12.東京湾スカイツアーの正式な企画書
あの日、山本が破壊したのは自分と通訳の立場だけではなくなってきた。
山本ミキが所属する派閥は彼女のせいで壊滅的なダメージを受けた。
SNSでは今回のこととは全く無関係の別の議員の過去の失言まで持ち出され拡散されたし、ことあるごとに野党の連中にさりげなく揶揄され、いつも苦虫を嚙み潰したような渋い顔をするはめになった。
また、それは元々この派閥に所属していた総理大臣も同じで、ただ役に立たないだけならまだしも、こんな馬鹿をしでかした山本の顔を見るのも嫌になっていた。
彼女は総理大臣就任と同時に当然所属派閥を離脱したが、まだ派閥に所属していた頃からずっとくっついてきて自分を崇拝していた山本が、能力者の管理を担当したいと密かに申し出てきた時には、この厚かましい申し出を、あり得ないと一蹴した。
山本のような議員に、まだほとんどその実態の解明が出来ていない特殊な能力者の管理を担当させられるはずもなかったし、大切な精神感応の能力者を山本のような愚か者に任せる気はさらさらなかった。
しかし、異能の種別としては『飛ぶことしかできない』という特殊なケースである空飛ぶカァちゃんであれば……実際は無害であり、なぜか世間で笑いものにされ叩かれているというこの状況であれば、山本であっても扱えるのではないかと考えなおし、日ごろから媚びを売ってくる可愛い飼い犬の山本に『空飛ぶアレ』だけなら任せてあげることにしたのだった。
総理の思惑としてはこうだ。
ーーー『頭の悪いミキの憂さ晴らし相手にちょうどいい女だわね。あの空飛ぶ女の使い方はそれを見ておいおい決めていけばいいわ』
さて、佐倉は元々この総理が嫌いだったし、空飛ぶカァちゃんの管理をあえて山本ミキに担当させ、ことあるごとに報告会で馬鹿にされる空飛ぶカァちゃんを見て楽しんでいることを知ってからは、さらに総理を軽蔑し、今ではもはや憎んですらいたのだが、佐倉はしかし、山本が崇拝している美貌の総理大臣に向けては今のところ『何か』をするつもりはなかった。
ーーーどうせ自滅するだろうしさ。
これが佐倉の美貌の総理への評価だった。
また、佐倉の友人たちは、危険を冒してまで彼女を攻撃しないように懇懇と言い聞かせた。
週刊誌やアンチが拡散する大げさな噂にすぎないとしても、あの総理にまつわる危険な噂や、また実際に起きた過去の事件を思うと、彼らは佐倉が心配でならなかった。
佐倉が敵とみなした相手に容赦がなく、過剰に身内を守ろうとする“やりすぎの部分”を心配したからである。
『お前、絶対やりすぎるなよ』『あの総理には手を出すなよ』
これが彼らの口癖だった。
◇◇◇◇◇
さて、英介と静に空飛ぶカァちゃんとの面会日時を約束した後も、佐倉は二人と頻繁にメールや電話でのやり取りを交わしていた。
その日も昼休みに英介から届いたメールに爆笑した佐倉は、さっそく『東京湾スカイツアー』の成功を祈るメールを“英介と竜介宛“として送ってあげた。
文面の最後に、『ちゃんとした企画書を持ってきたらスカイツアーに協力する』と書いて、彼らの参考になる企画書のひな形を5分もかからずにササッと作りプリントし、手書きでタイトルに『東京湾スカイツアー企画(大サービス・佐倉案)』と書き入れた。
(今度会った時にでも渡してあげるか)などと思いながら。
最近は逃げの山本ミキが体調不良で不在が続き、いやがらせが出来ずに気が抜けていた佐倉は、この企画書のひな型を山本ミキの『破壊遺産関係』の週刊誌の一番上にポンと置いていた。
そんな時、麹町(UA・SKATTの爺)がひょっこり顔を出した。
「よう!スカッとのお兄さん」
機嫌よく現れた麹町を見て、佐倉は驚きながら「わあ先生!お疲れ様です」と言って、ニコニコしながら椅子をすすめた。
誰か女の子を呼びつけて頼むこともなく、素早く丁寧に緑茶を入れた佐倉に、麹町は嬉しそうにこんなことを言った。
「おう、さっき下の部屋の女の子がわしにこっそりお菓子をくれたんだけどさ、あんたおすすめのチョコレートだったよ。よく親切にしてやってんだって?わしもあの子たちにはできるだけ声かけてやってるけど。ほら、山本がいじめるからさ」
佐倉はもちろん麹町が事務の女の子たちに優しいことも知っていたし、佐倉と同じように『どこかの事務員から頼まれた』などと偽りながら、おやつの差し入れにも余念がないことをわかっていた。
まあそのうち彼女たちが佐倉の気遣いとか山本の陰湿さについて、麹町にうまく話すだろうと思っていた。
実のところ、佐倉はこの男が嫌いではなかった。
なんだかんだ思いやりを持ち合わせている男であり、情が深いことをよく知っていた。
なぜか?
なぜそう思うのか佐倉にたずねた友人たちにはこんな風に答えた。
ーーー『俺のプロポーズレクチャーのおかげで結婚できただろ?まあそういうこと。人を見る目があるってこと』と言って笑っていた。
「色々気を遣ってやってんだって?わし以外にそうしてくれるのがいないんだよ。嬉しいね」などと言って、ご機嫌に佐倉をねぎらった。
佐倉のほうも「いえいえ、お世話になっているのはこちらなので。そういえばあの子たち、よく先生の話を聞かせてくれるんですよ。この前彼女たちに教えてもらって、先生のお気に入りだという和菓子、あの栗のお菓子を母に買っていったんですよ。とても喜んでました、ありがとうございます」と言ったところ、
「そうか!あれか!うまいんだよあれ。あまり人に教えたくなかったのにやられた!」と言って更にご機嫌になった。
麴町がふと、机に積み上げた週刊誌の上に置いた『東京湾スカイツアー企画(大サービス・佐倉案)』を取り上げて「なんだこりゃ?」と佐倉にたずねた。
またしても佐倉タイムが始まった。これは素晴らしいタイミングである。
佐倉は、英介の転校初日の話と、静から聞いた『アキラの海難事故』の話を年寄りが面倒くさくならないよいうにわかりやすく、そして人情深く聞かせた。
途中で涙がにじんだが、何とかそれをこらえた佐倉の表情は、麹町爺の心を鷲掴みにした。
ついでに女性トレーナーと山本のことも今ここでこの爺に話すか迷ったが、それはいったんやめておいた。
これは後の楽しみにとっておきたくなったのである。
「知らなかった。そうだったのか。どうして?……わしは何も聞いとらん」
麹町はこの話にかなりのショックを受けた様子だった。もともと優しい男なのだ。
「でも英介は新しい学校で沢山友達ができたようなんです。前の学校では遠山さんに間一髪で助けられた男の子が英介を仲間外れにしたとかで、かなり傷ついていたようなんですよ。全部自分のせいだと言って。これは英介のお姉ちゃんから少しづつ聞き出したんですが……私も、本当にかわいそうで」
「そんなことがあったのか。それでスカッとの兄ちゃんが面倒をみてるってわけなんだな?」
「いえいえ、時々メール交換してるんですが、今日の学級会でまたもや東京湾スカイツアーの話が盛り上がったっていう話を聞いたので、ちゃんとした企画書を持ってきたら協力するって送ったんです。
それでさっきサッと作ったひな形がこれです」
「そりゃあいい!子供のうちからそういう商売のことを考えるってのは結構大切なんだよ。まあ励ますために友達は言ったのかもしれないが、面白いじゃないか、企画書が出来上がったらわしに必ず見せろよ。赤ペンで花丸を書いてやる」
「それはいいですね!英介喜びますよ、本当に辛かったようですから。先生から花丸をもらったらみんな嬉しいでしょうから!」
後日談ではあるが、麹町爺は本当に『東京湾スカイツアー』の正式な企画書に赤で花丸を書き、英介と竜介のクラスの生徒宛てに丁寧な墨文字で『熱き友情・優しさ』と書いたハガキを送ってやった。
それはSNSを駆け巡り、爺の評価を爆上げした。
佐倉は麹町爺に爽やかに微笑み、うんうん首を振りながら、今日休んだ山本ミキに心の中で、『ありがとうよ山本』と言った。
お読みくださりありがとうございます。
誤字チェックが捗ったので本日更にUPしました。麹町爺はまたちょっと先でも出てきます。
次回はちょっとだけ佐倉の秘密がはいってきます。




