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75.さよなら銀色の鏡

 麹町が尾崎を引き入れて開催した『事前防災・資源エネルギーを語る~安心できる社会への道筋』の終了後、釜谷議員の逮捕が伝えられた。


 また、釜谷の秘書である橋本菜月は釜谷の逮捕に関連する二つの決定的な証言をした。

 その一つ目。

 橋本菜月は水谷総理の指示を受けて山本ミキを空飛ぶカァちゃんへの直接の指示役にして、空飛ぶカァちゃんを釜谷の待つビルに呼び出そうとしたことを認めた。

 これは、麹町と尾崎の『事前防災・資源エネルギーを語る~安心できる社会への道筋』の中で麹町が語った『橋本菜月と山本ミキの密談』の内容と一致していた。

 そしてもう一つ。

 釜谷が身内の経営するあのビルで誰かを待っていたことについても、橋本菜月は水谷からの指示を受けて釜谷をビルの一室に待機させたことを証言した。

 これは釜谷自身も認めたことであり、釜谷と橋本の証言した内容に相違はなかった。


 釜谷は、水谷からはっきりと『ここで空飛ぶカァちゃんを襲うように』といった指示を受けたわけではなかったが、既に尾崎が配信した映像で明るみになった空飛ぶカァちゃんへの侮辱的な発言と暴力行為が明らかにされており、さらに権藤を突き飛ばしたことについてはもはや言い訳のしようがなかった。


 更に、空飛ぶカァちゃんを呼び出した部屋の状況についてだが、窓の外側から見たその部屋はとてもじゃないが普通の会議室とは言えない状態だった。

 なぜかベッドが置かれ、小さなテーブルにお酒が用意されていたことが空飛ぶカァちゃんがポケットに隠していたスマホのカメラによってはっきりと映し出されていたし、現在警察がこの部屋を確認しているところである。

 部屋の性質・状況についてと、この部屋が選ばれた理由についてはこれからまた厳しく追及されるはずだ。


 橋本菜月は事件当日の夜、組織からの執拗な電話連絡に恐怖していた。

 何回電話をかけても橋本が電話に出ないことがわかると、橋本の()()()()()から、すぐに指定の場所に来るようにと書かれた脅しのようなメールが何通も届き、こうなって初めて橋本は自分が口封じのために追われる身となったことを知った。


 身寄りもなく、追い詰められた橋本菜月が縋ったのは、自分への恋心を利用して麹町の動向を探るために近づいた麹町の私設秘書の男だった。

 橋本はこの秘書ならきっと自分を匿ってくれると思った。

 そして実際にこの秘書は橋本を自宅マンションの裏口から招き入れ、朝まで匿ってやった。


 しかし、橋本にひっきりなしにかかってくる電話とメール、そして橋本の怯えた様子を見て恐ろしくなり、とうとうこの私設秘書の男は麹町の最側近である飯田(いいだ)という男に密かに連絡を取った。


 この飯田という男は、麹町の亡くなった盟友の息子で麹町の右腕でもある。

 普段は麹町の個人事務所におり、議員会館内では出来ない()()()政治活動を一手に引き受けていた。

 佐倉を『泣き虫のスカッと君』と呼び、気に入ったと言っていた男がこの飯田である。

 この男は早いうちから佐倉と佐倉の身内全てを専門家に調べさせ、麹町に無害であることを確認した上で、更に個人的な興味から佐倉の交友関係や学生時代からの様々なことを調べ上げていた。


 飯田は佐倉と佐倉の友人たちが気に入り、いずれ何らかの形で身内に引き入れたいと考えていたのだが、麹町からはそれをはっきりと拒絶された。

 『佐倉のような男には無理だから』と言った麹町の思いはわかってはいたが、飯田の気持ちの中には何とかうまく……という思いがこっそりと控えていた。


 さて、若い私設秘書から橋本菜月のことで連絡を受けた飯田は、すぐに自らこの男のマンションに赴き、橋本菜月に『追手が迫っているようだ』と噓をつき、保護と引き換えに水谷を失脚させるために証言させることに成功した。


 飯田は麴町の指示を受けるまでもなく、もうずっと前から水谷を退陣させる準備を開始しており、既に片が付いているという状況にまで仕上げていたのである。

 今回の水谷の暴挙は素晴らしい()()()だった。

 あと数日で飯田の思い描いた通りに事が大きく動くだろう。

 この後で飯田がする厄介なことといえば麹町をせっつくことだけだったのだから。


 面倒な頑固者の麹町はというと、いずれこの飯田という男に自分の後を継がせ引退しようと思っていたのだが、飯田のほうは水谷が失脚した後の中継ぎの総理として麹町を担ぎ出そうと考えていた。

 なんと言っても、元から水谷と折り合いが悪いという()()()()()()を持ち、長年国民から根強い人気があり、次の総選挙までの間、党を支え守る力と思いが強く、実際に能力も高く、自分という側近がいる父の盟友麹町をなんとしてでも担ぎ上げる気だった。

 歳のせいか時折体調を崩すこともある麹町ではあるが『どうせ短期の間だけだ。なんとしてでも麹町の花道を飾りたい』――飯田はずっとチャンスを伺っていた。

 いずれきっと何かやらかすに違いない水谷は、飯田にとって麹町の花道をつくるためのピエロのような女だった。ただのピエロでいればよかったものを、醜悪な事件を引き起こし、前代未聞のスキャンダルでこのままでは党が持たなくなるほどの自爆を引き起こした。


 しかしなぜだろうか?――英介じゃないが、ここ数か月の間、不思議なことに、この飯田という男にも妙なイメージが浮かんだり消えたりしていたのだ。

 頭の中で自分が考えたことなのか、うたた寝最中の夢なのかわからないが、()()()()()()と感じていた。

 どこの誰なのか全くわからないが、きっと誰かが助けてくれるような気がしていたのだった。


 飯田は、サイキッカーの登場が自分がずっと感じていた()()であるとすぐにわかった。

 このサイキッカーのおかげで、ひとまずこの難局を持ちこたえられそうだと飯田は確信していた。

 麴町の花道をつくれれば、たとえ暫定的な総理と言われてもいいと思っていたが、もし次の選挙を超えられる可能性があるのなら、そうさせたいという気持ちもあった――自分を含め、まだ使える奴らが若すぎる。スポット総理を任せるなら麹町しかないのだと、飯田は信じているのだから。

 この後すぐ、飯田を頼って来た中堅議員と若手が水谷を叩くだろう。その後はきっと早い。まんざらでもない麹町を担ぎ上げてあとは駆け抜けるだけだ。


     ◇◇◇◇◇

 

 さて、水谷が直接指示をしたカメラマンについてだ。

 この男はまだ身柄を拘束されたわけではなかったが、橋本菜月によるとその男もまた消される立場になるだろうとのことだった。

 飯田の放った情報屋によれば、どうやら近日中にも身柄を押さえられる見込みとのことだった。

 この男が水谷からの指示を証言すれば、もう水谷に逃げ場はない。

 

 尾崎の配信後、ネットやSNSだけでなく、新聞やテレビでも水谷を批判する声が急激に高まった。そして――『事前防災・資源エネルギーを語る~安心できる社会への道筋』でのサイキッカーの件。

 官房長官の定例会見の時の状況も考え合わせると、このサイキッカーの能力は本物であることは間違いなかった。

 記者達が定例会見で必死にメモしていた内容は全て、彼らがあらゆる媒体を使って正確に報道したし、議員会館でのサイキッカーの発言内容についても同じでかなり詳しく報道された。


 その内容に、耳も目もふさぎたくなった連中は多かっただろうが、まっとうな記者、真面目な記者にとっては、あのサイキッカーの無礼な発言はある意味救いになった。

――また現れるだろうか?またあんなふうに?

 とてもじゃないが自分たちには口に出来ない真実をああして暴露してくれる日がまたくるだろうかと、サイキッカーが言うところの、まともな記者たちは彼の再来を待ち望んだ。


     ◇◇◇◇◇


 そしてもう一つ。

 SNSでは、空飛ぶカァちゃんに関する嘘の書き込みについて、連日の大炎上が続いていた。

 空飛ぶカァちゃんが国民から指をさされ軽蔑される原因となった書き込みの全てが、アキラの父母とその仲間による卑劣な書き込みであったと断定され、彼らは顔写真付きでその行いを晒された。


 さすがに児童であるアキラの顔が晒されることはなかったが、小学校名や住んでいる地域は写真付きで載せられてしまい、大人の彼らはマスクなしでは外を歩けなくなった。


 特に海水浴場で、テントで眠ってしまったのがアキラの母親のほうだったことが明るみに出ると、全く無関係の者たちからの謝罪要求までもが出された。

 アキラの母や父がアカウントを消しても、その友人たちまでもがタイムラインから逃げるように消えていっても、彼らを糾弾する文字列は勢いを増すのみだった。


 当の空飛ぶカァちゃんがいまだに目を覚まさないこともあり、助けられた立場でありながら恩人を侮辱する行為を行っていた彼らに対する非難には凄まじいものがあった。


 疑問を感じても、憤っていたとしても、長い間、誰も空飛ぶカァちゃんを助けようとも庇おうともしなかったくせに、今更になってその他大勢の偽善者達はやはり勢いのある側についたのだった。


 アキラは学校にも水泳教室にも通えなくなってしまった。

 あれほど水泳の才能に恵まれ、積極的で明るい性格だったアキラはひと頃の英介と同じようにふさぎ込んでしまった。

 アキラの現在の気持ちについてはわからない。

 ただ、彼には世間の誤解を解いて英介を救い、空飛ぶカァちゃんに感謝を表明する機会と手段があったにも関わらず、一切それをしなかった。

 佐倉は後に『それが全てだ』と言い、英介と静をぎゅっと抱きしめた。

 

 また、静のいじめに関する件については、静の中学からコメントが出された。

 報道されているような事実はなく、生徒本人もその友人も、また通っている学校の名誉も傷つけられたとして強い抗議文がホームページに掲載された。

 何より、ただでさえ苦しい立場に置かれ、心を痛めていた空飛ぶカァちゃんとその子供たちに対してあまりに残酷で卑劣な嘘で傷つけたあの発言内容を許しがたいものとして徹底的に関係者を糾弾した。

 山本議員に対してというだけでなく、その議員に指示をした者へという意味合いで現在精査中の関係者全てに対しての抗議文だった。


 今回の報道を受け内閣支持率はもはや10%台となり、若手と中堅議員からは退陣を求める声が噴出し、それが拡大してすぐに副総裁や幹事長といった重鎮が官邸に出向き辞任を迫った。

 既に求心力を失っていた水谷は自ら辞意を表明せざるを得なくなった。

 水谷は最後まで、釜谷とその秘書、そして山本ミキらの証言を否定したが総辞職に追い込まれてすぐに逮捕となった。水谷には重く、長い刑期が言い渡されることだろう。


 水谷が顔を映すたびに微笑んでいた、光り輝く大好きな鏡はもはや銀色ではなくなるのだ。きっと虫という家族が一緒に映る泥水が、新しくそれの役割をすることだろう。


 さて、次は山本ミキの番である。

 音声公開くらいで破壊遺産を許すものかとサイキッカーは思う。

 



 お読みくださりありがとうございます。

 早く空飛ぶカァちゃんや権藤さん、市谷さんの復活をお届けしたいです。

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