会で開かれる交流会を仕切っていた。
佐倉は山本の支持者に向けて彼女の功績や人柄をそれなりにーーーそれはそれは大層うまくぼやかして『少しくらいは地域のために頑張ってくれたのだよ』と錯覚させるように伝えたあとで、言い訳には全く聞こえない素敵な予防線を張った。
ーーー『自分はまだ着任したばかりでわからないことだらけですが、地域の問題点やそのための先生の政策については、“これから“、皆さんと共に力を尽くせるよう理解を深めて、先生と一緒により良い暮らしを作っていけるように精進いたします。
実は私は少し前まで海外にいたので知らないことだらけなんです。
それから、山本先生のお人柄については皆さんのほうがご存じですよね?何か地域での楽しいエピソード等があったら今日のこの機会にぜひぜひ私にお教えくださいね』
佐倉はこう言ってにっこりと微笑んだ。
この後、山本の悪口をいう者はいなかったが、人柄を褒める言葉を聞くこともなかった。
佐倉は積極的に、地域の問題点や住人が望むサービスについて一つも漏らさず書き取った。
近くに寄ってきて文字に埋め尽くされたそのノートを見た各地域の代表が、
「あんたすごいねこんなに。なんだい、もしかして、このあたりの商店街もまわってきたのかい?」と聞いてきた。
佐倉はすかさずこんなふうに答える。
「いえいえ。今日お声掛けくださった皆さんにお聞きすればいいことかもしれませんが、私としてはその、地域の方がどのように過ごしていらっしゃるか、ほんの小さな希望であったり、思いであったり、些細なことでもいいから知りたかったんです。だから朝にちょっと回ってきたんですよ。青臭いですよね?」と言って微笑んだ。
その顔つきに、ほとんどの地域代表が好感を持ったようだった。佐倉にはそれがわかった。
「あんたそれ、なかなかできないことだよ」と励ましながら、水害を心配する町の町長が、
「嬉しいね、ありがとう。あんた川の名前にフリガナ振ってるね。この漢字、ここのもんじゃないと読めないからね」などと言いながら一昨年の被害について話し出した。
佐倉はすかさずノートを取り出して真剣な表情で書き取った。
そして、今回ここで話したかったちょっとした種まき話を、ずうずうしくも善人の顔で話し出した。
ノートをパタンと音とたてて閉じてから真剣な口調で。
ーーー『こうして支持してくださっている皆さんに、こんな言い方をしたら誤解されてしまうかもしれませんが、私は政治というものにまだ疎いようです。恥ずかしながらほんとうにダメダメです。多分まだろくにわかっていない状態でこの世界で仕事をしていますが、正直その、』
ここで佐倉は言葉を切り、心底悩んでいる様子を見せつけた後でこう続けた。
ーーー『私事で恐縮ですが、私の父は今は事業を成功させ、それなりに余裕のある暮らしをしていますが、子供の頃はその……父は本当に貧しかったそうです。祖父が上京してから大変な苦労をしたとか、父がよく話してくれました。ちょっと聞いただけで辛くなるような話です。
母も離婚するまで辛い思いをしながら暮らしてきまして……離婚後もしばらく姉と共にそれは貧しい時間を過ごしたそうです。
自分は恵まれていたと思いますので偉そうなことは言えませんが、今でもその話を思い出しながら、どんな人間でも貧しさに苦しんで何かをあきらめなくてはならないような世の中は、変えなきゃいけないと思うんですよ。
皆さんの近くにも、貧しさが原因だったり、他にも例えば病気だったり、あとは子供さんの進学のことだったりとか、他にも色々なことで苦しんでいる方はいらっしゃいませんか?
私は今日ちょっとしたことでもいいので、そういう声を聞き取って山本先生にお伝えしようと思ったんです』
古ぼけた公民館で、檀上からでもなく、その土地の人々と同じ床の上に立ち同じ目線で語り合ったその後に繰り出される、なんとも素晴らしい演説が始まった。
佐倉の優しい声はそれはそれは良く響いた。
会場で佐倉の話を聞こうとする全ての人の耳元に、なぜか均一ではっきりとした音が届けられた。
「いやあんた、そうか。親御さん苦労したんだね」農業を営んでいる大柄の男性がしみじみとこう言った。
「はい。でも私はヘラヘラと何の心配もなく過ごしてきたんですよ。ははっ、これを言うとマザコンと思われそうですが、私の母は成績優秀で高校の先生も希望する国立大学の合格には太鼓判を押してくれてたそうなんですが、母は貧しくてあきらめたんです。先のことを考えて、祖母を困らせたくなくて。
これは父から聞いたんですけど、母は高校時代、成績で一位以外取ったことがなかったんです」
皆、佐倉の話に耳を傾けた。なかなかにお涙頂戴の話だった。佐倉は続けた。
「母は父と再婚してから父のすすめで大学に入学したんですよ。実は、母は父の初恋の人でして、母にとってもそうだったんです」
佐倉がこう言うと、感じのいい合いの手が入った。
「おう、それはいいね」
「ああ、ああ、よかったね!」
佐倉は調子よく続ける。
「はい。母は本格的に外国語を学びたくて外語大を目指していたんですよ。まあさすがにもう外語大は無理でしたが私立大に入ったんです。父は外語大卒ですから英語だけでなく、もちろん他にも外国語を習得していたので、母は父に助けてもらいながら頑張って卒業したんです。もういい年だったのに、私を身ごもりながら大学で学び始めたんですよ。」
「そりゃすごい!」
「なかなかできることじゃないよ」
「お父さんも素晴らしい方じゃないか!」
調子が良くなってきたのは佐倉だけではなくなってきた。
リズムよく次から次へと合いの手が続く。
「私もそう思います。いくつからだって、どんなに貧しかったって、誰だって何歳からでも学ぶことができる社会。そういう社会を見たいです。
医療だってそうです。私の祖父は、ろくに薬も買えず体を壊すまで働き続けて、それが原因で亡くなったそうです。もうそういうのは嫌なんです。そういう悲劇が起きる社会っておかしいじゃないですか」
佐倉の声色が変わった。
申し訳なさそうに、裏切りを告白する正直者のような顔つきを見せつけて佐倉は続けた。
「今、私の周囲は……本当に恵まれた方々しかいないんです。そりゃ議員ですから私の父母のように金銭的に困るなんてことはないでしょうが。まあどうしたって恵まれているじゃないですか。なんかこう、何か違うなって感じることが多くて、時々苦しくなることが多いです。
誰のための政治なのか、政策なのかって……私の考えが未熟なのは承知してるんですが」
ーーー(ここらへんが止め時だな)
佐倉は誰もが話を真剣に聞いている、そんなちょうどいいところで話を止めた。
そして最後に……ここに辿り着くまで不自然にならないように慎重に言葉を紡ぎ、プライバシーを犠牲にしても言いたかったフレーズを、透き通るような声を使って響かせた。
今後も好き勝手に動き回るための土台、裏切り者の告白。
ーーー「私は今、他の党の方々のご意見ももっと積極的に聞いて回ろうかと思っているんです。若輩者の自分だからこそ、そういうことが大切だと思いまして。
先日、ある党首の方がお声掛けくださって、ロビーのソファで色々有意義なお話を聞かせてくださったんです。その時思ったんですよ。学びには敵も味方もないってこと。
実際は選挙では敵となりますから綺麗ごとは言えませんが、私が学び、知ることは、とても大切だと思って。この考え方、先生のお役に立つと思いますか?」
この時、佐倉のこの柔らかな問いかけを否定するものは一人もいなかった。
そしてもちろん、今、佐倉にも手に取るようにそれがわかっていた。
全く不思議なことに。
◇◇◇◇◇
さて、気の毒な山本ミキについて、ついに陰湿な週刊誌が衝撃的な見出しを付けた。
ーーー『山本ミキこそ破壊遺産』
佐倉の笑い声が響き渡った。
山本ミキは結構最後のほうまで出てきますが、今後よく『破壊遺産』と呼ばれてしまいます。




