77.配信前のあれやこれや
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佐倉の友人・慶次と咲太郎が卑劣な女たちの証拠データの投函を確認した日。
彼らはそのまま車で佐倉の実家を訪れ、頼まれていた沢山のゲームやお菓子を子供たちに届け、そのまま懐かしい佐倉家で子供たちと昔ながらのボードゲームをしたり、佐倉との中高時代の話をして過ごした。
太り気味の老婆だと思っていた慶次が、実は佐倉の友人のマッチョマンだということを知らされた時は、大いに盛り上がったし、二人の大げさな話し方や個性的な彼らの得意分野の話を聞いているうちに、ふと、子供たちに笑みがこぼれることもあった。
今、子供たちが突き付けられている辛い現実を頭から追い出すことは出来ないまでも、ほんの一瞬でも驚いたり、くすりと笑えたりすることで肩から力が抜ければそれでいいと思った彼らは、柄でもないのにお笑い担当のお兄さん役を頑張った。
いまだに目を覚まさない親が心配でたまらず、たとえ目が覚めたとしても事故前と同じ状態まで体が回復するかどうかわからないという現状に押しつぶされそうになっている子供たちの緊張を少しだけでも和らげられればそれでよかった。
明日はおそらく、尾崎の配信があるはずだ。自分達が仕掛けた証拠映像。
これによって、静と英介は酷く心を乱されるだろう。
佐倉は議員会館か病院のどちらに詰めているはずだし、おそらくそこを離れられない。
そのためにちょうど夏休みの彼らがやって来たのだ。佐倉の父と母の助っ人として。
―――翌日。
配信前に佐倉からの連絡が入った。
データ便で送られた映像を彼らは見た。
静も英介も声が出せずただ震えていた。
二人は、母親があんなふうに激しく泣いている姿を初めて見た。
何も悪くない母親が、卑劣な奴らに言い返すことも出来ず、痛めつけられているのだ。
いまだに英介は全ての始まりは自分だと思っていたが、前の小学校で、辛い苦しいと思っていたあの時の自分が許せなくなった。
―――(この時の、かあちゃんの辛さ、苦しさに比べたら!)
打ちひしがれた英介と静を見て、慶次も咲太郎も胸が詰まった。
必要なことだと信じ、佐倉のためにこの映像を仕掛けたが、これが正しいことだったのかがわからなくなった。
佐倉の父も母も目に涙を溜め配信をじっと見つめていたし、栄太郎もまた同じものが目から零れ落ちた。
彼らが映像をパソコンで見ている間も電話を繋いだままにしていた佐倉はこう訊ねた。
ーーーこれを尾崎さんが配信するかどうか、
ーーー静ちゃんと英介はどう思う?
―――尾崎さんは二人がどう思うかを気にしているんだよ。
ーーーおそらく、これが配信されれば山本ミキに地獄が訪れるだろうが、
ーーー遠山さんの許可がない中で配信してもいいかどうか私にもわからない。
ーーーお母さんがあんな目にあわされている姿を関係ない奴らに見られるのはやっぱり辛いよね。
ーーーこれを配信しなくてもあの女を追い詰めることは可能だと思う。
ーーー配信するとしてもお母さんが目を覚ましてからにしてもいいと思うんだよ。
ーーーそれとも、今ここでお母さんが眠っているうちにあの女をやっつけるか、
ーーーそれを聞きたいんだ。
慶次と咲太郎は、佐倉の直球な聞き方に驚いた。
そもそも彼らはこの映像を仕掛けた張本人だったが、自分達に想像力が足りていなかったことを思い知った。菓子を持ち、ゲームを抱えて、ヘラヘラとやって来た悪魔のような生き物に成り下がったような気がしていた。
英介と静は震えていたが涙を流していない。
きっと涙が凍りついてしまったのではないかと思った。
咲太郎が英介の肩を後ろからぎゅっと掴んで「多分、俺の母親だったら勝手に配信したりしたら怒り狂うよ。多分容赦なく殴ってくる」と言った。
慶次のほうはこうだ。
「うちの場合は、父親が出せ出せって言うだろうな。効果を狙う親父だから。でも後からウジウジ悩みそうでもあるよ。これはあまりに衝撃的な内容だから結果が読めない」
佐倉の母は静をぎゅっと抱きしめて何も言わずにいたが、父のほうは絞り出すようにこう言った。
「もしこれがなかったら……我々は真実を知ることができなかったんだね」
英介がゆっくりと佐倉の父を見た。
「おかあさんは誰にも言わずにいたんだね。奴らが秘書をクビにしてやるとか、そういうことを言ってたからってこともあっただろうが、きっとしずちゃんや英介君のために黙っていたんじゃないかな?」
英介が頷くと、佐倉の父はこう続けた。
「私は今から酷いことを言うよ。軽蔑されるかもしれないが……私は、これを配信したらどうかと思うよ。きっとおかあさんなら絶対にこれを出さないと思う。だけど、これを隠しておくことは奴らを助けることになってしまうじゃないか。こんなに苦しくても、きっと君たちのためにおかあさんは耐えたんだと思うんだ。君たちが責任を感じたりしないように、頑張ってほしいと思って。きっとそうだったんじゃないかってね。だからね、だからこそ私は、そんなおかあさんの苦しみやそれに耐えたお母さんの姿を沢山の人に見てもらったらどうかと思う。きっと味方で溢れるよ、沢山の人が一緒になって怒ってくれるはずだ」
咲太郎が「おじさんらしくないことを言うんだね」と言い、慶次は「おじさんがうちの父親みたいになっちまった」と言って微笑んだ。
慶次が続けた。
「おじさんに先に言わせるなんてさ、俺らしくなかったよ。俺も綺麗ごとはやめるよ。いいか、英介も静ちゃんもここまで頑張って来たんだぜ?おかあさんもそりゃ苦しかっただろうさ。嘘つき野郎に貶められて、こんな女共に侮辱されて。でも今はどうだ?あんなに沢山の人がおかあさんに感謝して助けようとしてるだろ?だから今がチャンスだと思う。今これを出すのは絶対に効果的だ。もしかしたらおかあさんを奴らから取り戻すチャンスになるかもしれないぜ?だから出すべきだ、おれもそう思う」
「だな。女トレーナーが逃げおおせて、破壊遺産の罪をあやふやにされたらたまったもんじゃねえよな。俺の母親ももしかしたら徹底的にやれっっていうかも。恐ろしすぎて母親の思考を想像できん」
咲太郎が考えこむ。
「慶次君とお父さんは配信に賛成。咲君はやや賛成なのね。私は正直、まだ答えを出せないわ。遠山さんは慎重で思慮深い方だからきっとすぐに決断できないと思うのよ。それに、あんなふうにされている自分の姿が今後ずっとネットに載せられてしまうわけでしょう?それも辛いと思う。私もね、昔に酷いことをされたことがあったけど、それをもし不特定多数の人に知られたら嫌だもの。それは静ちゃんや英介君も同じよね、だからいったん、」
佐倉の母がこう言った時、静は自分を抱きしめている佐倉の母の手をぎゅっと掴んだ。
そして、しっかりと頷いた。
「私、尾崎さんに映像流してもらってもいい。奴らからママを取り戻せるかもしれないんだよね?このことで政府の連中を反省させられる可能性があるんだよね?だったら、尾崎さんが言ってたように、管理されたりするのはおかしいって、わかってくれる人が増えるかもしれないじゃんか」
静の言葉に英介が続いた。
「かあちゃんを取り戻す―――そういうチャンスになる?本当にそう思う?」
慶次が答える。
「きっとそうなる。うちの親父だったら、100%保証とは言わないまでもかなり効果アリと判断するはずだ。それに配信後にちょちょっと煽ってやればいいじゃねえか!今日明日徹底的にやるんだよ、そうすりゃあとは勝手に伸びてくよ」
英介が頷いた。
「うんわかった。佐倉さん、俺もそうしてもらうのに賛成するよ」
そして、英介は「栄太郎は?どう思う?」と訊ねた。
まさか自分が聞かれるとは思っていなかった栄太郎は目を大きく見開いた。
意見を求められた栄太郎はドキドキしながらこう答えた。
「今までの僕ならきっとやめておくって言ったと思う。多分、そう言ってたと思うんだけど―――でも僕、ここにきてよかった。皆さんの話を聞いてたら、なんか僕、全く逆のことをしてみたいと思った。つまり、やっちゃえってこと!山本ミキとあの女をやっつけてお母さんを取り戻したい!」
「よし!みんな賛成なんだね?佐倉さんのお母さんは?もう賛成なんでしょう?」
英介がこう言うと、佐倉の母が電話口に向かって言った。
「れっちゃん聞いてた?やっちゃいなさい!英介君や皆に説得されましたよ!やっちゃいなさい!またXを炎上させましょう」
◇◇◇◇◇
こうして配信された後、慶次はすぐにパソコンを開いた。
佐倉の父や母も、咲太郎も、一緒になって文字を打ち出した。
彼らが煽るまでもなく、尾崎の配信により空飛ぶカァちゃんを自由にするべきだという声が彼方此方から上がりだした。
そして、翌日の朝。
佐倉から連絡が入った。
―――権藤さんと市谷さんがやっと目を覚ました。
しかし、空飛ぶカァちゃんは眠ったままだった。
お読みくださりありがとうございます。
少しだけ明るい兆しが見えてきました。
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