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72.麹町にキャスターは無理

     ◇◇◇◇◇


 麹町にマイクを持たせる直前のこと。


 尾崎は“次は麴町さんにお話しいただきます”という意味合いを込めて麹町に目配せをしたが、すぐにほんの少し視線を伏せた。


 そして「はい。全てもっともなご意見かと思います」といい、麹町に軽く一礼してからこう続けた。


 「皆さんが仰る通り、我々はこのことでなんら遠山さんの力になれませんでした。それどころか、彼女の真実を見ようともせずに放置して見捨てていたと言ってもいいくらいです。私は確かに番組の中で、遠山さんの調査協力についてと、出演者の先生から伺ったお話をもとに彼女の特異な能力は防災だけでなく様々な分野で大変助けになるという話を配信しましたが、今更ながら、自分はなんて無礼で上から目線の配信をしてしまったんだと思いますよ。私はそれを非常に恥ずかしく思います。なぜ我々が遠山さんの能力をどう生かすか、役立てるのかと、当たり前のように外側から議論しているのでしょうか?皆さんが仰ったように、遠山さんはご自身の能力で何かできるならと社会貢献に意欲的な方です。ですが、先ほど先生のお話にあったように、遠山さんの専門分野はなんです?その素晴らしい才能は今どこに?遠山さんはその才能を使って生きていく機会を奪われてしまいました。畑違いのことをさせられても文句ひとつ言わず、役に立てるなら何でもすると言ってくださった遠山さんに対して、我々は感謝の気持ちをあらわすこともせず、残酷で無関心という無礼を返したんです。そのことを今更恥じ、悔やんでも、彼女はあんな目にあわされてしまったんです。彼女を管理するなどと言っていた者たちの、あの残酷な声と、暴力的な仕打ち。遠山さんを助けようとした権藤さんをあのような!突き飛ばしてそのままにして逃げるなど!本当に許しがたいことです。実は私も真実を教えていただいたばかりなのですが、下に落ちた遠山さんと権藤さんを、ビルの下で受け止めて助けようとした方がいらっしゃるんです。ものすごい速さで走っていってお二人を横から受け止めたそうですよ。そんなこと、命に関わる行為です。でも、それがなければ遠山さんと権藤さんは、」


 尾崎は声を詰まらせた。

 冷静で客観的な分析と長年の取材経験に基づいたわかりやすい解説スタイルの尾崎が、感情的に声を荒らげ話の途中で止まってしまう姿を佐倉は初めて見た。

 隣に座る佐倉が、尾崎の顔をそっと覗き込み心配そうに「尾崎さん」と声をかけると、尾崎は山本ミキの飼い猫である佐倉に笑顔を見せてくれた。


 尾崎は「失礼しました」といい「ここに『安心できる社会への道筋』などとありますが、実質的に社会を導き作ろうという者たちがこんな事態をまきおこしているのでは、我々もどうしたらいいのかわからなくなります。少なくとも私は、この件に関わる加害側の人間を軽蔑します。今回、麹町さんが本日のこの場を作ってくださいましたが、テーマに関わる意見交換という大切な機会であるとともに、麹町さんご自身も長年にわたり取り組んでこられた今回のテーマ、事前防災・資源エネルギーについて、そして安心できる社会というものについて、今後の課題であったり我々が進むべき道について、麴町さんの知見をお聞かせください」


 尾崎がこう言うと、とうとう黒田から麹町にマイクが手渡された。

 その時の麹町の顔と言ったらなかった。

 お得意のニヤニヤ笑いを浮かべながら「意地悪なジャーナリストと言ったらあんたを超えるもんはいないね。わしも加害側の資格充分の爺なんだがの」などと言い、尾崎をギロリと睨みつけた。


 尾崎は決して、麹町に嫌味のつもりでこう言ったわけではなかった。


 しかし、もともと尾崎を煙たがっている後列の()()()()()()は、ここぞとばかりにコソコソと『言い方が相変わらず嫌味だ』『ここに呼んでもらっといて、この言い草でマイクを渡すなんて』『だから嫌われるんだよ』などと囁き合った。

  

 すると早速、推し活中のサイコパス男が再登場した。


ーーー(おい、静かに黙ってメモ取りするんじゃなかったのか?

ーーー(()()()()()()爺さんの話を聞く気があるのか?ふざけやがって!


 サイコパス男には他にも推しがいたようだ。


ーーー(尾崎のおっさんはまともだって言っただろうが!これもちゃんと書けよ?

ーーー(まともなのが誰なのかって?

ーーー(“推し活中のサイコパス男扱い”された俺が教えてやる必要があるな。

ーーー(名誉棄損ってことでテメエの秘密もバラしてやるよ。お前とお前のな。

ーーー(今回は仕方ねえからお前ら全員いれてやったが失敗だった。

ーーー(お前らのあんなことやこんなこと、そのうち尾崎にバラすから。

ーーー(わかったら三回頷けよ、全員。


 後ろの記者が三回首を振ったので、麹町と尾崎、黒田、そしてちゃっかり佐倉までもが怪訝な顔をした。

 さて、麹町がマイクを握った。


 「今回わたしが尾崎さんに頼んだのは、この人がこういう方だからですよ。信じてもらえないだろうが、わしが、わたしがこの人を呼んだのですわ。昨日の配信も情報提供をしたのはわし。尾崎さんはちゃんと約束を守り、大切な人間を守るために言わないでもらいたいことは一切配信しなかった。ありがたい、おかげであの三人と子供たちの命を守ることが出来た」


 こう言うと麹町は尾崎に向って頭を下げた。 

 驚いた尾崎は珍しくうろたえて、素早く首を横に振ったが麹町はこう続けた。


 「あんたの配信でおそらく子供たちは救われただろうよ。権藤の息子はたった一人で、うちの泣き虫秘書が手配した車で病院にやってきての、こんな目に合わせたわしを責めることもなく、静かに部屋の隅っこに立っておったよ。権藤とは大違いの可愛らしい、しっかりした男の子だった。親の方は可愛らしさの欠片もないが、真っすぐな、心の温かい、素晴らしい政治家だ。わしはそれだけはわかっておったよ。うちの泣き虫秘書が権藤と仲良しだから、遠山さんのことで何かあったら助けてほしいと権藤に頼んでいたもんで、権藤という男は何の義理もないのに空飛ぶレディを助けようとしたんじゃよ。いいか、奴はあの録音を聴いてしまった。一緒にそれを聴いていた大学の先生とわしの秘書の大男と一緒に聴いた。最初は空飛ぶレディも体調が悪いから別の日にしてほしいと断ったそうじゃが、あの通り、山本に厳しく言われて、子供のことを持ち出されてどうしようもなく不安になり、行くしかなくなったんじゃよ。日頃から空飛ぶレディは軽く扱われていて――とにかく、気の毒な状態だったんじゃよ。わしは、うすうすわかっていたのにすぐに対応しなかった。放置して見捨てたことと同じだ。で、権藤と仲良しの泣き虫秘書もまたわしを頼ってきたもんで、わしは空飛ぶレディをひとまずわしの部屋で作業させたのが先日のこと。その日にだ、わしが釜谷の秘書が山本議員の部屋の前で話しているのを偶然聞いたもんで、胸騒ぎがしてこうなった」

 

ーーー(胸騒ぎがしてこうなった……って!爺さんの説明が下手すぎだ。

ーーー(ったく、どうして結論の前の説明がないんだよ爺さん。

ーーー(お前ら、ちょっと待てよ。俺がなんとかす、


 「もし、わしがあのコソコソ話をきかなければ空飛ぶレディはどうなっていたかわからんよ。山本に無理やり行かされたかもしれんし、当然、権藤や先生方、うちの大将の助けもないだろうから抵抗できまいよ。空飛ぶレディの息子はの、病院で泣いておったよ。自分が、海で友達を助けてくれって頼んだから母ちゃんがこうなってしまったと。全部自分が悪いんだと言って泣いて――いいか、空飛ぶレディのほうは自分のせいで子供たちが辛い目にあったと言って苦しんで――どうしてこんなことになったのか、わしはわけがわからんよ」


ーーー(ちょっと待て!爺さんは歳だから話がちょっとアレなんだ。

ーーー(こうなったら俺が今から爺さんに、


 「空飛ぶレディの息子は姉ちゃんと、あと祖父母と一緒に病院に来たんだが、今は権藤の息子と一緒に安全なところに匿っておるところじゃ。わしとしては子供たちの安全を確保しないことには、知っていることを公表できなかった。他に、釜谷と釜谷の秘書の身柄についても安全な場所にあるから、じきにこの件の全容がわかるはずじゃ。彼らの身元の安全が確実にならないと何が起こるかわからない、まあ、そういうことでこうなった。尾崎さんの配信をみて子供たちは救われたろうが、三人ともまだ危険な状態だから、病院に詰めかけたり、家族に何か聞いたりして、何かを探り出そうとしたりそういうことは控えてもらいたい。命は助かったが、子供たちは心配でたまらないから、そこはちゃんと、」


 「うっ、」

 麹町が額を押さえた。

 自分を推すサイキッカーが麹町の脳に襲い掛かった瞬間だ。

 推し活中のサイコパス男が麹町に喚き散らす。


ーーー(麹町の爺さんよ、あんた……悪いがテレビのキャスターやるのだけはやめたほうがいいよ。

ーーー(あまりに話が下手過ぎて何言ってんのかわかんねえよ!

ーーー(まずはいいか、釜谷の秘書と山本の野郎が部屋の前で話しているところからだ。

ーーー(奴らは何を話してたんだ?それを言って説明しなきゃ誰もわかんねえよ!

ーーー(話を聞いて胸騒ぎがしてこうなった、ってなんだよ。

ーーー(ちゃんと、順序だてて話すんだ。


 推し活中サイコパス男の麹町への囁きは、後ろの記者にも届けられた。

 会場内は今、大いに盛り上がっていた。

 




お読みくださりありがとうございます。

次回はやっと落ち着いてきます。

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