89.推し活男、飯田をたずねる
地下駐車場に車を入れた佐倉は手持ちのサンシェードにプラスして購入したばかりのアルミシートまで立てて徹底的に目隠しをした。
安全のためだ。絶対にやりすぎということはない。
もし誰かに見つかったら『病院だとなかなか眠れないから昼寝に来た』と言えばいい。
ここから落ち着いて羽を飛ばそうというのに余計なものを視界に入れたくはない。
『吉川伸造』と『移籍予定先の党の代表代行・野川甚也』、そして権藤の党の顔のような存在『瀬川』、この三人ほか関係者の思考を読み取るために時間がかかると踏んだ佐倉はここで数時間粘ることにした。
もともと興味のない世界、一番嫌いな世界と言ってもいいくらいの場所のこと。
理解が浅いからと諦めて立ち止まる必要はない。盗れるだけ奪い取ってひっかきまわしてやる。
今の佐倉はそんな気持ちだった。
どうやらその政策通だという『瀬川』という議員はについては、権藤もまさかあの人が、という思いがあったらしく相当なショックを受けている様子だった。それもあって佐倉はまずはこの男をを探る予定だった。
―――佐倉の羽がシュッと伸び会館内に入り込む。そして、瀬川を捜す。
まずは部屋――瀬川はいない。
そして吉川の部屋へ――吉川はいるようだ。こいつは後回しと。
どんどん進む。山本ミキの事務所階の一つ上にある野川の部屋へ――野川もいるようだ。
最初からイヤな目つきの男だと思っていた。
空飛ぶカァちゃんを見下す発言を聞いて笑っていた男だ。こいつも後回し。
さて、瀬川はどこにいるか?――佐倉の羽が動き回る。
そういえば遠山さんの速さはすごかった。この羽と同じくらいか?
いや、遠山さんの方が速い。
ゆらゆらおんぶしてもらった時は楽しかったな。
またやってもらいたいけど当分は無理か。
背中に乗ると不思議な感覚だった。空気のゼリーに包まれているみたいな。
とうちゃんが乗って飛んでみたいって言ってたな。全くしょうがないよな。
と、瀬川が部屋に戻ったか。一緒にいるのは秘書か?ひとまず聞こう。
―――瀬川と秘書らしき女性との会話。
いつもは無口そうに見えるのに、意外とよくしゃべる男だと佐倉は思った。
秘書相手だと気が抜けるのだろうか?
それにしても感じの良い男だ
この人、あんな男に本当について行くつもりなのか?
どうってことない会話しか聞こえないが、どうもこの女が妙だ。
―――佐倉の羽が軋む。秘書の女の額をまわりを動き回る。
ーー(なんだかなあ。この人って、チャンス逃してもいいのかな?
ーー(権藤のとこにいても先はないだろうに馬鹿みたい。
ーー(吉川先生と一緒に行くよね?まさか残るとかないよね?
ーー(水谷が消えたからっていつまでもあの爺さんが無事でいられるわけがないじゃないの!
ーー(じきに勝手にくたばるか、そうでなきゃヤられるかって話じゃないのよ。
ーー(どうせもともとスポットなんだから。さっさとくたばれってジジイ!
ーー(馬鹿な麹町ジジイなんて!次の選挙で党ごとドボンしちゃうのにさ。
ーー(でも野川先生って……いずれ自分が総理にって言うけど笑っちゃう。
ーー(それこそポジティブシンキングがすぎてるでしょ!
ーー(しかしイラつくわね、こいつ、いつまでしゃべってんの?帰りたい。
『今日はもういいですよ。おしゃべりに付き合わせて悪かったね。最近ちょっと疲れちゃってたから気晴らしになったよ、ありがとうね』
『いえいえ。私こそいつも楽しいお話ありがとうございます。でも副代表は今どちらにいらっしゃるんですか?こんなこというのはなんですけど先生にばっかり面倒なこと押し付けて酷いですよ。先生の所には他の党の方も相談にいらっしゃるくらいなのに。なんていうか不公平だと思います』
『ははっ、いやいやそんなことはないよ。副代表は今ちょっと大変だろう?こういう時こそ年寄りの出番だから。さあ帰りなさい、お疲れ様だったね』
ーー(はあっ、疲れる。前に権藤から怒られた時にかばってくれたから優しくしてやってたけど、こんな面倒なおっさん冗談じゃないわ。
ーー(吉川先生のほうがラクだわ。権藤みたいに細かくないしさ。
ーー(権藤なんて元通りになるかわからないじゃないの!チャンスなのに馬鹿みたい。
ーー(どうせ引退だよ。助かったっていったってあんなふうに突き飛ばされてたんじゃ無理だよ。
ーー(野川先生が拾ってくれるって言ってんのに馬鹿みたい。
『すみません先生、私に手伝えたらいいんですけど。役立たずですみません。ではお先に失礼します』
―――佐倉の羽がギリギリと軋む。
この野郎!ムカつく女だな。こんな奴がいたのか。
権藤さんが胃を悪くするわけだ。この女、何をやってしかられたんだ?
どうせお金関係か、それか、ミスのごまかしか。こんなのが秘書やってんのか?
うちの下の階の派遣さんなんかほぼ完璧だったじゃないか。
破壊遺産の難癖なんて、どうでもいいことばかりだったからな。
あれ?あの子たちどうなったんだ?うっかりしていた!
あんなに良くしてくれたのに、仕事で困ってたら申し訳ない。
これが片付いたら確認しよう。
おっ?瀬川さん、なんかすっきりした感じになってる。
ーー(なんだかね、あの子はもう完全に取り込まれてるなあ。
ーー(いやきっと、最初からそうだったのかもね。
ーー(もともと質の悪い子だった。なんであの子を吉川が紹介してきたのかが今更になってわかるとはね。私も情けない、突っぱねればよかったんだ。
ーー(しかし飯田さんはさすがだ。知らせてくれたのってかなり前だったよな?
ーー(全く、本当にすごい。おかげで助かった。
ーー(あの秘書の前で油断してたら本当にまずかった。
ーー(しかし、飯田さんの意図がわからんよ。
ーー(もうハッキリ断ったほうがいいじゃないか。何のためにひっぱる必要が?
ーー(だいたい吉川もまさかあの記者にリークするとはね。さすがにクズだ。
ーー(こうなったら吉川を完全に排除する方がいいってことだろうが……
ーー(飯田さんは、あんな奴はひとまずいい形で出してやりゃいいとか、って!
ーー(やけっぱちか?ははっ、まさか!違うよな、完全に叩くためだろうな。
ーー(ああ、お父さんを思い出すな。世話になってばかりだった。
ーー(総理になれる人だったのに。飯田さん、息子さんにも世話になるとはね。
―――佐倉の羽がふわっと緩んだ。
よかった、本当によかったよ。
権藤さん安心して、この人は信じてよかったんだ。
やっぱりあなたの思った通りだったよ。
しかし、飯田さんもあれだな。
あんな報告書を残してったら完全に誤解するじゃないか!
多分ちょっとした意地悪だなあれは。しょうもない人だな全く!
さて、こっちはいいと。
あの馬鹿野郎二人だ。
奴らから何かしら盗れるだろう。
ここまでの間抜け連中が相手じゃ、ちょろかっただろうな、飯田さんには。
奴らふたりから何かしらもらったらとっとと退散しよう。
遠山さんが待ってる。
いや、待ってるわけないじゃないか。寝てるだろうな。
体のためには寝るべきだ。
◇◇◇◇◇
佐倉の羽が瀬川の部屋を後にしてから一時間と少し。
どうやら、佐倉の羽は満足したようだ。
吉川の移籍予定先の代表代行・野川甚也はあの秘書の言っていた通りの男だった。
現在の代表もろくでもないパワハラ野郎だが、とって代わってどうのこうのと夢見る男に違いなかった。
おそらく水谷の残党となにかしらの話がついているのだろう。
こうなると佐倉は麹町が心配になったが、それでも、なぜだかわからないが今回きっと無事に麹町は総裁となりそのまま総理大臣になる映像が頭の中に広がっていた。
英介と長く一緒に過ごしているからだろうか――英介のようにはっきりとしたイメージが意識に焼き付けられるわけではない。ただ何となく感じたことが、いつの間にかそうなる、その程度のものだ。
佐倉はこのカンの冴え、直感のようなものの進化は英介との接触が関係しているような気がしていた。
静は佐倉との接触で覚醒が早まり、英介もまた佐倉と静の影響でもともと持っていた能力が刺激を受けたのだろう。
佐倉は空飛ぶカァちゃんの体力がもう少し戻ったところで、じっくりと自分達の能力について話し合いたいと思っていた。
これからあと一年の間になんとか空飛ぶカァちゃんが自由になれるように、空飛ぶカァちゃんが自分の人生を自分が選択して進んで行けるようにするために、佐倉はどんなことでもするつもりだった。
麹町もそうしてやりたいと言っていた。飯田はなにかしら麹町のために空飛ぶカァちゃんを使いたいと考えてはいるだろうが、飯田なら水谷の時のような酷い待遇をそのままにしておくはずがない――佐倉は空飛ぶカァちゃんが回復したあとのことをあれこれ考えながら、議員会館内に羽を浮遊させていた。
総裁選についてはもう心配いらないのか――佐倉には想像も想定もつかないことだが、すでに麹町の勝利は決まったものとして全てが動き出していた。とにかくどの部屋もいつも以上に慌ただしかった。
この状況から考えても、今の麹町と飯田には病院に来る時間などとてもじゃないが捻出できなかっただろうに、なんてこともないような顔をして権藤が起きるのを待っていた。
自分には真似できないことだ――佐倉はそう思った。
このままもう帰ろうかと思っていた佐倉だったが、ふと、気まぐれな気持ちから佐倉は麹町の事務所に羽を飛ばした。
飯田の弾んだ声が聞こえてきた。
『スカッと君はちょっとやつれていましたね。寝てないんじゃないですか?まあ三人が気になって眠れないでしょうがね。いやあ、しかしよかった!あと一年と言わずダラダラと引き延ばして取り込みましょうよ先生』
『ばかもんが!あの子は父ちゃんの会社を継がなきゃならん。いつまでも足止めさせちゃいかん』
―――佐倉の羽がクックッと笑ったように揺れる。
全くしょうがない人だな飯田さんも。なんでまたそんなに?
秋以降の国際会議か?っていっても私設秘書は同席できないじゃないか。
それに、アジアの言語のほうじゃ私は役に立たないのにね。
だいたい外務省の通訳官がいるだろうが。
何に使いたいんだろう?この前みたいな会合で?
それともレセプションでの接客対応の通訳をやらせたいのか?
『いやね、なんかあの子見てると安心感があるんですよ。どうしてかわかりませんが。近くに置いとくと助けてくれそうっていうかね。しかしまあ、いつも泣いてるってのは本当でしたね。配信見たら笑っちゃいましたよ。尾崎さんの研究会の時に、黒田君があの子をかばってたでしょ?あの時も目が潤んでましたよ全く!』
『はああ?全くしょうがねえな!しょっ中泣くんだから』
『あとほら!遠山さんのトレーニングの時もね。もう泣きそうで!まああれはしょうがないですがね。あれを目の前で見せられたら誰だって目が血走るでしょうがね』
飯田がクックッと笑う。
すると、これを聞いていた羽をもつサイキッカーが反撃を繰り出した。
――(おう!麹町の爺さんよ。研究会以来じゃねえか。
――(そっちのおっさんは誰?秘書さん?
――(俺は麴町爺さんの推し活やってるサイキックだよ。推し活サイキッカーよ。
――(総理就任確実みたいでよかったよ、なによりじゃねえか。
――(で?週末くらいに決まるんだって?おめでとさん!
――(ところで野川とかいう奴、パワハラ代表を追い落として党首になる気満々みたいだな。
――(あんなの放っとくのか?次の選挙で政権取るとか言ってるぜ?マジなの?
――(だから吉川みたいなのがあっちに動くってわけなの?
――(権藤もかわいそうにな。でもあんな奴、いないほうがかえっていいんじゃねえか?
――(勝手に出て行けっての!なんかムカつくよなあいつ。
――(気持ちよく勝手に離党してくれよって思うぜ俺は。
佐倉の羽は、目の前の誰かさんが言っていたようなことを、そのままそっくりペラペラとまくし立てた。腹いせ紛れにまるっきりそのまんまを言ってやった。
――(もしかしたら奴は次の選挙までに権藤がいなくなると見込んで権藤がいなくなったあの党を取り込んで連立組むつもりなんじゃね?
――(もう権藤が回復しないって決めつけてやがる!クズが!
――(確信持ってるみたいだったぜ?あいつ権藤に刺客でも送ろうってのかね。
――(病院の警備を強化したほうがいいんじゃねえか?
――(とにかく、吉川と野川ってのはどう考えてもふざけた野郎じゃねえか!
――(爺さんが何とかしてくれよ、頼むよ。俺は権藤は結構好きなんだ。
――(権藤んとこが奴らに取り込まれたら爺さんがまずいだろ。
飯田が椅子から飛び上がった。
『君!あの時の君だろう?素晴らしい。君はもしかして天才か?その通りだよ。あの馬鹿は水谷の残党と組むつもりなんだよ。というかね、元々お仲間だったがね。もう奴らも隠す必要はなくなったんだよ。まあそうするしかないんだろうよ。君がのっとった定例会見の被害者と一緒にやるだろうさ。生意気にもあいつは権藤君の党をキングメーカ―にしてやるとでも言って声掛けに必死なんだろうよ。だから今はそれをあぶりだそうとしてるところさ』
飯田は興奮してついつい余計なことをしゃべった。
横で麹町がハラハラしながら手を伸ばしているが、飯田は立ち上がって天井を見上げている。
佐倉の羽は目の前にあるのだが、なぜか天井にいると思っているようだ。
佐倉は更に調子に乗って、飯田の考えをちゃっかり頂戴した。
――(だろうと思ったよ。あんた、権藤に知らせてやったのか?
――(まあそんな義理はないだろうけどさ。
――(意識が戻ったって話だから、早いとこ知らせてやった方がいいんじゃねえか?
――(それで、吉川なんて奴は、気持ちよく離党させてやりゃいいと思うぜ俺は。
――(どうせクズなんだから。
――(それにどうぜあんたらのことだから、人数だってちゃんと確保してんだろ?
――(別に権藤のとこの人数が減っても次の選挙も大丈夫そうなんだろ?
――(スポットスポットってことで奴らを油断させたいんだろ、どうせ?
――(でもあんたらもしかしたら、権藤に花を持たせてやりたいとか思ってる?まさかね!
――(でもそうしたら、あいつにいいポジションを与えられんじゃねえか!
――(俺はそれを願ってるけど、まああんたらはアレか!権藤嫌いだもんな。
『君!君はすごいね。実はもう権藤君には知らせたんだ。気の毒にがっくりしていたが……でも彼が引き留めるような相手じゃないがね吉川なんてのは』
――(あんたなかなかすごい人なんだね。色々考えてんだね。
――(今日はあの官房長官の動きが気になって来たんだが、いなくて。
――(まあ残念だったが、爺さんたちとしゃべれてよかったぜ。
『ちょっと待って!君は誰なんだい?まさか、議員ってことはないよね?君のように優秀な人間がいたら私だってすぐわかるからね。今そんな議員がどこにいるんだっての?いないじゃないか!もしかして、今日何か研究会かなにかあったか?学校の先生か?』
飯田は麹町の目の前でかなり無礼なことを言ったのだが、気付いてもいないし、気が付いても気にしないだろう。
麹町は飯田の剣幕に呆れて頬杖をついている。
――(そんなわけねえよ。俺はただのサイキッカー。麴町のじいさんの推し活男だよ。
――(今日は面白かったよ。また話そうぜ、じゃあな。
『君は本当にすごいね!君こそキングメーカーじゃないか!今日初めて話したが、胸に響いたよ。君はなかなかの人間だ。ぜひまた、』
佐倉は太ったモナコ公妃になったような気分になり、サッと羽を引っ込めた。
他人の考えを頂戴した佐倉と自画自賛で満足していた飯田も、どことなく似ていた。
お読みくださりありがとうございます。
週初めは色々きついですが、何とか頑張っていきたいです。




