74.少しだけ投げかけた
◇◇◇◇◇
佐倉がこの会場で麹町の代わりに握った主導権。
しかし記者達は今こそ自分たちが好きなように出来る相手を見つけたと思った。
会場の記者たちは質問するといちいち難癖をつけてくる麹町にうんざりしていたので、おとなしく穏やかそうな佐倉をターゲットにした。
麹町のお気に入りらしい山本ミキの若い秘書は記者の質問に淡々と答えていく。
途中、嫌味なサイキッカーが茶々を入れて邪魔をすることもあったが、麹町とは違い、山本の秘書・佐倉という男が的確に質問内容に対応するため記者達から次々と質問が飛ぶ。
こんなふうに。
――「先ほどの件ですが、しつこく聞いて申し訳ありませんが、遠山さんにさせたい作業があるので麹町さんの仕事が終わった後に、いったん家に帰らせてから、指定した場所に行くように指示をするようにと釜谷議員の秘書が山本議員に耳打ちしていたということですね?このことは釜谷議員の秘書が別件で官邸に行った時に総理から指示を受けたと言っていたんですね?それで間違いありませんか?」
佐倉が麹町の代わりに「その通りです。私は麴町先生からそのように伺っております」と答える。
――「でも、その時に直接遠山さんに指示すればよかったんじゃないですか?なぜわざわざいったん家に帰らせて、その後でわざわざ山本議員から遠山さんに指示する必要があったんです?」
佐倉がまた穏やかに、落ち着いて答える。
「そうですよね、私も疑問に思いました。麴町先生から伺った話では、釜谷議員の秘書の方からそう言われた山本先生は、今すぐ自ら遠山さんに指示を出してきましょうかと、そのようにその秘書の方に申し出たそうなのですが、その秘書の方はこう仰ったそうです――麹町先生があれこれ仰る可能性があるので、いったん官舎に帰らせてから指示するようにと。それで、細かいことは後から総理から直接指示があるのでこのことは内密にするようにと、そう言っていたそうですよ。麹町先生、そうでしたよね?」
「そうじゃ!その通りじゃ、スカッとはちゃんと人の話を聞くからよく覚えておる。さっきもわしはそう言った」
麹町がふんぞり返ってこう言ったたが、記者達は適当にそれに頷いて、すぐに佐倉に問う。
――「なるほど、それでそれを聞いていた麹町さんは不審に思って、どうも胸騒ぎがして不安になったために、ここにいる末次先生や皆さんが参加している研究会に行かせて、山本議員や水谷総理から離したと。それで、その研究会が終了した後に、休憩コーナーで山本議員からの電話を受けて、権藤さんや麹町さんの秘書の方や先生方が、例の暴言を録音したということで間違いありませんね?」
「はい、麹町先生はそのお二人の話す内容に不審を感じたために、急いで権藤さんの参加されている研究会に連れて行き、第三者の方の目の中で遠山さんを守ろうとしてくださったんです。ここにいらっしゃる末次先生と小暮先生は電話を受けた際に怯えて様子がおかしくなっている遠山さんや権藤さんたちを見て、研究会の後でお疲れのところを、ご自身の時間を使ってこの件に協力してくださったんです。その後のことは――皆さんもご覧になったかと思いますが、尾崎さんが配信された映像の通りです。山本先生から電話で、娘さんが中学でいじめを受けているという話を聞かされて、もし指定するビルに行かないでそのままにした場合は今後どうなるかわからないと言われたために、心配でたまらなくなった遠山さんは泣く泣く現場に向かわれたそうです。これは私が至らなかったために起こったと思っております。私は遠山さんの担当だったわけですから」
――「佐倉さんはその時にご不在だったそうですが、一体あなたはどちらにいらしたのでしょうか?普段から山本議員からあのような扱いを受けていることを知っていたはずですよね?それなのに、遠山さんを権藤さんや他の秘書の方に任せっきりにするなど、担当者として心配ではなかったのですか?普通だったら、何かしらのケアというか、遠山さんを守るように対応すべきではなかったですか?あなたが遠山さんを見守っていたらこんなことにはならなかったのではありませんか?」
佐倉の『自分が至らなかった』という発言を受けて、一人の記者が急に佐倉を非難し始めた。
すると、指名も、問われてもいない黒田が記者に向って一気にこう言った。
「その時のことですが、こちらの佐倉は山本先生のおつかいで大使館に行っていたんですよ。あの時、山本先生は遠山さんが麹町先生の部屋にいないことで大変お怒りでした。麴町先生の事務所の秘書の方が“団地の壁の亀裂点検に行っているようだ”と仰ったので私がその旨を山本先生にお伝えしたところ、勝手なことをするなと仰って、私にお怒りになったんです。総理から言われていることがあるのにどうしてくれるのかと仰って――いつものように激昂……といいますかお困りのご様子でした。麹町先生はちゃんと送り届けてくださるとのことでしたので、そうご説明させていただいたのですが、お聞き届けいただけず――あまりにお怒りでしたので、それならばと私は佐倉君に連絡して、麹町先生に抗議させましょうかと提案したんです。佐倉は常に遠山さんのことを気遣っておりますので、遠山さんをこんな時間に点検作業で飛ばせていることを知ったら佐倉は絶対に、麴町先生にだって抗議するのがわかっておりましたので――そうしたら山本先生が、佐倉君を直帰させて、ここに戻るなと今すぐ電話しろと私に指示したんです。だから私は言われた通りに佐倉に電話しましたよ。返ってこないで直帰しろと!その後で、山本先生は自ら佐倉君にメールしてましたよ。麹町先生が送ってくれるので安心して直帰しろと送ったそうですよ。あとで佐倉君からメールを見せてもらったのでね。ですから!佐倉君が遠山さんに対して適切なケアをしていなかったなどと言うのはやめていただきたい。何もできずに遠山さんを苦しめたままにしていたのはむしろ、私のほうなんですから!佐倉君が事務所に来てからですよ、なんとか遠山さんの待遇を改善できたのは。何も知らないのにそういう言い方は本当にやめていただきたい」
このように憤慨し、記者に向って強い口調で物申した黒田の様子には佐倉だけでなく、麹町も驚いたようだった。
麹町が何かを言いかけたその時、サイキッカーがまた会場内の全員に向ってこう言った。
ーーー(おーう、あんた、そこの記者さんよ。思い出したぜあんたのこと。
ーーー(弱い者見つけると、そうやってやるんだよなお前。
ーーー(この秘書の兄ちゃんが、自分が至らなかったっていったから?そこに付け込んであの水谷と山本の罪をひっかぶせようってのか?あ?
ーーー(やっぱりあんたはここに入れるべきじゃなかったぜ。
ーーー(俺もあの時は時間が迫ってたし、とにかく力を使いすぎてたから面倒になっちまって、記者の塊集団に一気に話しかけたのがまずかったな。
ーーー(お前、秘書の兄ちゃんたちがどれだけ頑張って空飛ぶ人を守ろうとしてたかわかってんのか?山本がとんでもないスポーツトレーナーを入れたせいで、あの人は酷い目にあってたんだぜ?
ーーー(いつかきっとそのこともバレるはずだぜ?あの人が目を覚ましたら俺が直接彼女に聞くからよ。
ーーー(あのトレーナーと山本からどんな酷い目にあわされていたかをな。
ーーー(おい、お前!お前がいつも弱い立場のもんにだけそうやって強気にやってんのもちゃんとわかってんだよ俺は。
ーーー(テメエ、兄ちゃんたちに罪をかぶせて責めようってのは筋が違うんじゃねえの?
ーーー(このクズが!水谷のお抱え記者2号が!
ーーー(他の記者さんよ。あんたらこいつのこと、名前付きで報道しろよ。
ーーー(みはってんかんな?ちゃんと書けよ!
記者達がしん、と静まり返った。
麹町が低い声でこう訊いた。
「スカッとよ、黒田も。トレーナーってのはなんのことだ?」
これに黒田がまず答えた。
「はい。山本先生が、運動神経があまりよろしくない遠山さんを鍛えなければならないと仰って、体力増強のトレーニングをするスポーツトレーナーを雇って毎日のトレーニングを義務付けました。予算はありましたので」
黒田が低い声でこう言った時、会場内が大きくざわついた。
黒田は続けた。
「山本先生は、毎日――たとえ遠山さんがかなりハードな業務を終えた後でも、必ずランニングと筋力トレーニングをさせていました。最初は私が評判の良いトレーナーを手配して、遠山さんの体力に合わせてトレーニングをさせていたのですが山本先生はその方を解雇しまして、ご自身で見つけてきたあの女性トレーナーを採用したんです。それで、あのトレーナーと一緒になって、山本先生は遠山さんのトレーニングを厳しくチェックしていました」
「何?厳しくチェックしたとはどういうことだ?」
麹町が問う。
「はい。遠山さんがその、あまりに足が遅いとか、筋肉が少ないとか、そういうことを仰ってよく叱責していました」
「叱責だと?お前はそれをやめさせなかったのか?」麹町が怒鳴った。
「何度もやりすぎだと申し上げました。しかし聞き入れてはいただけなかったんです」
黒田はこう言って唇をかんだ。
「それで?それでどうなった?」麹町が訊ねた。
「はい。ちょうど佐倉君が入職し遠山さんの担当になったんです。佐倉君は山本先生にSNSでの書き込みや、その女性トレーナ―の悪い評判のことを伝えてトレーナーを変えさせたんです。山本先生は躊躇していたんですが、佐倉君はそれを強引に変更させました。そうだよね佐倉君」
佐倉が頷いた。
「はい。私は遠山さんがあのトレーナーに肩を掴まれて酷く叱責されているところを見たんです。反復横跳びをさせられて、遅すぎると笑われて、しまいには酷く怒鳴られた挙句――遠山さんは泣いてしまったんです。私はわざと音を立てて――山本先生を呼びに来たふりをしました。その時はトレーニングはそこで終わったんです。私は、あまりに酷いと思ったものですから、すぐに解雇しました」
麹町は声も出せず、ただ下を向いてしまった。
黒田が続ける。
「私ができなかったことを、佐倉君がすぐにやってくれたんですよ。それからずっと彼は遠山さんを守っていたんです。ですから!今回のことがまるで佐倉君の不手際かのように、そんなふうに報道するのだけはやめていただきたい」
一部の記者達が何度も頷いた。
そして、その記者の一人が問う。
――「山本議員が遠山さんに対してどういった接し方をされていたのかということは、後々、色々な方面から事実がわかってくるかもしれませんが、本日お二人は議員会館の前で、山本議員をかばうような言い方をされていましたね。あれはどういった意図から仰ったのでしょうか?」
これは水谷を追い詰める質問だった。佐倉と黒田は顔を見合わせて、交互にテンポよく答えた。
まず黒田が言った。
「意図も何もございません。我々は山本先生が本当に水谷総理に忠実だということを申し上げたのみです。絶対に総理の命令を守る方ですから。もちろん総理が仰ってもいないことを勝手に話されたりとか、総理のお言葉であるかのように誰かに伝えたりとか、そういうことをする方ではありません。その点だけは我々は山本先生を信じておりますので」
佐倉も続けた。
「はいその通りだと思います。山本先生は総理のことを心の底から尊敬していらっしゃいます。このことは見ていればわかるんです。ですから、指示されていないことをやったりとか、勝手な作り話をするようなことは絶対にありません」
ーーー(ああ、記者さんよ。そういう質問をしてほしかったんだよ俺は。
ーーー(水谷が今まで何をしてきたか、今回何をしようとしていたか、それをうやむやにするのだけは勘弁してくれよ。
ーーー(麹町の爺さんみたいな議員ってのは、もう残りの議員生活を何とかやり過ごそうとか思ってんじゃねえかって、俺は思ってたんだがよ、
ーーー(でも今回、爺さんはちょっと、色々考えたんじゃねえの?違うか?
ーーー(俺はずっと爺さんとか、もう亡くなったけど爺さんの盟友って奴とか?
ーーー(あとは、そう、爺さんの大嫌いな権藤とか、そういう奴らがいつかきっと何とかしてくれるんじゃねえかって思ってたのによ。なんもならなかった。
ーーー(だから今回俺は出てきたんだよ。せめて人殺し野郎共だけはやっつけてくれ!
ーーー(記者さんも同じだぜ?とんでもないお抱え記者共じゃないちゃんとした記者さんが、ちゃんとした報道をしてほしいんだよ。
ーーー(ずっと苦しんできた人がたくさんいるだろうが!
ーーー(空飛ぶ人だけじゃねえぜ?
ーーー(真面目な奴が損をする世の中を何とかしてれよ!
ーーー(麹町の爺さんには期待してるからよ。じゃあな、俺はそろそろヤバイから。
ーーー(当分出てこられないかもしれんが、
ーーー(まあちょっと休んだら敵とみなした奴をぶっつぶしてやるよ。
ーーー(お前とかお前をあいつと一緒にやってやる。じゃあな。
また別の記者が慌てて声を出した。
――「待ってください!あと少しだけ!麹町さんが色々考えたというのはどういう?」
――「あなたは麹町議員のお考えを読み取ったということでしょうか?」
ーーー(はあ?知らねえよ!どうせじきにわかるだろうよ。
ーーー(だいたいが、この状況でも水谷の野郎についてくような奴っているの?
ーーー(それこそとんでもないバカ野郎じゃね?
ーーー(よくわかんねえけど、きっとそいつらは水谷と似たような奴らに違いねえよな。
ーーー(お前とそこのお前みたいにな。
佐倉は――声だけのサイキッカーは、最後の一声を発した。
ーーー(ああ、多分だけど。暴力的で最悪のスポーツトレーナーの女のことだけどな、
ーーー(俺もまだ名前も何もわかんねえ奴なんだが、秘書の兄ちゃんたちには見つからないようにして、こっそりと奴らの酷い振る舞いの証拠を握ってるみたいだぜ?
ーーー(きっとそのうちまともな記者か、ジャーナリストか、
ーーー(そういう奴にリークするだろうよ。
ーーー(俺もそれを楽しみに待ってんだよ。
ーーー(麹町の爺さんにもそれなりに期待してっから!
ーーー(じゃあな!本当にこのままだと俺も倒れちまうからよ。
記者たちがまた『少しだけ待ってくれ!』と大声を上げたが、もうサイキッカーの返事は得られなかった。
会場が静まり返る中、麹町はゆっくりと顔を上げた。
そしてこう言った。
「わしが、わしのような間抜けに何ができると言うんじゃ。このキッカーめが!ただ、わしがやらなくても、まともな記者だか、まともな議員だか、そういう奴らがきっと動くだろうよ」
麹町が笑う。
そして佐倉も、陰に隠れたサイキッカーも同じように笑った。
この研究会はきっと成功に終わったのだ。
お読みくださりありがとうございます。
次からやっと雰囲気が変わります。長々とぎゃあぎゃあうるさい展開が続いてしまいました。




