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66.破壊遺産のかわいい秘書

     ◇◇◇◇◇


 黒田からの電話。

 

ーー『ふふっ、そうなんだよ。あの人は逃げの天才だよ。僕に八つ当たりした後に病院に行くとか言って三時前には部屋を出たからね。もしかしたら、上手く倒れてみせてもうどこかに入院してたりして』


 逃げの山本ミキのおかげで黒田は早めに部屋を出られたようだ。

 黒田には空飛ぶカァちゃんと権藤、市谷が入院する病院に向かってもらい、容態の把握と彼らの見守りを頼んでいた。

 黒田が夜九時頃まで彼らが入院している部屋を守り、その後は佐倉がまた泊まり込むことになっていた。

 

ーー「黒田さん、今から官房長官のぶら下がりはあるんですかね?」


ーー『やらせるんじゃないの?あの総理のことだから。エントランスでやるでしょ、いつものように“事実関係を確認中、回答を差し控えます”ってやつを。どうせ全部山本先生と釜谷先生のせいになって終わりだよ』


ーー「黒田さん、明日の朝は一緒に事務所に行きましょう。朝に青山一丁目あたりを車でぐるぐる回ってますから乗ってくださいよ。それで官邸から割と近いいつものパーキングに停めて二人一緒に会館に入りましょうよ、ゆっくり歩いて」


ーー『ええっ、佐倉君ってマゾっ気があるの?とんでもないことになるよ?特に君は既に書かれてるんだからね、山本先生の()()()()ってことでね。まあ僕も似たようなものだけどさ。何のために二人仲良く登庁する必要が?』


ーー「総理が山本先生のせいにするでしょうから、それを否定しておきたいんです。山本先生が総理の方針に逆らったり意向を無視するはずがないじゃないですか。全部あの人のせいにして逃げようだなんて、それだけは許せないんで。我々は職務に忠実で山本先生を誠実に守ろうとする秘書の鑑でいましょうよ」


ーー『佐倉君、僕は君のそういうところがね、』


ーー「そういうところが?」


ーー『かなり好きなんだよね。実は猫も好きなんだけど。わかったよ、わざわざ青山で降りて君の車で行くよ。山本先生は絶対に総理に逆らえないってことを言えばいいんだね?最後のはなむけかい?』


ーー「いやあ、猫って後ろ足で砂をかけるんですよね?飼ったことないからわからないんですけど」


ーー『悪魔のような秘書じゃないか!』


 さて、黒田の言った通りに夜の九時半過ぎにエントランスで官房長官が臨時のぶら下がり取材に応じた。ごく短時間の火消しにもならない形だけの会見。

 “事実関係を精査して適切に対応し”そして“確認中のため回答を差し控える”という丁寧なお言葉に終始したぶらさがりは今回もまた尾崎のような記者をいらつかせ、そうでない記者をほっとさせたのだろう。


 方針が決まったら山本と釜谷の切り捨てで乗り切るつもりだろうがそうはさせない。

 佐倉は絶対に水谷を徹底的に()()つもりだった。

 それで山本ミキがすこしばかり延命となっても構わない。どうせ、ほんの少しだけだ。

 

 水谷の頭の中を覗く時に車を停めている官邸近くのいつものパーキング。

 佐倉の羽は、今回不手際から聞きそびれていた水谷という女のいやらしい、陰湿で残酷な計画をはっきりとその羽で捉えた。

 絶対に逃がすものか。

 麹町にまた怒鳴られそうだが文字通り『奴を殺してやる』――佐倉はそう思っていた。

 立ち上がれない程に打ちのめして潰してやる!

 空飛ぶカァちゃんを『飛ぶ奴隷』と呼び、いやらしいスキャンダルにまみれさせて『国民の軽蔑の対象』に仕立て上げ、そのうち人間ドローンとして戦争にでも使おうと考えていたあの女を切り刻まないことには怒りが収まらないと思っていた。

 美貌の総理、と呼ばれる能面のような女。

 

――(本当の美しさというものを私は知っているんだ。

――(お前の顔とは似ても似つかない真の美というものをね。

――(人だけではなく、人が作り出した様々な美というもの。

――(社会であったり、絵画であったり、音楽も。

――(まっすぐな思いであったりもする。

――(お前のまわりには絶対にないものなんだよ。

――(お前の母親も、その母親の兄弟や父親も、私はよく知ってるよ。

――(ずっと長い間さ……数十年もの間、お前たちを見張っていたんでね。

――(鏡が好きな水谷よ。美というものを勘違いするなよ?

――(お前には泥水の鏡がお似合いだ。

――(その鏡に虫と一緒に映ればいい。まるで家族のようにね。

――(遠山さんに軽蔑を向けさせようとしたお前を虫けらのように潰してやるよ。

――(子供たちを傷つけようとしたお前を死なせずに殺してやるよ。


 その夜、黒田が病院を出て交代するまでの間、佐倉は水谷を見張っていた。

 すぐ近くのパーキングでいつものように羽を飛ばして天井を突き破り、水谷の頭の周りをふらついて時々針を刺すように痛めつける。

 泣け。いつか喚け。さんざん叫べ。

 それが今の佐倉の願いだ。

 

 病院に戻った佐倉は、特別室の三人の寝顔が昨晩より少し和らいで見えほっとした。

 

――目を覚ましたらきっと酷く体が痛むだろうが、どうか、どうか英介の夢の通りに怪我が良くなるように。

――助け合って生き延びた勇敢で誠実で温かい彼らが元通りになるように。

――時間がかかってもいいからお願いだからと!

――代わりの身体が必要であるならば、自分の身体を代わりに使ってくれと!


 誰かわからない、いるかどうかもわからない……魔法使いだか、神様だか、妖精だとか、そんなとてつもない者でなくてもいいから、不思議な力を持っている者たちに、どうか彼らを助けてほしいと佐倉は願い続けた。


――明日の朝は山本ミキを擁護する秘書になる。黒田さんと一緒に。

――尾崎さんが笑うだろうな。また猫って言われるかもな。 

――あの人は配信の中で言ってくれた。私が言ってほしいことをはっきりと。

 

     ーーー ーーー ーーー ーーー ーーー 


 『山本議員という方は総理を崇拝してますから、勝手にこんなことを言うはずがないと私は思います。総理がビルで待っているとか、苛めで苦しんでいる遠山さんのお嬢さんを助けるために一席設けたなどと、山本議員が勝手にそんな嘘をつくはずがないじゃないですか。私の取材に応じてくださった方もはっきりとそう仰っていました。山本議員はきっと総理の指示通りにやったんだと』


 『研究会に参加されていた技術者の方や研究者の方々が、遠山さんの誠実な人柄や彼女の防災への献身に対してどれほど感謝しているかということを、私が取材した先生方は明言されました。遠山さんは、山本先生が許して下さればどんなところにだって飛んでいきますからと、今まで何度もはっきり仰っていたそうですよ』


 『そんな遠山さんに対して、暴力をふるい、侮辱し、傷つけ、助けようとした権藤さんを突き落とすなど!本当に恐ろしいことです。その恐ろしい人間も総理からここに呼ばれたと言っているんです。このことは今すぐにでも警察が調べる必要があります。情報を提供してくださった方は既に動いてくださっているようですから、その後の状況がわかりましたらまたこちらでも配信いたします』


 『今回の情報を提供してくださった方は、遠山さんと権藤さんのお子さん方、そしてもう一人。お二人を助けようとご自身の身を犠牲にしてでも守ろうとしてビルの下で受け止めた秘書の方や彼らのご家族の皆さんの身の安全のために入院先を伏せていらっしゃいます。このことは当然のことだと思います。証拠の映像を見ればお分かりかと思いますが、これは殺人未遂事件ではないでしょうか。このような状態で彼らの居場所を探ろうとしたり、病院や家などに押し掛けるようなことのないようにしていただきたいですね』


 『それから、遠山さんに関するSNSの書き込みですが全くの事実無根のようです。遠山さんはお子さんの海での宿泊レクリエーションでボランティアの仕事をせずに眠りこけていたとか、サメに襲われそうになっているお子さんを助けようとしなかったとか、あることないことを書かれているようですが、これは全くの嘘だということです。参加した子供たちや保護者の方、その日のことを知っている方は事実を公表していただきたいですね。とんでもない嘘のせいで、遠山さんやその子供さんがこれ以上傷つけられるようなことにならないよう、真実を話してくださることを私は願っています』


     ーーー ーーー ーーー ーーー ーーー  


 翌朝。

 ちょうどいい時間だった。

 黒田を乗せた車は、うまい具合に官邸に一番近いパーキングに入れた。

 5台ほどしか停められないパーキングがなぜが一つだけ空いていた。

 

 「佐倉君のせいで朝から地獄を見るよ。昼くらいおごってくれよ」

 黒田がぼやく。


 「ええー、まあいいですけど」

 佐倉のほうも似たような顔つきだ。好きで山本をかばうわけじゃない。


 さあやってきた。水谷のお抱え記者と尾崎の仲間たち。

 会館の入口。登庁した彼らを迎える


ーー『遠山さんと権藤さんはどちらに?』

ーー『なぜ一緒にその場所に行ったのかについては確認できているんですか?』

ーー『お二人は以前から親しくされていたんですね?』

ーー『容態については把握されていらっしゃいますか?』

ーー『撮影していた方というのはどういった立場の方なのでしょうか?』

ーー『権藤議員の身体が地面に着く前になんとか抱えることが出来たということですよね?』


 そう。これらの質問をされるのは理解できる。

 人気が両極だが、強い支持層を持つ権藤が倒れたのだ。

 クズのようなカメラマンにショッキングな写真を撮られてしまったのだから。 

 それは聞きたくもなるだろう。


 ただ、複数人で割り込むように前に滑り込んで、必死にこう訊ねる記者がやって来た。

 ああ、いらっしゃい。ようこそ。

 水谷のお抱え記者さん。

 黒田が佐倉を見つめる。そして口元がへの字に曲がる。


ーー『山本議員はなぜあのような暴言を遠山さんに?』

ーー『日常的に遠山さんに対して暴言を?あれはもはやパワハラですよね?』

ーー『総理が席を設けたというのは本当なんですか?あの様子だと山本さんが嘘を言って釜谷さんの待つ部屋に行くよう手引きしたってことですよね?』

ーー『あそこまでのパワハラがあることをお二方は知っていたんですか?』

ーー『総理の名前を勝手に使って遠山さんを深夜に釜谷さんの所に行かせたんですか?』

ーー『総理は大変お怒りだとか。山本さんの嘘に呆れていると、』


 まず佐倉が答える。

 「まさか!山本先生ほど水谷総理を信じ、尊重し、意向に沿った対応をしようと頑張っている方を私は知りません。もちろんそれが、うまくいかないこともあるかもしれませんが、山本先生が総理に逆らったり、総理が仰ってもいないことを勝手にペラペラしゃべるなど!絶対にありえません。山本先生は()()()()()()()の方です』


 黒田がそれに続く。

 急におしゃべりになった秘書・黒田が会館前に降り立った。

 「山本先生が総理の意向を無視した作り話で能力者を動かそうとするなどあり得ないことです。総理の指示は絶対なのだと日ごろから口癖のように仰る方ですから。山本先生は、総理が()()()()()()()というならば、本当にその通りのことしか話さないはずです。それほどまでに山本先生の総理に対する忠誠心は深いものなんです。身近にいる者にはわかりますので」


 二人の秘書は顔を見合わせる。

 そして、その他の質問にはしれっと『まだ詳細については分かっておりません、差し控えさせていただきます』と繰り返す。

 水谷のお抱え記者が叫んでいるが、黒田も佐倉ももう答えない。

 お抱え記者以外の記者が、山本の飼い猫たち――間抜けで忠実な秘書二人の発言と映像を配信してくれればそれでいいのだから。



 ここまでお読みくださりありがとうございます。

 破壊遺産とのお別れも近いですが、もう少しばかり彼女関連のエピソードがあるかもしれません。

 

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