70.推し活中のサイコパス男
佐倉の羽が震える。
そして佐倉の喚き声が記者の頭に響き続けていた。
佐倉は今回の事件について『自分がこの力を使って把握できた真実』ということにしてわかりやすく、記者の頭の中に直接内容を入れていった。
水谷が頭の中で考えていたこと――予定を組み立て、すぐ先の出来事を想定し、何か起こった時に誰を利用して逃げ切ろうと思っていたか、うまくいった時にどうやって獲物にかかった哀れな者たちを使ってやろうと思っていたか――そういった内容を時々脅すような声を発しながら、淡々と説明してやった。
釜谷が麹町に水谷の弱点を持ち込み、自分だけ助けてもらおうとした件については、水谷が恐れているものが何であるかについて、ここにいる記者連中もある程度はわかっている様子だったが、客観的な情報と決定的な証拠を入手できていない状態で水谷を刺激することは出来なかった。それは当然のことだし、証拠もなしに揺さぶったところで危険を増やすだけで意味がないのだから仕方がないことだ。
記者たちの頭に入り込んだサイキッカーが、水谷の金銭授受問題について、具体的に釜谷が何を持っているのかを知らせてきたちょうどその時、水谷のお抱え記者が必死になって山本ミキの暴言やパワハラ、卑劣な言葉を使っての侮辱について糾弾しているところだったが、サイキッカーの『証拠情報』を必死にメモしている記者達にとっては、山本の暴言のことなどもはやどうでもよくなっていた。
何も知らないお抱え記者が、水谷と官房長官を喜ばせるためだけに質問する内容など、頭の中に入ってくるネタとは比較にならないのだから、当然メモすることを彼らは優先した。
水谷と釜谷の関係はすでに破綻していたが、同じ団体から助けてもらっていたことは記者たちもおおよそわかっていたこと。
サイキッカーは、水谷と付き合いの深い団体について、そのNPO法人の名前や業界団体について、記者なら絶対にわかるような隠語を使って記者達の頭の中に叩き込んだ。
彼らがどのような団体として水谷に近づき、何を与え、何を受け取り、そして今、彼らが互いにどのような力を与え合っているのかについて、記者の鋭い想像力を掻き立てるような言葉を使い、せせら笑いながら、嫌ったらしいその声を聴かせてくるのだ。
釜谷は麹町に助けてもらう見返りとして、金銭のやり取りに関する件で“どのように口裏合わせをするか”についてを話し合った際に録音した音声データと、また、水谷と自分がその件で会っていた時にこっそり録画しておいた映像を渡すことを麹町に提案した。
そして、水谷が退陣させられた後、自分だけはこのままそれなりの立場を与えてもらえるように取り計らってもらいたいということを恥知らずにも頼んだ。
麹町は、釜谷からはっきりとした言葉でそれらを伝えられたわけではなかったけれども、すぐさまそれを突っぱね、しかもその時の映像を録画していた。
こうして麹町はもはや釜谷が逃れることができなくなる証拠を握っていたので、この件に関連して麹町が叩かれる心配はなかった。
サイキッカーは麹町が握っている情報があるということと、その内容についてぼやかして伝えた上で、麹町が必要とあらば、水谷を追い詰める際にその情報を使うはずだと記者たちに伝えた。
陰湿なこのサイキッカーは、麹町が老獪な政治家としてどれほど恐れられていようが、たとえ過去にどれほどまでに強権的な権力行使をしていたとしても、党を守るため、組織の屋台骨を支えるために必死で前を向き戦い続けてきた麹町の人生に強い憧れを抱いているようだった。
また、金や権力には興味もなく、特に地域のために力を尽くし、弱い者を助けるため、豊かな暮らしを作りたいという青臭い思いを持ち続け、常に全力を尽くしてきた麹町の生き方や人柄に惹かれたために、長年の間、観察し続けていたらしい。そのうち、麹町の周囲にはびこる多くの卑劣な連中に行き着き、これらの情報を入手したそうだ。
まるで麹町の広報活動をしているような文言が時折耳についたが、きっと、推しを見守るような感覚で憧れの政治家を観察し続けていた『サイコパスサイキッカー』なのだと理解された。
最上級のサイキッカーと自称した佐倉は、恥ずかしいことに途中、身びいきな発言を繰り返したため『推し活中のサイコパス男』の烙印を押されたが、本人はやけに張り切って麹町の押し上げと、水谷の断罪を嬉しそうに続けた。
SNSやメールで行われた金銭の要求や受領を確認するメッセージがあり、それを入手するためにはどこを突けばいいのかということや、この件の関係者についての具体的な複数情報を得られた記者は興奮し、ちょっと気の毒な『推し活中のサイコパス男』を頭の中で称賛した。
自称最上級のサイキッカーは、記者たちの自分への評価に、少しばかり不満を感じたに違いないが、哀れな推し活中のサイコパス男はその評価をポジティブに受け止めた。そうするしかなかった。
こうして際限なく喚き散らかし、そしてちょっと恥ずかしい思いをさせられたところで、そろそろ頃合いだと感じた佐倉は最後の仕上げにかかった。
ーーー(記者さんよ、これから麹町と尾崎がいる事前防災とエネルギーとかの報告会だかなんだか、そんな名前の会議に行くといいよ。四時半から始まるはずだ)
ーーー(多分だが、そこで色々な疑問が解けるだろうよ。
ーーー(なぜそこに麹町がいるのか気にならないか?
ーーー(あんなに嫌ってた尾崎がいるところに麹町がいる意味を想像してみろよ。
ーーー(中に入れなくなる前に行った方がいいぜ?
ーーー(あー、でも俺の見込み違いで記者さん達の中に、あそこに立ってる総理のお抱え記者さんみたいなトンデモ野郎が混じってるかもしれないよな?
ーーー(今こっそり、水谷とか、奴の秘書官に連絡を入れてたりして!
ーーー(そこのお前!お前だよお前!
ーーー(ナンチャッテー!これ、このナンチャッテって言うやつ、割と好きだぜ?
ーーー(なんかかわいいじゃないか。
ーーー(水谷へのご報告タイム、さあご勝手にどうぞ。
ーーー(別にいいぜ俺は。今みたいにしていつでも同じことができるからよ。
ーーー(お前が守りたいのが水谷だってことは、いつだって世間にバラせるから。
ーーー(名前付きでバラしてやるよ。総理に忠実な記者さんってことで。
ーーー(色んなヤバイ団体からお声がかかるんじゃね?
ーーー(都合のいい報道官?広報官?アナウンサー?なんて言ったら一番合う?
ーーー(これはほんとだけど、やりたいようにやってくれ。
ーーー(こっちは困らないからいくらでもどうぞ。
ーーー(水谷にでも誰でもいいから報告に行くといいぜ。
ーーー(そして、あいつの罵倒を聞けばいいさ。
ーーー(助けてくれてる相手のことを『何とかする側』とかいう女を、
ーーー(優しくいつまでも守ってやれよ。
ーーー(そんなお前の名前と行いはちゃんと俺が世間様に公表してやるからよ。
ーーー(はあ……やりすぎて疲れた。しばらく俺は体を休めたい。
ーーー(これをやるとマジでしばらく俺の方が使いもんにならなくなるからよ、
ーーー(だから我慢してたんだよずっと。でも今回の件は酷すぎねえか!
ーーー(なあ、お前らってわかってんの?結局全部お前らのせいじゃねえか!
ーーー(ずっとあいつらに――水谷なんかに尻尾振りやがって!
ーーー(必死で、正しいことをしてきた奴を虐げて、
ーーー(自分らだけが安全な場所で、正義の人の顔をして、
ーーー(他人の苦しみを面白がって、あれこれ垂れ流していただけじゃねえの?
ーーー(俺にムカついたらお抱え記者さんと一緒に官邸に行くといい。
ーーー(俺は疲れたから少し休む。
ーーー(早いとこ行った方がいいから。じゃあな。
サイコパス扱いの恨みを少しだけ晴らした気分の佐倉は、官房長官の定例会見のライブ配信ページを閉じ、これから始まる会議会場の後ろの席が埋まることを想像し、ニヤニヤといやらしく笑った。
◇◇◇◇◇
こちらは議員会館の会議室。
―――『~事前防災・資源エネルギーを語る~安心できる社会への道筋』
午後四時半。
押しかけてきた多くの記者の人数に圧倒された研究会のメンバーと、尾崎や麹町、末次准教授と小暮助教が目を丸くする中、その会議は始まった。
お読みくださりありがとうございます。
早く山本ミキの話に進みたいところです。頑張ります。




