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71.記者たちへの糾弾

 午後四時半。

 議員会館の、ある会議室前が賑やかしい。

 『事前防災・資源エネルギーを語る~安心できる社会への道筋』―――


 麹町が参加するこの会議には、先ほどまで定例会見の会場にいた記者が詰めかけた。

 そして、当日の告知であったにもかかわらず佐倉と黒田が流したプレスリリースを見たフリーのジャーナリストが多数参加し前列を陣取った。

 山本ミキが避け続けてきた松嶋記者ほか今井田、星野など、所謂うるさ型が揃ってくれたため佐倉は大満足だった。


 さて、例のお抱え記者さんはどうしたか――

 彼は、定例会見でわけのわからない行動をとり続けていた他社の記者たちが突然一斉に立ち上がり、そのまま小走りに退室したため、すぐに慌てて追いかけたのだが、途中で総理の秘書官からの厳しい叱責の電話を受けていたため出遅れてしまった。

 それでもなんとか会場に駆け付けたのだが、会場前で受付という名の()()()()をしていた佐倉から、会議室会場の定員に達してしまったため入室を断られた。

 消防法上の安全を確保するために、規定通りに入室制限を行っていると言われ、申し訳なさそうに謝られたあげく、あっという間に入口を施錠されてしまった。

 この記者がこのような扱いを受けたのは初めてのことだった。


 実に申し訳なさそうに頭を下げながら施錠した佐倉が誰にも聞こえないひとり言をつぶやく。

ーー『誰がお前など入れるものか』

ーー『おとなしく水谷の秘書官に叱られていろよ』


 そして、黒田のアナウンスにより、施錠後にほぼ予定通りに開始された。


 

 事前防災や減災、また具体的な砂防計画を検討・推進するための連携団体や研究会は多数存在するが、その中でも、今回、現在入院中の権藤が参加していたこの研究会は決して大規模なものではなく、むしろこじんまりとした小さな研究会であった。


 末次や小暮にしても、他の技術者や研究者も、麹町という誰もが知る重鎮議員が発起人となり声掛け主催してくれたこの意見交換の機会を大変ありがたいものとして受け止めていたので、開始直後から非常に活発な意見交換が行われた。

 空飛ぶカァちゃんが飛び入り参加した数日前の研究会で、彼女の飛行能力を使って実際に『何ができるか』『技術者がしてほしいことは何か』『どこまで協力してもらえるか』ということを具体的に話し合えたことで、彼ら研究者や技術者たちの間では、新しいアイデアやイメージが沸き上がり、そのことを近いうちに話し合いたいと考えていたところだったので、急な開催には違いなかったが、そのことで不満はなかったし、むしろありがたいタイミングでの開催となっていた。


 以前、本村(もとむら)が秘書任せにして自身では全く動かず、まともに対応していなかったために権藤から常に批判を浴びていた重要事案に関する意見交換の場であるから、麹町はさぞ居心地が悪いだろうと佐倉は思ったが、当の麹町は涼しい顔をして着席し、微笑みさえ浮かべながら余裕綽々で頷き、持参した手元の資料を見ながら何か考え込んでいる様子だった。

 麹町は実際に今日のこの内容――特に空飛ぶカァちゃんの能力利用を組み入れた彼らの提案に非常に興味を持ったようだった。ただ、いまだに目を覚まさない空飛ぶカァちゃんの状況を思うと、このことで自ら意見したり、質問したりすることなど出来なかった。

 それは研究者や技術者たちも同じで、空飛ぶカァちゃんの話が出ると、途中で急に声が小さくなり、そして別の話にすり替わっていく場面も見られた。

 

 研究者や技術者たちの活発な意見交換が一段落した時に、黒田から尾崎に“そろそろ副題である『安心できる社会への道筋』のほうで軽く話しましょう”といった軽い目配せが見られたので、佐倉がPCを操作しようとした時に、一人の技術者が「少々よろしいでしょうか?」と声をあげた。


 冒頭にアナウンスしたように形式ばった意見交換の場ではないので、尾崎がにこやかに「どうぞ」と言い、すぐに黒田がマイクを渡したところ、その技術者が語った内容は、スキャンダル関連の話を今か今かと待っている記者たちも非常に興味をひかれるものだった。

 

 「前回、遠山さんが飛んでくれた時のことはほとんど報道されなかったでしょう?我々はそれが不思議だったんですよ。あの人はね、泥だらけ傷だらけになって撮影したり、力仕事までやってくれたんですよ。サンプリングにしたってあんなに華奢な人が必死になってやってくれてね、物を運ぶ時だって我々を心配してくれたんでしょうが、滑ると危ないからなんて言い出して、あの人があんなに重いものを一生懸命運んでくれたりしたんですよ。とにかく撮影がどんなに楽だったか!どんな場所だって接写撮影も全景撮影もできるんだよ?あの人は黒板とスケールを持って、我々がお願いしたことを嫌な顔一つせずに完璧にやってくれたんです。あの時のことを配信してくれたのはここにいる尾崎さんだけだったんです。そんなことっておかしいですよね。記者さんたちはご存じなかったんでしょうか?」


 この技術者の質問に答えられる記者はいなかった。

 だいたいが質問されるより、質問するのが専門の記者ではあるが、初めて聞いた具体的な内容――空飛ぶカァちゃんの働きについて全く注目していなかったことに今更ながら気づかされた。


 その技術者が続ける。

 「あの方について、色々書かれたり言われたりしているけど、あれは絶対に全部嘘だと思いますよ。この研究会の内容じゃないことだから、ここで余計なことを話すのは申し訳ない気もしますが、ちょっと言わせてもらいますよ――あの人に僕は言ったんですよ。すごい能力を持って羨ましいよってね。誇りに思っていい力じゃないですかってね。そしたら、あの人はこう言ったんです。僕は本当に後悔しましたよ、なんて余計なことを言ってしまったんだってね。あの人は『とんでもないです。恐ろしくて仕方ないです』って言いましたよ。あの人はね、誰かにバレたらどうしようって思いながらコソコソ暮らしてきたんだと。ご家族の皆さんが……娘さんや息子さんが自分のせいで辛い思いをしていると言ってね。本当に辛そうで、気の毒になりました。あの人が飛ぶ力を見せびらかして近所を飛び回ったりするはずないんですよ!海で担当の仕事もせずに日光浴をして寝転んでいたとか、すぐに助けに飛ばなかったとか、そんなことをする人じゃ絶対ありませんよ。どうしてそんなことを言われてしまうのか、誰も庇ったり事実を解明しようとしないのか、僕は意味が分かりません。記者さんたち、教えてもらえませんかね」


 もちろん記者も、誰も答えない。

 すると、末次とは別の大学の研究者が手を挙げた。

 黒田がマイクを渡すと、よく通る声で話し始めた。


 「わかります。本当におかしいです。彼女が無能だとか?無責任だとか、一体何なんなんでしょう、あの言い草は。あの方ほどきちんとした、責任感のある方はいないんじゃないですか?本当に素晴らしい方だと思いましたよ私は。私は飛んでいただいている間、音声で繋がっていたんですが、非常によく気が付く方でね、大変助かったんです。あの方の専門分野は全く別のことですよね?素晴らしい才能をお持ちの方なのに、それを生かす機会を奪われただけでなく、畑違いのことをさせられて、文句ひとつ言わないでですよ?気になることを質問してくれて、一つ一つ丁寧に作業してくれたんです。あの時の成果は絶対に役に立つものだったんです。どんなに感謝しているかしれませんよ。それなのにどこのテレビも扱わなかった。別に我々の活動のことはいいんですよ、遠山さんがしてくれたことをきちんと報道で扱わないことが不愉快でしたよ私は」


 これを聞いた末次と小暮が頷きながら顔を見合わせる。

 小暮が何かを言おうとして挙手したのだが、指名されてもいない別の研究者が興奮気味に話し出してしまった。

 「その通りなんですよ。だから我々は本当に憤っています。遠山さんをあんなふうに扱うなどと!許せません。多分どうせ酷くされているんじゃないかって、なんとなく予想はしていたんですが、あれほどとはね!だいたい権藤さんと遠山さんが密会だとか、不倫だとか、くだらない記事を書いたのは誰なんですかね?ここにもしあの記事を書いた記者がいたら抗議したいですよ。権藤さんはご家族を本当に大切にされていますし、遠山さんはそんな人じゃありませんよ。私は二回採取でご一緒させていただきましたが、素晴らしい方ですよ。お子さんたちは誇りに思っていいです。くだらない記事やSNSなど本当にどうでもいい!」


 ここにいる記者達が空飛ぶカァちゃんや権藤を侮辱する記事を書いたわけではないのだが、記者達は顔を見合わせる以外のことが出来なかった。

 もちろん声も出せなかった。

 

 空飛ぶカァちゃんのことを最初に発言した技術者が、どうしても言いたかったのだろう、挙手もせずにまた発言した。

 「あの山本議員の発言内容は聞き苦しいだけでなく、あまりにも卑劣で陰湿ですが、ビルに呼びつけて罠にかけようとしたという犯人が誰であれ僕は許せませんよ。早いとこ捕まえてもらわないと不愉快です。あと、海でのことを色々書いた人も同罪ですよ。だいたいそういうことを書くから世間で酷く言われてしまったんじゃないですか!ちょっとした嘘だと思って軽く考えているかもしれませんが、罪は重いと思いますよ。それこそ裁かれるべきだと思います。その海水浴に参加していた方で嘘をついて彼女を侮辱した人間の顔を見てみたいです。それから、権藤さんを侮辱する記事も許せませんから!あの方はずっと我々の活動を支えてくれた方なんです。どうしてこう、次から次へと権藤さんを痛めつけるようなことばかり起こるのか、僕は本当にわかりませんよ!大怪我をされたんでしょう?突き落とされるなんて……信じられませんよ僕は」


 こう言われて記者たち、そして尾崎も、声が出せなかった。

 報道に携わる者とって彼らの問いは重いだろう。


 いま発言した彼らの怒りは真っすぐで熱いものであった。

 記者たちにはそれを跳ね返す力も、少しばかりの気力さえも湧き上がってこなかった。


 佐倉は、何かの時は麹町にちょっとした刺激を与えて、この会場で麹町が言っていたような『麹町の告白タイム』のほうに持って行くつもりだったのだが、思いもかけず、技術者や研究者が空飛ぶカァちゃんのことを擁護する発言を繰り広げてくれたためにしばらく放っておいた。


 今この会場にいる研究会の参加者たちは空飛ぶカァちゃんと権藤に親愛の気持ちを持っていたので、次から次へとまるで佐倉の気持ちを代弁するように、彼らの美点を語ってくれた。


 さて、それを黙って聞いていた麹町がとうとう尾崎をじろっと睨みつけた。

 それは『そろそろわしに話をさせろ』という合図に違いなかった。


 尾崎はゴクリと唾をのみ、しっかりと頷いた。


 麹町の告白タイム開始である。

 


 




 


 


 


お読みくださりありがとうございます。

次回はやっと麹町の回となります。

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