11.気は心のザッハトルテ
『破壊遺産』でご機嫌になった佐倉は更に一生懸命に山本ミキを元気づけた。
習慣のように関連記事を集め、週刊誌を買いあさり、山本の視界に入れてきめ細やかにさりげなく刺激した。
眉間に皺を寄せてこんなセリフを口にしながら。
ーーー『私がお助けしなければ』
佐倉は山本が空飛ぶカァちゃんにした仕打ちを許せなかった。
絶対に許すものかと思っていた。
彼は心の中で、時には口に出して『お前がやったことをそのまま返してやる』とつぶやいていた。
空飛ぶカァちゃんが山本の所管となった時に、山本は選挙時の“不透明な資金授受”に関する追及で尾崎(しつこいフリー記者)にやられ、もうどうしようもないほど追い詰められていた。
彼はいくつもの証拠を手に徹底的に食らいつき、山本は既に絶望的というところまで来ていたが、麹町(UA・SKATTの爺)のマスコミ工作により証拠が握りつぶされ、まるっきりなかったことになった。
尾崎はあきらめずに抵抗したが、結局テレビも、新聞も、正確な記事、国民が知るべき記事を報道しなかった。
あの男が今もしつこく山本を追い詰めるのにはこんな事情があるのだ。
つまり、佐倉はとりあえず、尾崎記者が『大大大好き』なのである。
さて、追い詰められて疲弊していた山本ミキにとって、ちょうど良い八つ当たり対象がやってきた。
“飛ぶしか能がない”とされた弱い立場の女性を好き勝手にいじめられるわけだから、こんなに愉快なことはなかったらしい。
また、空飛ぶカァちゃんの容姿が素晴らしく美しかったことも気に入らなかった。
山本は“美貌の総理“とされる現総理に次いで、そこそこ綺麗な議員さんとして有名だった。
ミスキャンパスに選ばれたこともある山本は、彼女の性質を知らない馬鹿な男たちからは一定の人気もあった。
佐倉はいつも山本を“若手のスター“と位置付けて接しているが、山本ミキは既に40半ば。
あの日、静が言っていたように『顔にはこれと言って欠点もなく、鼻毛の手入れの行き届いた美人さん』だった。
(後に佐倉はこのことで静をよくからかったが、静は断固として『そんなこと思ってなかった!』と言って怒るのだった)
空飛ぶカァちゃんは“体育会系・現場系”のキツい仕事ばかりをさせられていたが、気の毒なことに高い運動能力は有していなかった。むしろひどすぎた。
とにかく筋肉が少ない。腕も脚も細く、見た目はスラリとして恰好いいが、体力テストをやらせるとひどいものだった。
これに山本は怒り出し、例のトレーニングをさせられることになったのだった。
最初に空飛ぶカァちゃんを管轄していた秘書の黒田が評判の良いスポーツトレーナーを手配していたのだが、2~3回トレーニングをさせた後に山本が、
『生ぬるいトレーナーはダメだ』『甘やかさない責任感のあるトレーナーが望ましい』などと言い出して、一昨年に体育大学を解雇された経歴のある体罰を行う女性トレーナーを採用した。
政府の仕事であり、この仕事まで失敗したらもう後がなかった女性トレーナーは、最初はそれこそ目立つ体罰は控えていたが、空飛ぶカァちゃんが『虐めてもいい対象』であると分かったとたん、山本と一緒になってトレーニング中に怒鳴りつけながら空飛ぶカァちゃんを虐め抜いた。
反復横跳びの遅さを、握力の低さを、5キロのランニングタイムの遅さを、その二人はとことん笑った。
いつもいつも、割と運動神経が良かった山本ミキと一緒に笑いながら怒鳴りつけ、空飛ぶカァちゃんが涙ぐんでも、震えても『どの時代も役立たずほど甘える』と言って罵倒した。
佐倉が初めてトレーニング室に続く用具置き場から、こっそりその現場を見た時も、彼は既に自身の胸ポケットとトレーニング室に置いたパイプ椅子の座面下に予めセットしていたボイスレコーダーを動かしていたし、更にはトレーニング室に解像度の高い監視カメラをこっそり設置していたことを、まだ山本ミキは知らない。
佐倉は着々と、確実に、山本の弱点となる証拠を収集していった。
佐倉が空飛ぶカァちゃんの担当になった時、まずこの女性トレーナーを解雇した。
山本ミキに『あのトレーナーのことでSNSが荒れそうです』と耳打ちして。
佐倉は友人に頼んで、自分が担当となる直前の時期からちょっとづつ『残酷な女性トレーナー』についてのコメントをSNSで発信してもらった。
ご丁寧にも体育大学での被害者のコメント付きで。
それほど目立たないが、検索すればわかるほどのものを、少しづつ定期的に発信してもらっていた。もちろん今も。
佐倉はもちろん、解雇された女性トレーナーも見逃すつもりはなかった。
『徹底的に追い詰めてやる』と佐倉は友人に言っていた。
もちろんその友人たちも同じ気持ちだった。
また、佐倉は働き始めてすぐに、下の階で働いている(銀の蓋のチョコレートをあげた)派遣社員の女の子たちが山本ミキに見下され、侮辱的な扱いを受けていることに気づいた。
一つ下の階に部屋がある同じ派閥の議員の二人と山本とでシェアする形での雇用であったため、その派遣社員の女の子たちは日常的に山本の仕事を請け負っているのだが、くだらないことでいちいち難癖をつけられ、よくこんなふうに言われていた。
ーーー『もう同じ間違いはないわよね?私、同じミスをする人が苦手なのよ。進歩あってこその派遣じゃない?時給高いしね』
山本が間抜けにも、佐倉の前でこれを言ったのは女の子たちにとっては不幸中の幸いだった。
山本ミキを思いながら佐倉はこんなことをつぶやく。
ーーー『私がお前と一緒になってあの子たちを軽く扱うとでも?』
佐倉はさっそく山本が不在の日に、階下の女の子たちのところをたずねた。
別に急ぎでもなんでもなく、彼女たちの仕事を邪魔しない程度の、まあどうでもいい仕事を持っていき申し訳なさそうに頼みながらこんなことを言った。
「いやぁもう山本先生のチェックがきつくてさ。君たちも面倒くさくなる時ない?この間怒られていたでしょ?あれ、本当は私の仕事だったんだよ、本当にごめんね」
事務の女の子たちは優しく言われて頬を赤らめた。
佐倉が優しい声を出す時は大抵の女の子がこうなった。
「あんまりこんなことを言うのはなんだけど……正直、全く気にする必要はないと思う。君たちの能力の高さは部屋のみんなはわかっているからね。だって迷惑かけてる私が一番わかってるし。だからほっときゃいいさ、勝手に言わせときゃいいよ」
佐倉があまりにはっきりとこんなことを言うので、派遣の女の子は心底驚いた。
入職してからの佐倉がいつも山本ミキを献身的に支えているように見えたから。
調子よく励ましながら佐倉が言う。
「でも先生には秘密だよ。一応お助けしなくちゃいけない立場だからね。それに君たちの上司にも秘密に頼むよ。先生にきっと筒抜けになるからヤバいしさ」
この時も佐倉の声はその上司には全く聞こえていないようだった。
そうして、佐倉は堂々と奥の机に座っているその男への軽蔑の視線を女の子たちに見せつけた。
最後に佐倉は「できれば昼前までにさっきの書類を持ってきてくれる?」と言って戻っていった。
その後、彼女たちがあっという間に書類を作成し佐倉の部屋に持っていくと、彼は自分のロッカーから人気店で買ってきた人数分に切られたザッハトルテを取り出し、ご丁寧にも紙皿と使い捨て木製フォークまで袋に入れて彼女たちに小声でこう告げた。
「これ、この間のお詫びの賄賂なんだけど、昼休みのデザートにどうかと思って……でも私からってのは秘密ね、立場上こういうのはまずいんだ。だから君たちの仲の良い事務の方からの差し入れとか、そういうことにしておいてね」
佐倉はこうしていとも簡単に派遣の女の子たちの心と胃袋を掴んだ。
女の子たちはこの日から、やっぱり“好きなケーキはザッハトルテ!“となった。
つまりは会心の“気は心“、である。
次は麹町爺の再登場です。




