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79.体の中を駆け抜けろ!

―――尾崎のトレーニングルーム映像の配信の後。


 山本ミキは政党から除名処分となるらしい。

 この期に及んで山本は涙ながらにこう訴えたそうだ。


ーーー全て総理の指示に従うためだった。

ーーーなんとか彼女を説得し、指定された場所に少しでも早く行かせなければならないと思ったために、つい強い口調でせかしてしまった。

ーーー釜谷先生がそこにいるなど夢にも思っていなかった。

ーーーそして、きつい言い方をしてしまったのは、総理の指示でもあったと。


 山本は電話でこのようなことを言ったていたらしいが、どんな言い訳をしようとも、あれらの発言は議員としての適格性を欠き、政党の品位を著しく傷つけるものであるとされた。

 あまりにも愚劣な不適切行為であるため、近日中に党内で処分が下されるとのことだった。

 間違いなく辞職となるだろうが、この破壊遺産山本ミキには名誉棄損や損害賠償のほうでも多大な責任がのしかかる。 

 水谷と釜谷、山本ミキにはこれから先、穏やかな時間もホッとするひと時もきっと訪れない。

 当然のことだ。状況によっては財産の差し押さえもあるだろう。

 今まで他者を踏み台にして手に入れ、彼らが長年謳歌した豊かな暮らしも、この事件を境に彼らの手からは零れ落ちてゆくだろう。

 水谷の私物や事務所からは、あれやこれやととんでもないものが見つかった。

 多額の現金もそうだが、例の『推し活中のサイコパスサイキッカー』が記者達に話した内容が真実であったと証明するような、現実的な証拠書類が押収された。

 しばらくはテレビや新聞・週刊誌、そしてデジタルメディアが活気づくだろう。


 また、陰湿で下劣な女性スポーツトレーナー。

 この女についても同様だ。

 早速、佐倉の友人たちがソーシャルメディアだけでなく、各方面に向けてちょっとした働きかけを行っている。

 顔写真付きで姿が晒されたこの女は今や時の人。

 この女がじわじわと追いつめられるようサイキッカーの友人たちが張り切っているのだから、きっと本人が想像した以上のダメージが降りかかるだろう。

 まずは名誉棄損、強要・脅迫・傷害・暴行、これらの罪で徹底的ににやられるはずだ。


 今、空飛ぶカァちゃんはまだ目を覚まさない。

 目覚めた時にあの映像を確認し、これが事実であったと、あの女と山本ミキに改めて突き付けて、やつらは死にたくなるほど追い詰められればいい。


 

 さて、現在一時的に山本ミキの議員会館の事務所は無人だ。

 会館の事務所宛ての電話は山本の地元事務所に転送され、山本の姉である秘書が恐ろしい数の抗議電話に対応しているはずだ。

 電話だけでなく、直接訪れる支援者や後援会からの抗議も後を絶たない。

 山本の姉秘書がまともな対応をするとも思えないが、さすがに長年支えてくれた地元の支持者や後援会を無視することは出来ないだろう。

 あの映像を見られた山本の心中はいかばかりか、といったところだが、もう議員辞職は確実である当の山本から黒田や佐倉に直接の指示はない。

 山本の姉である秘書から、地元事務所に来てメディア対応に当たるよう黒田に指示があったが、()()()()()()()を理由に自宅待機となっていると伝えてあるのだ。

 既に黒田は、会館内の事務所で自分と佐倉の分の私物の整理を済ませており、今は麹町の指示で動いている。いずれ、山本からなんらかの連絡があるだろうが、その時はきっと全てが終わっている。



 佐倉はずっと病室にいる。


 あれからしばらくして、また権藤と市谷が目を覚ました時に、佐倉は自分の甘えが彼らを巻き込み、こんなひどい怪我を負わせてしまったことを心から謝罪した。

 強い痛みで声を出せない二人は、佐倉の謝罪に対して『悪いのは佐倉君じゃない』と――

 そして、瞼を腫らしている佐倉を見て二人は同じように微笑み『俺たちは大丈夫だから』と伝えてきた。佐倉にはその思いが伝わってくるのだ。

 佐倉が権藤に栄太郎のことを伝えると、権藤は驚いて体に力が入ってしまい、強い痛みを感じたようだった。

 すぐに看護師を呼び対応してもらいながら、佐倉は今も実家で預かっていて、自分の両親や英介たちとも仲良く過ごしており、夏休み中はずっとこちらで預かるということと、通塾しているらしい栄太郎の勉強については、佐倉の友人や両親がつきっきりで面倒を見ているので安心するようにと伝えると、権藤は『本当にありがとう』と嬉しそうに微笑んだ。

 今はゆっくり眠ってほしいと言った佐倉にもう一度微笑みかけると、権藤はまたすぐに眠りに落ちた。

 怪我が一番重症の市谷は、目覚めた時にはいつも苦しそうに呻く。

 痛みを止める鎮痛薬なのか鎮静剤なのかわからないが、それが切れると目が覚めるのだろうか。

 佐倉はすぐに看護師を呼び、つい大げさに状況を伝えてしまう。

 部屋に来た医師には溜息をつかれたりするが、それでも佐倉はそうせずにいられなかった。


 そんなふうに病院で過ごす佐倉は、権藤と市谷が眠りにつくと、サッとカーテンを閉める。

 そして、自分の羽を空飛ぶカァちゃんのまわりにちらつかせる。

 しかしなんの反応もない。

 羽で額をつついても空飛ぶカァちゃんはテグスどころか、ピクリとも動かず眠り続けているのだ。

 

 佐倉は、いまだに目を覚まさない空飛ぶカァちゃんが心配でたまらず、ほとんど一日中を空飛ぶカァちゃんのベッド横で過ごしている。


 

―――見舞いの翌々日、英介からの電話。


 『佐倉さん、わけが分からないんだけどまた夢を見たよ。イヤな感じじゃなかったから単なる夢かもしれないんだけど、また変な夢だったよ』


 「言ってみて、覚えていること全部」


 『うん、なんか佐倉さんのことなんだけど。ごめん、本当に変だったんだ』


 「え?俺?言って!なんだっての?何かしたのか?俺が何をしたの?」

 佐倉は珍しく、()などと言い、酷く慌てた。


 英介は言いにくそうに『それがさ、でもただの夢だったらごめん』と言ってからこう続けた。

 『佐倉さんが目をつぶって独り言をいってるんだ――体の中を進め、駆け抜けるようにって』


 「は?どういうこと?大きな、獣か何かの体の中に俺がいるの?」


 『いや違う。佐倉さんはかあちゃんのベッドの側の椅子に座ってんの。でもおかしいんだ、俺、佐倉さんの口が動いてるように見えないんだけど、佐倉さんがそう言ってるってわかったんだ。変だよね?』


 「英介は、俺の口は動いてないのに声が聞こえたのか?」

 佐倉はぞっとした。


 『うん多分?でさ、栄太郎はもうチェダーのことばかり言いだして、佐倉さんにすぐ電話しろっていうんだよ。それに姉ちゃんが、』

 

 「静ちゃんが?なんだっての?」


 『これは佐倉さんにしかわからないはずだから必死に考えて、()()とかなんとか言うんだ。相変わらず偉そうなんだよ』


 「体の中を進め、駆け抜けろってことの他には?何か妙な何かはなかったの?遠山さんの様子はどんなだったかわかる?」


 『かあちゃんは――眠ってるけどちょっと汗かいてる感じ。辛そうではないと思うんだけど、わからない』


 「他は?他に何かなかった?」


 『佐倉さんは馬鹿にするかもしれないけど、栄太郎が――実は栄太郎が言ってるの聞いて俺もそう思ったんだけど、』


 「いいから!いいから言ってみて」


 『()()()()()()ってのがあるんだ。栄太郎がね、その章の中でチェダーが超能力を目覚めさせた子が、大切な神経回路には影響を与えずにその子の超能力で目が覚めない友達の体に刺激を与えていく場面があるんだけど、それを思い出したって。お医者さんはもうやってるかもしれないけど、もしかしたらもっとやるといいのかもしれないって。でも電気を体に流すとかって、きっともうやってんだよね?』


 佐倉はぞくりと、そしてぎくりとした。

 静はきっと羽やテグスのことを思ったのだろう。

 

――チェダーの人体回路の章?神経回路には影響を与えずに超能力で刺激を?

――羽が刺激を与えたらどうなるか。

――人体の中を羽が進むなど!

――やったことも、考えたこともない。

――静ちゃんはきっとピンと来たんだろう。

――羽でこれをやれと?

――必死に考えてみろと?

――やってみろって言ってるのか?

 

 「英介、いったん先生に今後の電気の刺激療法とかについて聞いてみるよ。あと、確か脊髄の腫れにすごく効果のある薬を入れる場合があるとか言ってたんだけど、そうすると神経の圧迫が押さえられるとかなんとか、そういうのもあるらしいから色々今後のことを聞いておくよ。だから英介もまた何か気づいたら知らせてね。そういう一つ一つのヒントが大切だろうからね」


 『うんわかった。また連絡するね』

 

 「英介、栄太郎君は元気にやってるか?慣れない場所で気疲れした様子はない?」

 佐倉が訊ねると、英介は張り切って説明しだした。


 『うん、栄太郎は最初は気を遣ってるみたいだったけど、だんだんそうでもなくなってきて、今は昔からの友達みたいになってるから大丈夫だよ。俺たちすごく気が合うんだ。ねえちゃんが馬鹿にするチェダーで盛り上がったのもあるけど、他の話をしてても楽しいんだ。だから心配いらないよ』


 「そうか!そうなると思ったんだ。彼はとてもいい子だよね、よかったよ。まあ静ちゃんと喧嘩しないで楽しくやってくれよ。慶次や咲太郎はもう帰ったのか?」


 『うん、でもまた来てくれるって。すごくわかりやすく教えてくれてさ、俺すごく勉強ができるようになったっぽい。そんな気がする』


 「そうか、まあ楽しくやってくれ。また連絡するから」


 ようやく電話を切った佐倉は、英介言っていた通りに空飛ぶカァちゃんのベッド横の椅子に腰かけた。

 そして、イメージを浮かべる。


 例えばそうだ。

ーー水谷の頭の周りをうろついてあいつの思考をキャッチした時のことを。

ーー別に難しくなかった。

ーー羽のないあいつの思考もすぐに見つけられた。

ーー山本ミキは考えがぼやーっと外に出てた、馬鹿みたいに。

ーー記者の奴らも!あいつらの間抜けな考えも簡単に捉えられた。

ーー思考の欠片を起点にして、体の中を進めるだろうか?

ーー体の中を、駆け抜けるように!

ーーこれが悪影響を与えたらどうなる?

ーーでも、遠山さんは無意識だったとしても、()()()()()()を見せてくれた。

ーーあの後の彼女は苦しそうではなかった。

ーーまず、彼女の一番強い思考を捉えることだけ、それだけ、

ーー一度だけやってみて、なんとなくでも危険を感じたらすぐ戻ってこよう。

ーーでも、もし受け入れてくれそうだったら、

ーー駆け抜けるか?進むか?


 深呼吸を終えた佐倉の羽が飛ぶ。


 お読みくださりありがとうございます。

 次回も病室でのお話になります。

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